**こひつじちゃんと冬休み**
せっかくの冬休み。
あれもしよう、ここへ行こうとずいぶん前から計画していたのに。
「バイト?」
「うん。いつもは土曜と水曜だけなんだけど。年末年始は毎日なんだ」
ナルはネットカフェのような漫画喫茶でバイトをしている。
「一日くらい休めないのかよ?」
「うん。年末年始は時給2000円なの。毎日行くって言っちゃった」
今から断るわけにもいかないだろうし。
……仕方ないか。
「じゃあ、バイト先に遊びにいくよ」
そう言ったら、ナルが妙な返事をした。
「年末なら来てもいいよ」
「年始はダメなのか?」
年末は俺もバイトがあるし。
できれば年明けの方がいいのに。
「うん。えっと、いろいろね、忙しいから」
ナルが妙に赤くなってるのが気になって。
年末、自分のバイトの前にナルのバイト先に行った。
「いらっしゃいませ。あれ、敬太?」
「遊びに来た。一時間しかいられないけど」
ナルの他にもう一人、アルバイトがいて。
そいつは黒ずくめの魔女みたいな格好をしてて。
なのに、ナルは白ずくめで背中に小さな羽のついてる服を着てた。
「変なカッコだな」
ナルはえへへと笑って。
「店長が作ってくれたんだ。天使と悪魔なんだって」
バイトにコスプレさせるのが趣味なのか?
……変なヤツ。
「店長って女?」
「ううん。カッコいいお兄さん」
その言葉もたいがい気に入らなかったんだけど。
「なんでナルだけワンピースなわけ?」
長いワンピースに白いブーツ。
素肌は見えてないけど。
男に着せるにしては妙に可愛くないか?
こんなオタクっぽいヤツしか来ない店で。
「ナルちゃん、コーヒーちょうだい」
馴れ馴れしく呼ばれて、笑顔でコーヒーを運んで。
「ナル。他のバイト先紹介してやろうか?」
「なんで? ここ、仕事らくだよ? パソコン使えない人なんて滅多にこないし。お茶出すだけだもん」
「ナルちゃん、灰皿貸して」
「はぁい」
ナルだけ妙に呼ばれてて。
もう一人のやつはレジとかテーブルの片付けをしてた。
「ナル、掃除しなくていいの?」
「うん。分担、決まってるの。僕、お客さんの相手だけ」
なんとなく。
店長ってヤツの趣味を感じた。
「店長って、今いないのか?」
「うん。出かけてるよ」
「ナルちゃ〜ん、こっち来て」
「はぁい」
俺はなんだかムッとしたまま店を出た。
あんなバイト早くやめさせた方がいい。
時給なんてどんなに高くても、あれじゃ危険過ぎる。
同じ高1のはずなのにナルはまだ中学生みたいな顔をしてる。
目が大きくて。口が小さくて。
ほっぺが柔らかくて。
きっとみんな触りたいって思うはずだ。
「……やっぱ、冬休みが終わったら、やめさせよう」
それまでは俺が様子を見にいこう。
悪い虫がつかないように。
だから、来るなって言われた年明けに、またナルのバイト先へ行った。
そしたら。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から振り返ったのは、間違いなくナルだった。
けど。
白いふかふかのセーターはノースリーブ。
なのに長い手袋をしていて。
頭にはシルバーのウィッグ。しかも、なんとなくエッチくさいピンクでクルクル巻きの角がついている。
思わず走り寄った。
「なんだよ、ナル、このカッコは??」
「……ひつじ」
そんなモン、見りゃあ分かるっ!!
俺が聞いてんのはそんなことじゃねーっ!!
「だいたいこのヤラしい人肌ピンクの角はなんだ??」
その角に触った。
「あんっ、敬太ぁ、触っちゃダメっ……」
その声に、振り返ったヤツが何人もいて。
ナルが慌てて口を押さえた。
けど、ヤツらが振り返ったのはナルの声がデカかったからじゃない。
「あのね、敬太、これ、カチューシャなの。取れちゃうから、触んないで」
ナルの説明など聞かずに、俺は思いっきり周囲にバチバチと視線を飛ばした。
ナルに妙な関心を持つんじゃねーっ!!
だがそれをあざ笑うように、ニッカリ笑ってナルを呼びつけたヤツがいた。
「ナルちゃん、向こうのテーブルに灰皿持ってってね」
レジの前に立って、余裕で180センチはありそうなヤサ男が俺たちを見下ろしてた。
だが、そいつに向かってナルは飛び切りカワイイ笑顔で答えた。
「はぁい、店長」
……コイツか、諸悪の根源は。
「あんた、ナルにあんな……」
言いかけた時、カウンターから出てきたナルを見て二度びっくりした。
ふかふかのセーターは、なんと腹が出てた。
ナルのへそが。
丸見えだった。
しかも。
「なんだ〜っ??」
セーターのふかふかさ加減とは対照的な白い革の短パン。
ピチピチで。しかも、ド短い。
セーターと同じ生地のハイソックスは膝より長いから、素肌が出てる部分は少しだけだ。
だが。
なんで短パンだけあんななんだ??
「あああああ〜〜っ!」
上からのアングルだと、座り込むナルの尻が。
あと少しでちょっと見えるっ!!
目の前の信じられない光景に俺はパニックを起こしてた。
しかも、客がわざとモノを落としてナルに拾わせる。
「……ふ、ざけんな……」
俺のブチ切れた独り言をヤサ男が聞いて笑った。
「なら、君もここで働かない?」
「冗談じゃねーよっ!」
噛み付く勢いで答えた。
「君にはコスプレなんてさせないから」
「絶対、ナルもやめさせてやるっ!!」
俺の意気込みを軽くかわして、店長が微笑んだ。
「ナルちゃんが辞めたいって言うなら仕方ないけど。……ね、ナルちゃん?」
戻ってきたナルに優しげな笑みを向けて。
そんなエセ笑顔で子供を騙すなっ!!
卑怯者!
「なぁに? 店長?」
ナルは疑いもせずに笑い返す。
ホントに素直でカワイイやつだ。
「バイト、辞めたい?」
「ううん。……僕、首になるの?」
ナルの悲しそうな顔を見たら、辞めろとは言えなくなった。
俺が黙り込んでいたら。
「じゃあ、敬太くん。ナルちゃんと同じ日でいいよね? 時給は1500円」
「なんで、俺がっ……」
ってか、勝手に慣れなれしく名前を呼ぶな。
と思ったが。
「わぁい、敬太も一緒にバイト? ね? そしたら、一緒に来て、一緒に帰れるね?」
はしゃぐナルが可愛くて。
「そうそう。ナルちゃんのそばで楽しくバイトして、お金もらえて。ね?」
店長が俺を言い包める。
こんな可愛いカッコのナルと。
二人で。
冬休み中ずっとバイト……。
そんなわけで。
新しい年は新しいバイトで幕を開けることになった。
「え? 今日から??」
「そう。時間、大丈夫なんでしょう? それともナルちゃん置いて帰る?」
それって。
脅迫?
「そうそう。普段はジーンズにセーターでもいいけど、新年は正装でね。スーツ持ってる?」
そんなもの、持ってるはずもなく。
「じゃあ、貸してあげるから。待っててね」
いつのまにか着せられたのは。
本当にスーツだった。
っていうか。
……王子様が着るような、微妙にフリルとレース付き。
「わぁ、敬太、カッコいい」
どう見てもこれはコスプレだろう??
「動きにくいんだけど」
「いいよ、ドアの近くに立っててくれるだけで」
「ナンですか、それ??」
とりあえず、立たされた。
「姿勢良くしてね。お姉さんが通りかかったら、笑いかけてね」
「は?」
「客寄せだよ。男の人ばっかりだとナルちゃん、心配でしょう?」
ご参考:敬太@王子さまコスチューム(とても爽やか)
そんなこんなで。
野郎ばっかりだったバイト先には女の客が増えた。
だからと言ってナルに纏わりつく男が減ったわけじゃない。
「ナル、尻、見える」
俺は毎日いろいろ気を配りながらせっせと働く。
「やん、敬太のえっち」
えっちは俺じゃないだろう??
「……うちに帰ってからね」
こっそり耳元で囁かれて。
ウィンクに悩殺されて。
こうして、俺の冬休みはバイトで終わっていった。 end
さらにおまけ
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