最初はちょっとしたジョークのつもりだった。
携帯に間違いメールが届いたんだ。
俺の名前が友也だからアドレスもtomoでさ、女の子っぽいか
とは思ってたけど、マジで女の子宛の間違いメールが届くなんて思
わなかったし。
だからつい調子にのって、女の子のフリして送り返した。
『間違って届いたみたいですよ〜、義一さん』
なんて。
最後にtomoって入力してハートマークつけたり。
そしたら返信きたんだ。
『わざわざ有り難う。ごめんね』
って。
それでなんとなくさ。
面白いなって思って。
さりげなく、送り返してみたら、また送られてきた。
いつの間にか俺達はメル友になってた。
毎日忙しくて、彼女を作る暇なんてなかった。
合コンしようにも金曜の夜まで仕事なんだから参加もできやしな
い。だからつい一時は出会い系にもハマってた。寂しかったからさ。
だけどメル友っていっても頭の軽い子とかネカマっていうのかな、
悪戯するバカがいて、結局面白くなくてやめた。
そんな頃だったんだよ、義一と知り合ったの。
自分がネカマやるとは思わなかったけど、なんとなく誠実そうな
メールの内容につい出来心で。
だから悪いなあとは思いつつも、楽しんでメル友やってた。
義一が「会いたい」って書いてくるまでは。
散々言ったんだ、あ、書いたっていうのかな。
『わたしは美人じゃないからガッカリするよ』
とか。
でも義一は、
『そういう意味で会いたいわけじゃないよ』
なんて返してくる。
恋人求む、じゃないって力説するんだよ。
純粋に友達が欲しいだけだって。仕事が忙しくて彼女もいないし、
友達は結婚したり彼女がいたりで遊ぶ相手もいないからと。
だけどさ、俺も男だから解るわけよ。
そういうのが手なんだって。
いや、義一がそうだとは決め付けたくないよ?こいつマジでイイ
ヤツだしさ。
だけど、やっぱ男じゃん。
男ってナンパするのが基本でしょ。
女の子求めてナンボだと思うんだ。
俺だって機会があれば、デートしたいよ、彼女作りたい。もっと
いえばお気軽にエッチしたい。
だけど、そういうわけにもいかない事情ってのが色々あるわけさ。
だもんで必死で女の子を口説くんだよね。
ホントは涎たらしながら近付きたいところを、アナタのことをそ
んないやらしい目で見てませんヨ、なんて紳士ぶってさ。
俺、自分が男なだけに、その心理がよく解るっていうか。
義一それじゃダメだよ、とか突っ込みたくなる。
でも言えない。今更。
なのに義一からは優しいメール攻撃。
『どんな人でも構わないんだ、やっぱり顔を見て話したいだけで』
『メールだと寂しくない?ぼくは寂しいよ』
『前にトモが言ってたコンサートのチケットが手に入ったんだけど』
って、モロ全部お誘いじゃん!
あ〜どうしよう〜!!
切ってしまえるほど、俺、薄情じゃないし。
ていうか、結構義一のこと気に入ってるし。
最初は「俺のこと女と間違えてるよ!」と思って笑ってたけどさ。
段々なんていうの、寂しい時に返事してもらえるのが嬉しくて、
色んなこと書いて相談したりしたし。その度に真面目に返してくれ
るわけさ。
だからさ。
だから。
俺、罪悪感で胸が痛み始めた。
どうしよう。
正直に言っちゃおうか。
でもなあ。
と悩んでいたら。
義一から仰天メールが届いた。
『……男だと思って怖がってるのかな、もしかして』
って。で、
『実はわたしは女なんだけど』
ときた。
ありきたりだってば!そういうのはもう使い古されてんの!
と思ったんだけど。
あんまりにもアレなんで涙ぐましいっていうかね。
もしかして、今までの俺に対する親切な言動とかって、こういう
下心があった所為かな、なんて思ったり。あれだけ親身に相談にの
ってくれたこと全部が嘘だったのかな。
そう思うとちょっと、いやかなり悔しいとか考えて。
つい、よしコイツのことからかってやれって。
『ホント?だったら会ってもいいよ』
お前の姑息な罠にかかったフリして、罠にかけてやる!みたいに
思っちゃったんだよね。後先考えずに俺ってば。
待ち合わせの場所がよく見えるところに陣取って、植え込みの柵
に腰掛けた。
ちょっと若作りだけど、スーツっていうのもアレなんでキメてみ
たりして、革のブーツにゴツイバックルなんかつけて、ピタピタの
Tシャツとリーバイスを履いて、待った。
こういう格好だと、ほら、相手がスゲーオタクっぽいのでも威圧
できるっていうの?変だけど。立場が上になれるじゃん。スーツだ
とダサダサだから、見下されんのもやだし。
で、待ってたんだけど一向に現れない。
もしかして俺が現れるの待ってんのかな。で、ヤツも俺の品定め
してから現れるとか?うわ、サイテーだ。でもありがち。
そんな風に考えていたら隣りに座っていた奴が徐に携帯を取り出
した。
ふと見上げた。
……ひえー、すっげぇオトコマエ!なんだコイツ!
座ってるから分かり難いけどかなり背が高そう。ていうか今時、
真っ黒なロングコート着て似合うヤツなんていねえよ!
ついじっくりと眺めてしまった。
そいつは携帯の画面見ながらゴソゴソ似合わないことしてた。
使い方が解らないのか、何度も失敗してるみたいで、舌打ちまで
して。
だもんで画面に一生懸命だったから、俺も我を忘れてジッとそい
つを見てた。
前髪がちょい眺めで鬱陶しそうだけど、俺とは違って真っ黒で綺
麗だった。鼻筋も通ってて、横顔がこんだけカッコイイのなんて俺
見たことない。なんだよコイツ。モデルか?全身黒ずくめだし。
あ、なんか頬が緩んだ。
恥ずかしい…コイツ、携帯画面みて笑ってる。なんだよ。
でも。
でもなんか、メチャ格好良くないか?
オトコマエなヤツっていうのはナニやってもオトコマエなんだろ
か。やだねえ。狡いよね。
ちょっと嫉妬しちゃうぜ。
なんて考えていたら。
右ポケットに入れていた携帯から『孫』が聞こえてきた。着メロ
に演歌をいれてると、顧客にオヤジが多いので受けがいい。
これはメール受信の音だ。
俺は何気なく取り出して画面を見ようと折り畳みの携帯を手にし
たんだけど。
隣りのヤツがこっちを向いた。
ちょっと驚いたような、だけど面白そうな顔をして。
………。
解る?その瞬間の俺の気持ち。
まさかね。
って。
俺、ドキドキしながら携帯を広げた。受信した。ボタンを押した。
『もしかして革ブーツ履いてる?』
ううううううううわぁぁぁっぁぁ!!!!
真っ赤な顔して、そいつを見た。
正面から見た瞬間に、俺の胸は早鐘を打ってた。
ガランゴロンガランゴロン、ってさ。
「はじめまして、でいいのかな?嵯峨義一です」
憎らしいぐらいオトコマエの顔で、楽しげにニッコリ笑って!
「あ、あの、俺、」
「トモさんだよね?」
もうナニも言えなくて、俺は黙って頷いた。だってバレバレじゃ
んか。うわーもーやだよー!
どうしようどうしよう。見下して笑ってやるつもりじゃなかった
っけ。でも無理だ。コイツ、だって、俺なんかより全然上で。
しかもどうやら最初から解ってたような感じ。
「美人じゃないって書いてたけど、謙遜だったんだ?」
「いや、あの、」
もう言うな。それ以上俺の恥をさらさないでくれ!
なのに義一は嬉しそうな声で、言うんだよ。
「ぼくが女の子じゃなくて、残念だった?」
「あ、あ、あ、あの、ゴメンッ、ゴメンなさいっ!!」
他に言いようもなくて。
つい謝った。
そしたら義一、俺の顎に手をやって、多分他の誰がやっても似合
わないような気障な動作で、俺の顔を上向けた。
低い声が、囁くように言った。
「じゃあぼくも謝らないといけないかな?」
え、え?
ドキドキした。こんな間近に男の顔があって、なんでドキドキす
るんだろうと思うほど。
だってスゲー、整った顔してんだ。染み一つない。目だって凄く
綺麗で、潤んだ目ってこういうのかな。
「最初からトモが女じゃないって知ってたから」
あ、呼び捨てになってる……
しかもなんだか艶のある声だ。低いのに心地いいっていうか。
ハッ!俺ってばナニ考えてんだ。相手は男だぞ!いくら綺麗だか
らって、カッコイイからって!!
大体コイツ、コイツは俺のこと騙して、
あ、でも、最初に騙したのは俺だ…
「あ、あの、」
「お互いコレでナシナシにしようか?」
「……いいの、か?」
「いいよ」
「あ、あのでも、俺、男だぜ?」
「ん?」
「だってほら…ナンパ…じゃなかったの?」
もうこうなりゃヤケだと思って、聞いた。
義一はオトコマエな顔を少し崩して、楽しげに笑った。
「友達がほしいんだって、書いたと思うけどね」
「あ、うわ、そ、そうだけどっ、」
「うん、でも、まさかトモみたいな子が来るとは思ってなかったね」
ズキン…って胸が痛んだ。
それがどういう意味かなんて、あんまり解ってなかった。
ただ、哀しいなって。
それが顔にも出たんだろな。義一が優しい顔して言った。
「もっとくたびれたサラリーマンかと思ってた」
「…なんだよ、それ」
「営業の仕事が大変だって書いてただろう?」
「あ、うん、」
「もう三十過ぎの営業マンかと思ってた」
「……ちげーよ」
「まだ若いよね、その格好もだけど」
ははは、と笑う姿まで、モデルだった。
そういや道行く人が俺達を眺めてる。
そうだよな。一種異様な取り合わせだよな。俺は大学生っていう
か高校生みたいな格好してるし、義一は上から下まで黒ずくめのモ
デルみたいだし。
やだな、俺、メチャ格好悪いじゃん。
シュンとして俯いた。
そしたら義一が。
俺の茶色に染めた髪に触れて。
「似合ってるよ、トモに」
え?
顔を上げたら義一がなんだかすっごく色っぽい目で俺を見ていた。
ナニ?
胸がズキズキする。
こんなオトコマエなヤツに見つめられたことなんてないから。
だから?
でもなんで俺のこと見つめるわけ?
見つめてるのかな?
「ぼくのマンション、この近くなんだ。これから来る?」
「え、え?」
「前にラブラドルが見たいって言ってだろ?ぼくの飼ってる、」
「あ、ああ、うん、」
確か名前がクロって、そのまんまな……
「クロ?」
「覚えててくれたんだ」
「そりゃ、義一とのメールはちゃんと覚えて、」
そう言った俺に、義一は物凄く嬉しそうな顔を見せた。
また胸がズキンと痛んだ。
こ、これってもしかして?
嘘?マジ?
ホントに?
嘘かホントかは今となっては解らない。
だって、この後言われるままに義一のマンションへ行って、クロ
と遊んでたらクロと一緒くたに抱きつかれて告白されて。
まさかこんな可愛い子が来るとは思ってなかったなんて口説かれ
て。いや、俺も男だからね、そんな女の子みたいに言われてもアレ
なんだけど。
でも…つい…綺麗な瞳で見つめられてさ、
「メールで優しい子だっていうのは解ってたけど、だから純粋に友
達になるつもりだったんだよ、でも、」
なんて言われたらさ。
つい、ほら、俺もー、なんてことになって。
まあ後で義一が実はゲイだったとか、そういうことが解ったりも
したんだけど、一応俺一筋って約束してくれたし。
だからもういいかなあと。
最初の騙しあいは、アレはね、アレは、お互いに忘れようって。
じゃないと折角できた恋人と早速喧嘩する羽目になる。
でも最初にtomo宛に送ったメール、あれが本当は誰宛だった
のかは今でも気になるところだけど。
義一は「モデル仲間だよ」なんて笑ってたけど、間違えるってこ
とは手打ちしたってことで…。
まあいいや。
メールでの誠実さを、信じることにしよう。
俺も義一には言えないようなこと考えてたんだしな。
だけどちょっとだけ。
『今度は間違いメールがあっても相手しちゃダメだよ?tomo』
届いたメールを義一がどんな顔してみるのか、俺はもう解ってた
りして、なんだかやけに幸せな毎日が始まっていた。
END
蛇足
**************************あとがき********************************
橘果さんが通いつめている『刻鵠記』(旧『Counter Dream 夢裏屋』)さまで10万のキリ番をGetした時に頂いた品です。
リクエストOKとのことで、ウキウキでした。
「じゃあ、強烈な一目惚れでvv」(橘果さん、いつもの乙女モードです)
などという私のたわけた注文にあっさりとお応えくださいました。
ちょうどバレンタインの頃のことで、私デレデレになりながらこれを頂いたんですが。
残念ながらその時はまだサイトを持ってなくてお預け状態。
念願叶って本日ここに掻っ攫ってきました。
ちなみに上(↑)の『蛇足』は、セイさまご本人が書かれた通りに表示してあります。
おいしいトコロですから、ちゃんと召し上がってくださいね。
いつも素敵な作品を書かれるセイさま。
切ない物から壮大な歴史物、甘めでうふふなお話まで素晴らしい作品が目白押しの素晴らしいサイトさまでしたが、残念なことに閉鎖されました。(2004.9.30)
本当にありがとうございました。
言い尽くせない感謝の気持ちを込めて。
〜・橘果・〜
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