夏の猫リクエスト








   
 


<夏休みの宿題>  ---まも&ぐれ編---


新宿の裏通りのさらに奥まった場所にある香芝医師の診療所は今日も絶対に患者ではないオヤジたちであふれていました。
一説には「診療所」ではなく、「老人ホーム兼保育所」なのではないかという噂もありましたが、香芝医師以外は誰もそれを否定しようなんて思っていませんでした。
「お帰り、マモル君、ぐれちゃん」
「ただいまー」
「こんにちは。おじゃまします」
香芝医師と患者モドキたちに迎えられた二人は、すぐにお茶のテーブルに交ぜてもらい、冷たい麦茶で一息入れました。
そのあと、ぐれちゃんの提案で二人兼用の夏休みの予定表を仲良く一緒に作ることにしたのです。
「宿題もあるんだろう?」
「うん、たくさんあるよ」
患者モドキたちは何十年も前を懐かしみながら、子供たちの宿題を見せてもらいました。
「いろんなのがあるんだなあ。難しいんかい?」
ぐれちゃんはともかく、マモルちゃんは……と誰もが思っていましたが、それは口には出しませんでした。
「よくわかんないかも。でも、頑張ればできると思うよね、ぐれちゃん?」
まもネコにそう聞かれて、ぐれちゃんはちょっとだけ、「まもちゃん、本当に大丈夫?」という顔をしましたが、すぐに笑顔で「うん」と返してノートに表を作りはじめました。
「最後にあわてなくていいように宿題も計画的にやらないとね」
定規で器用に線を引いて、日付を書き込んで。
すでに決まっている予定を手際よく入れていく子猫をみんなが褒めました。
「ぐれちゃん、しっかりしてるなあ」
「マモちゃんも見習わないとな」
「うん、頑張るー」
だいたいにおいてまもネコはとても良いお返事をします。
でも、結果はいつも……なので、みんなは顔を見合わせながら「ははは」と乾いた笑いをもらしてしまいました。
もちろん本人は頑張っているつもりなのですが、結果がついてこないのが難点です。
「じゃあ、宿題は朝9時からここで一緒にやろうね。でも、土曜と日曜とお盆の間はお休みだよ」
しっかり者のぐれちゃんがテキパキと予定を決めていく隣りで、ぽやぽやの子猫はニコニコ頷いて言いました。
「うん。でも、お昼はどうしようー。給食ないよね?」
こんな時でもやっぱり勉強の心配なんてしていなかったのです。
ぐれちゃんは「本当にもう」という顔をしましたが、にこにこしているマモちゃんを怒ることもなく、自分で昼食の手配をするつもりがあることを告げました。
「お弁当でもいいよ。おねえちゃんに頼んでまもちゃんの分も作ってもらうから」
ぐれちゃんの人間のお姉さんはとてもお料理が上手です。
まもネコもそれを知っていたので大喜びでした。
「わー、お店から買ってきたんじゃないお弁当食べるのはじめてかもー!」
喜ぶまもネコを見て、香芝医師と患者モドキたちは一瞬、「弁当を手作りするヨシ君」を想像しかけましたが、あまりにも怖かったので途中でやめてしまいました。
「じゃあ、まもちゃん、あとでどんなおかずが好きか教えてね」
まもネコが喜ぶとぐれちゃんも嬉しいので、そんなことまで聞いてあげましたが。
この時すでにまもネコの頭の中は『お姉さんが作ってくれるお弁当』のことで一杯でした。
「えっと、たまご焼きとねー」
だから、ぐれちゃんに『あとで』と言われたことなんてすっかり忘れてしまったのです。
「あ、たまご焼きはちょっと甘いのが好きなんだー。それとねー」
暴走気味のまもネコを止めに入ったのはもちろん香芝医師です。
「……マモル君、『あとで』ぐれちゃんに教えてあげてね。『先に』夏休みの予定立てないと、ぐれちゃんにばっかり書かせちゃダメだよ」
学校の先生よりもずっと優しい声で、香芝医師がぐれちゃんの味方をしてくれましたが。
「いいよ、まもちゃんは書かなくても」
ぐれちゃんはにっこり笑っただけで、ひとりでせっせと予定表を埋めていきました。
「ぐれちゃん、ありがとー」
「どういたしまして」
ぐれちゃんが自分ひとりで予定表を作ろうと思った理由の半分は、文字を書くのが苦手な友人への配慮でした。
そして、残りの半分は「まもちゃんが書くと読めないから」という自分への気遣いだったのですが、ぐれちゃんは友達思いの良い子なので、それは誰にも言いませんでした。

「はい、まもちゃん。これでできあがり。後から予定が決まった分はその時に書き足そうね」
「うん。すごくいいかもー!」
まもネコの絶賛に少し照れながら、ぐれちゃんは満足そうな笑顔を見せました。
「じゃあ、予定作りを頑張ったから二人にアイスを持ってこようかな」
「わーい!!」

こうして、まも&ぐれの夏休みは、ぐれちゃん一人の努力で順調なスタートを切ることができたのでした。


                       ……「夏休みの宿題」片嶋編につづく



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