<夏休みの宿題> ---ネコ片嶋編---
その頃、片嶋君の家では。
「桐野さんはいつが休みですか?」
インターネットで旅行の情報を集めながら、そんな質問をする片嶋君が画面から目を離すことはありませんでしたが、その背中はいつになく楽しそうに見えました。
「でも、宿題とかあるんだろ?」
片嶋君との間では「恋人」という位置づけの飼い主でしたが、そこはやはり保護者としての立場もあるのでそんな気遣いをしてみたのですが。
「桐野さんはないんですか?」
逆に心配されてしまい、思わず笑ってしまいました。
「俺は社会人だからな」
休みが短い代わりに宿題はないのだという飼い主の説明を片嶋君は真面目な顔で聞いていましたが。
「……じゃあ、手伝う必要ないんですね」
どうやら自分の出る幕がないと知って少々がっかりしたようでした。
たとえ宿題があったとしても誰かに手伝ってもらわなければならないほど出来の悪い飼い主ではなかったのですが、子猫の様子があまりにも可愛らしかったので、自分で課題を用意して一緒にやろうかと思ったほどでした。
「宿題ってどんなのが出たんだ?」
勉強をしている姿もきっと可愛いだろう。
そんなことを考えながら聞いてみると、不満そうな声が返ってきました。
「量も少ないですし、簡単過ぎてつまらないくらいです。レポートと日記以外は明日一日で終わると思います」
小さな手がテーブルに並べたのは薄い問題集数冊と、「工作の手引き」という説明書と絵日記帳。
それだけなら普通の小学生がやるような宿題なのですが。
「レポートと日記って……学校の宿題でレポートがあるのか?」
飼い主のイメージではにゃんこ学校のひまわり組は小学校レベル。レポートなどという小難しそうな宿題が出るなんて思いもしなかったのです。
でも、それには裏がありました。
「本当は課題図書の感想文だったんです。『図書』と言っても絵がたくさん描いてある子供が読むような本です。それではあまりに面白くないので特別にレポートにしてもらいました」
理科系の研究でもよかったんですが今回は経済論にしたんです、という子猫を見ながら、独身サラリーマンの飼い主は曖昧に笑ってしまいました。
「よく先生がOKしてくれたな」
そんな問いにも片嶋君はいつものキリリとした表情で説明をしました。
「今時の教育は個性も育てないといけないですから……と提案したら、すぐに許可してくれました」
その瞬間、飼い主の脳裏に引きつった先生の笑顔が過ぎっていきました。
「……そっか。よかったな」
飼い主はもちろんそんな片嶋君をとても可愛いと思っているのですが、
「先生は経済関係が得意だとおっしゃっていたので、どんなコメントをつけてくれるのか今からとても楽しみです」
担任の気持ちを考えるとやはり申し訳ない気持ちになってしまうのでした。
そんな親心などつゆ知らず、片嶋君はいそいそと大きなカレンダーとペンを持ってくると、
「じゃあ、今から予定を書き込みますから、桐野さんの休みの日を確認させてください」
そう言いながら、飼い主の休暇の日をマークしはじめました。
「自分の夏休みは水色、桐野さんと重なってる日は黄色にしました」
ちょっと首を傾げながら出来上がりを確認している様子は、贔屓目なしでもとても可愛かったのですが、学校ではきっと終始キリリとしたままでこんな姿は披露していないだろうと思うと心から残念でした。
飼い主にとっては大切な大切な子猫ですから、先生にも可愛がられて、友達もたくさんできて欲しいと思うのが親心というもの。
ですから、
「な、片嶋。同じクラスの生徒は片嶋より小さい子が多いんだろ? あんまり難しい話はしないでみんなと仲良くしてくれよ」
そんな微妙な頼みもしてみたのですが。
「大丈夫です。難しそうな話は先生にしかしませんから」
子猫は「当然です」と言わんばかりの顔で頷いただけでした。
「……そうか」
それならそれで、今度は『もしかして同じクラスに気の合う友達がいないということなのでは?』などと、余計なことを考えてしまったのですが。
肝心の片嶋君はそれさえまったく気にしていないようで。
「クラスメイトは猫ばっかりでお互い協調性はありませんから、それほど仲良くないのが普通なんです」
猫ってそういうものなんですよ、とごく普通に答えたのでした。
さらに。
「友達どころか、学校で新しい飼い主を探してる子猫もいますから、それを考えたらものすごくまともな方だと思います」
きりりとした瞳でそう返されて。
「……そっか。いろんな子がいるんだな」
それ以上なんとコメントしたらよいのか分かりませんでした。
明日から夏休みというその日。
休み中の予定より、宿題の心配より、愛猫のスクールライフそのものを案じてしまった飼い主でした。
……「夏休みの宿題」ネコ麻貴編につづく
|