夏の猫リクエスト











『きもだめしのお知らせ』

にゃんこ学校の生徒をはじめ、子猫がいるご家庭を対象にこんなチラシが配られたのは夏休みの前日。
ペットフード会社の主催で行われるイベントでしたが、遊び盛りの小さなネコたちは大喜びでした。


でも……。






楽しい肝だめし♪」 ----ネコ麻貴編-----



「ほーら、麻貴ちゃん、肝だめしだぞ」
下僕、もとい飼い主が楽しそうに手にしていたのはカラフルなチラシ。
「飼い主と一緒に参加だから、麻貴ちゃんは何も心配しなくていいからな。怖かったら抱きついてもいいし、飽きたら寝ててもいいし」
そんなことを言う間も独身サラリーマンはとても楽しそうでした。
が。
傍らで伸びているぐーたらな子猫は目さえ開けません。
それもそのはず。
麻貴ちゃんはまだ本当に小さな子猫ですが、『肝だめし』が『食べられない物』だということを知っていたのです。
そして、おいしくないものにはまったく興味がありませんでした。

飼い猫の気持ちを少しも察することなく、下僕その1はせっせと準備を続けます。
「麻貴ちゃんの可愛い足に傷がつかないように靴も作ったからな」
ウキウキしている男の背中を下僕その2とその3は少し離れたところから黙って眺めていました。
どうやらこの件にはかかわらないことに決めたようです。
友人に見放されても下僕その1はお構いなし。
用意したものをとても楽しそうにテーブルに並べていきます。
「途中でお腹が空くといけないから、おやつも持っていかないとな。それと……」
虫除けやら、ブラシやら、ペット用のウェットティッシュやら、お気に入りのおやつやらが入った小さなカバンを子猫に持たせてみました。
……が。

「いらない」

無情にもあっさり蹴飛ばされて、せっかくの準備は全てムダになりました。
それでも下僕は怯みません。
「そうだよな、麻貴ちゃんにこんな重いものは持たせられないよな」
準備万端な子猫用のミニミニバッグを自分の荷物の中にしまいこんで満足しました。
「さて、あとは……麻貴ちゃん、せっかくだから、ちょっと靴を履いてみようか?」
部屋の真ん中にポトッと落ちているように寝ている子猫の小さな手足に、これまた小さな「靴」という名のカバーをつけました。
履かされたそれを見て、子猫は明らかに「じゃまくさい」と思ったようでしたが、自分で脱ぐのが面倒なのと寝るのには支障がなさそうだという理由でそのままにしておきました。
「飼い主と一緒に参加だから、麻貴ちゃんは歩かなくていいんだぞ」
だったらどうして靴なんて……とその他の下僕たちは思いましたが、それを察したかのように下僕その1が言いました。
「やっぱりこのデザインにしてよかっただろ。本当に可愛いな、俺の麻貴ちゃん」
結局、靴を履かせてみたかっただけか。
下僕2と3は顔を見合わせて苦笑いです。
その隣で、『バカはあいてにしない』と思ったかどうかわかりませんが、
「……けっ」
子猫らしからぬ言葉を残し、麻貴ちゃんはコロンと寝返りを打つと下僕に背を向けてしまったのでした。
もちろん下僕その1の耳にもその可愛げのない呟きは聞こえていたはずなのですが。
「あ、カメラも用意しないとな。バッテリーも確認しておかないと。あとは――」


静まり返ったマンションの一室。
下僕その1はやはり楽しそうに肝だめしの準備を続けたのでした。




                          -------ネコ片嶋編につづく






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