夏の猫リクエスト

   
 


<きもだめし。>  -はじまりはじまり-


さて。
子猫たちがワクワクそわそわして待ち詫びていた肝試し大会の夜になりました。
その日は朝から晴天の爽やかな一日で、会場となった肝試しコースも都会の片隅でなければ満天の星が見られたことでしょう。

「どうしよう、ぐれちゃん、ドキドキしてきたかもっ」
まもネコは他のどの子より大騒ぎです。
花屋のお姉さんの腕に大人しく抱っこされているぐれちゃんを見上げながら、一人でぴょんぴょん跳ね回っていました。
でも。
「あのねー」
突然立ち止まってもじもじし始めたかと思うと、
「……トイレ行きたくなったかも」
困ったような顔でお姉さんを見上げました。
お姉さんは「あらあら」と言いながらも、空いている方の手で子猫を抱き上げました。
「そうね、始まる前に行っておかないとね」
そのままトイレのある場所まで連れていき、
「じゃあ、まもちゃん。ここに並んで待つのよ?」
そう言って不ぞろいな毛並みの子猫を列の後ろに下ろしました。
「ぐれちゃんはいいの?」
「うん。家で行ったから」
そんな会話をしていると、広場の方からアナウンスが聞こえました。
「参加要領ならびに注意事項のご説明」が始まったのです。
「もう始まっちゃったのね。何かあったら大変だからちゃんと聞いておかなくちゃ。……まもちゃん、一人でテントのあるところまで帰ってこれる?」
そう言いながらも本当はとても心配だったのですが、
「うん。大丈夫」
元気良く頷く子猫とテントまでの距離、約20メートル。
迷子になる方が難しいだろうと判断し、お姉さんとぐれちゃんは係の人の話を聞くためにテント前の広場まで戻りました。



「……というわけで本日ここに―――」
主催者であるペットフード会社の社長の挨拶が始まってから数分間。
小さな猫たちはみんな広場の椅子に腰かけた飼い主の膝の上で大人しくしていました。
用意された会場は屋外でしたが、要所要所にお化けの絵が描かれた壁が設置され、コースの先が見えないように工夫されていました。
もちろん壁の陰にはお化け役のお兄さんやお姉さんが立っており、コースのすぐ脇には本物のお寺もあるという絶好の立地。
嫌でも気分が盛り上がります。
「こわいかなぁ……」
「ひろいねー」
大人の話に飽きた子猫たちがはしゃぎ始めた頃、ようやく事務局の人が「参加に当たっての注意」を読み上げることになったのですが。
「……というご連絡もあり、少数ではありますが飼い主とご一緒に参加できなかった子猫ちゃんがおりましたので、今回は公平に猫ちゃんだけでコースを回ってもらい、飼い主さんはゴールで待っていただくこととなりました」
コースは一番小さな子猫の足でも5分はかからない道のりです。
だから、ほとんどの飼い主さんはにこやかに笑って愛娘や愛息子に「頑張ってね」と言っただけでした。

そうです。
約一名を除いては――――

「麻貴ちゃん、一人で大丈夫か? 嫌だったら参加しなくてもいいんだぞ? 麻貴ちゃんの可愛い足で5分も地面を歩かせるなんて信じられないよな」
いい年をした男が飼い猫の心配をしながらうろたえる姿はある意味とても微笑ましいのですが、こんなシーズンだと少々暑苦しくもありました。
そして、飼い主がおろおろするその膝の上では、子猫がいつものように仰向けに伸びきっていました。
でも、珍しいことに今日に限って目だけはパッチリと開けていたのです。
というのも。
「……と、ご参加者様全員に当社の新製品をセットにした『特選おやつBOX』をプレゼントいたします。ちゃんとゴールをした子にも途中でリタイアした子にも同じものが渡されますので――――」
マイクを持った事務局のおじさんの手に抱えられていたのは新製品ばかりを詰め合わせた『おやつBOX』。
初めて見るものばかりが詰まったその箱に子猫の目は釘付けでした。
そして、飼い主である男に「今すぐもらってこい」をいう内容の指示を出したのですが。
「森宮、あれは参加しないともらえないんだよ」
運転手としてここまで連れてこられた下僕その2に言い含められて。
「わかった?」
ふわふわの子猫は少し不満そうな顔をしながらも固い決心とともに小さく頷いたのでした。





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