<きもだめし。> -ぐれ編-
肝試しのコースは二列に分かれていて、その間は子猫なら越えられない程度の高さの壁で仕切られていました。
各コース一匹ずつが2分おきにスタートする方式。
小さな猫たちはドキドキわくわくしながら自分の番を待ちました。
「じゃあ、1番と2番の子猫ちゃんは並んでください」
出発の順番はくじ引きでしたが、コース内はいたるところに係員が立っており、どんなに小さな子でも迷子にならないよう配慮されていました。
「はい、準備ができたらスタートしていいですよ。気をつけていってらっしゃい」
本当は「位置について用意ドン」をやる予定だったのですが、すでに泣き出しそうな子もいたので、怖がらずにスタートできるようにと事務局で一番優しい声のお姉さんの「いってらっしゃい」に変えました。
それでも順番待ちの列の中には飼い主さんにしがみついたままイヤイヤをしている子もいたりして、見ている分には大変微笑ましい光景でした。
一方で、どちらかというと飼い主の方が心配性のご家庭ではこんな遣り取りも。
「大丈夫か、片嶋」
くじの番号を眺めながら姿勢良く椅子の上に座っている猫の緊張をほぐそうとふんわりした頬をなでてみました。
でも。
「大丈夫です。ちゃんと前の子猫を追い越さないよう配慮しますから」
飼い猫はキリリとした顔でそう答えました。
ついでに、
「泣いてる子猫がいたらゴールまでつれていきますからご心配なく」
そんな言葉まで付け足されて。
「……そうか。まあ、ほどほどに頑張れよ」
自分の心配など全くの無駄だと気付いた飼い主は安心して子猫を見送ったのでした。
それでは、標準的な子は……というと。
「ぐれちゃん、くじは何番だったの?」
「5番だよ」
あまり心の準備もできないうちに飼い主であるお姉さんの元を離れることになり、ちょっとだけ心配そうな顔を見せました。
「あ、ほら、次だよ」
「うん……いってきます」
いつも家を出るときと同じなんだから……そう自分に言い聞かせてからやっとトコトコと歩き出したのです。
本音を言ってしまうとお化けは少し怖かったのですが、「男の子なんだから」と歯を食いしばって頑張りました。
途中で何度も悲鳴を上げそうになりながらも、「あとちょっとだよ」という係員さんの言葉に励まされ、とても標準的なタイムで無事にゴールまで辿り着いたのでした。
「お帰り、ぐれちゃん。早かったね」
お姉さんはすぐに駆け寄ると子猫をぎゅうっと抱きしめました。
近くで見ると少しだけ涙目になっているのが可笑しくて仕方なかったのですが、「すごく頑張ったよ」という顔をしている子猫の気持ちを考えて、笑わないことにしたのです。
そんな感じで、肝試し大会は飼い主さんの歓声の中、和やかな雰囲気で順調に進行していきました。
係員さんに抱っこされて引き返してきた子もいましたが、大半は予定の時間内に滞りなくゴールしました。
でも。
イベントにはやはりトラブルが付きものなのです。
「……おねえちゃん、まもちゃんはもうスタートした?」
賞品のおやつBOXよりも友達の心配をするぐれちゃんでしたが、その途端にお姉さんは心配そうな顔になりました。
「まだトイレから帰ってないのよね。さっき様子を見に言ったんだけど、もう並んでいる子はいなかったし、きっとトイレの中にいるんだろうなって思ったんだけど……」
いくらのんびりした子猫でも、さすがに遅すぎる。
そう気付いたぐれちゃんとお姉さんは二人でもう一度子猫と別れた場所まで探しにいきました。
そして、外から何度も「まもちゃん」と呼んでみたのですが、やっぱり子猫からの返事はありませんでした。
「おねえちゃん……」
ぐれちゃんはちょっと泣きそうになっていました。
友達に何かあったらどうしよう。
そのせいで、大好きなお姉さんがあのヤクザな男に怒られたらどうしよう。
そう思えば当然のことでした。
「きっと大丈夫よ。こっちに戻らずにスタートしたかもしれないし……」
そうは言ってみたものの、お姉さんも気が気ではありません。結局、すぐにきもだめし実行委員会本部のテントに駆け込みました。
「すみません、子猫が行方不明に―――」
声をかけたとき、居合わせた人が一斉に振り向きました。
「……またですか」
その言葉が示す通り、迷子は一人だけではありませんでした。
「ということは、全部で三名ですね。お名前は、麻貴ちゃん、片嶋ちゃん、マモルちゃん、と」
その時にはもうほとんどの子猫がゴールしていました。
「じゃあ、コース内も含めて徹底的に調べましょう。大丈夫ですよ、会場はそれほど広くありませんし、危険な場所もありませんから」
実行委員の人に慰められながら、飼い主を含めた数名が手分けをして会場内を探すことになりました。
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