<きもだめし。> -ネコ麻貴編-
「順路の途中にはたくさん係員がいますから、誤ってコースを外れたりしないように案内をしていますし、外側には高い壁がありますので、子猫の脚で飛び越えることはできないと思うので」
きっと怖くなってしまって小道具の陰にでも隠れているんですよ、などという説明がありましたが。
「……森宮って、間違ってもそういう性格じゃないよね」
ぐーたら子猫の飼い主の付き添いである下僕……もとい、友人は首を傾げました。
それについてはキリリとした子猫の飼い主も同意で、
「片嶋も多分違うと思うんだけどな」
たまには可愛い所も披露してくれるものの、たいていは何につけても合理的な猫の顔を思い浮かべながら、小さな溜め息をつきました。
「でも、前を歩いていた子が途中棄権して係員さんが飼い主さんのところまで運ぶことになったりすると係員不在の状態になってしまいますので、あるいはその間にコースを外れてしまうということも……」
言い訳のようにそんな説明をする事務局の人の引きつった笑顔を見ながら、飼い主たちの一行はそれぞれの子猫の性格に合わせて三方に別れて捜索することにしました。
日頃から何につけても面倒くさがりなため、遠くへ行くことはないと予想される子猫の飼い主は、コースをちょっとだけ外れた迷子ポイント、お寺の裏をチェックすることに。
子猫の足で30歩程度中に入るとお墓が並んでいる場所でした。
「薄暗くて大人でも怖いようなところに、子猫が一人でいますかね?」
事務局の人はあたりを懐中電灯で照らしながら眉を寄せましたが。
果たして、そこにはふわふわの子猫らしき物体が行き倒れておりました。
「ま、ま、麻貴ちゃんっ、どうしたんだ!? 大丈夫かっっ!!」
駆け寄る飼い主の熱血ぶりとは反対に、付き添い及び関係者は乾いた笑いを漏らしました。
「……森宮、そういうところで寝るとバチが当たるよ。(……多分、樋渡に)」
今時な洋風デザインのお墓の上には、ふわふわの子猫がすやすやと眠っていました。
どうやらピカピカで冷たい墓石が気に入ってしまったようです。
付き添いの友人は、子猫が目を覚ましてこの墓石を「もってかえる」と言わないうちにそっと抱き上げて帰ってしまおうと提案しましたが、その次の瞬間。
「大丈夫だ、麻貴ちゃん。そんなに気に入ったなら、もっといいヤツを買ってやるからな」
友人は愛する子猫のためならば墓石を買い与えるくらいどうってことない男だということを失念していた自分に気付きました。
「……それはやめようよ、樋渡」
独身男のマンションの真ん中にポツンと置かれた墓石。
あまりにも想像したくない光景でした。
そんなわけで。
「無事に見つかってよかったよね。森宮も満足したみたいだし、そろそろ帰ろうか」
誤った道に走り出そうとしている友を抑えつつ事務局の人にお礼を言うと、子猫ご所望の『おやつBOX』を受け取って駐車場に向かったのでした。
それにしても。
「おやつBOXを見た時のあの決心はなんだったんだろうね」
運転をしながら下僕その2は思いました。
でも、すぐに大事なことに気付いたのです。
「……そっか。森宮はちゃんとおじさんの説明を聞いていたんだね」
そうです。
子猫が欲しがっていたおやつBOXは参加さえすればゴールまで辿り着かなかった子ももらえるもの。
スタートした時点で権利を得た子猫は、残りの時間を自分の一番したいことに費やしたというわけです。
「森宮って案外しっかりしてるよね」
下僕その2がうっかり呟くと、隣りで子猫の寝顔を見ながら溶けている男が急に満面の笑みになりました。
「そりゃあ、俺の麻貴ちゃんだからな。そのへんの猫とは違うんだよ」
可愛いだけじゃなくて頭もいいんだぞ、それに――――と延々と自慢話が繰り広げられる中。
「……うん。そうだね。確かに違うよね」
下僕その2はただ全てに頷いてあげたのでした。
間違っても「そのへんの猫と同じだったらもっと可愛かったのにね」なんて言葉を口から出したりしませんでした。
そんな感じで。
こうして最初の迷子は幸せそうにおやつBOXを抱いたまま、無事に家に帰ることができたのでした。
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