夏の猫リクエスト
   
  


<きもだめし。>  -ネコ片嶋編-



そして。
次の子猫が見つかったのは折り返し地点。事務局の人がおばけステッカーをくれるテントの近くでした。
その事務局のすぐ後ろに用意された接待用の大きなテントの中では、肝試し大会開催に協力してくれた近所の人たちに食べ物やお酒がふるまわれていたのです。

そう、食べ物や「お酒」を―――

「え? ああ、そう言えば大分前に社長が毛並みのいい大き目の子猫を連れていきましたけど……」
ステッカー配布係の言葉に事務局の人はぎょっとしました。
「も、も、も、申し訳ありません。まさか社長が……」
そう言って必死で謝ってくれたのですが。
「……いや、いいんです。多分、片嶋が……」
飼い主は自分の家の猫の性格と嗜好を大変良く分かっていました。
イベントのスポンサーは飼い主の会社の大事な取引先。
それを知っている子猫が接待のつもりで社長についていったことは想像に難くありませんでした。

そして、案の定。
「いやー、いい飲みっぷりだねえ。今度は日本酒をどうだい?」
酔っ払いのおじさんたちの真ん中にその子は堂々と座っていたのです。
「ありがとうございます。夏は冷酒もおいしいですね。個人的にはすっきりとした辛口が好みなんですが」
本人は「桐野さんの得意先ですから、接待は頑張ります」、そう思っていたかもしれません。
でも。
入り口に手をかけたまま呆然と突っ立っている飼い主の目には、自分の子猫がもてなされているようにしか見えませんでした。
「辛口か。通だね、片嶋君。じゃあ、これがいいんじゃないかな。おつまみも持ってこなくちゃね。ほら、今度はこっちに座って」
実際、高級チーズだの舟盛りだのという豪勢な肴をこれでもかというほど並べてもらって、子猫はご満悦です。
キリリとした様子で頷くと小さな手で涼しげな様相の猪口を差し出しました。
「……か……片嶋……」
うちの子に限って迷子になどなるはずはない。
きっと何かあったのだろう、早く見つけ出さなければ……と、さっきまで全てが空白になるほど心配していた飼い主は一気に脱力しました。
なのに。
「あ、桐野さん。社長にご挨拶ですか? でしたら、ご一緒に―――」
飼い主の気持ちなど知ることもなく、酒が入って上機嫌の子猫はいつもより濃い目のピンク色になった肉球でなみなみと冷酒が注がれた猪口を差し出したのでした。
「……すみません、お騒がせしました」
事務局の人が「こちらこそ」と言いながらも苦笑する中、飼い主は丁寧にお詫びとお礼を言いました。
そして。
「すみません、社長。ご迷惑を……」
当然、大事な取引先の社長にも頭を下げたのですが。
「いやあ、桐野さんの家の子かね。本当に猫にしておくのがもったいないようないい飲みっぷりだねえ。品が良くて見栄えもいいし……。ああ、そうだ。今度の新製品、今まで以上の高級感を売りにと思っているんだが、そのコマーシャルに片嶋君を―――」
酒の飲みっぷりを褒めながらキャットフードの宣伝に勧誘するという微妙に矛盾した社長の言葉を聞きながら、
「……はあ、恐れ入ります」
それ以上の言葉を返せないまま、飼い主はズルズルと宴会の真ん中に引きずり込まれてしまったのでした。





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