<きもだめし。> -まもネコ編-
その頃、きもだめし大会の会場からはかなり離れた寂れた道路を小さな猫がトコトコ歩いていました。
「おかしいなー。誰もいなくなっちゃった」
キョロキョロと辺りを見回してみましたが、幅の狭い道路の脇は高い塀、反対側は空き地。
前後左右どの景色にも見覚えはありませんでした。
「ちょっとだけ歩いたらテントがあるはずなのになぁ」
そもそも肝試し会場の中に道路はないということさえ気付いていませんでした。
子猫が歩いている場所は会場に設けられた簡易トイレの裏側を真っ直ぐ行くと突き当たる、車も人もほとんど通らないような小道だったのです。
そして、何の疑問も持たず道なりに歩き続けたため、すでに会場からはかなり離れた場所まできてしまっていました。
「あっちだったかなぁ……。あれ、こっちから来たんだっけ?」
子猫が首をかしげながらよたよたと道路を斜めに歩いていると、不意に目の前に人影が見えました。
「あー、誰かいたかも! えっとねー、たくさん人がいる場所はどっちか知ってる?」
駆け寄って大きな声で呼んでみると髪の長い女の人は少し驚いた顔をしましたが、ニッコリ笑うとある場所を指差したのです。
そこはビルとビルの間。
人間が通れる幅ではありませんでしたが、子猫なら余裕です。
言われた通りに歩いていくと小さなコンビニの隣に出ました。
「わー、たくさんいるかもー」
振り返ってお礼を言った時には、ついさっきまでビルの向こうにいたはずの女性はいなくなっていました。
「もう行っちゃったんだ。がっかりー。でも、優しいお姉さんでよかった」
見慣れたコンビニのマークにホッとしながら、店の中に入れてもらうと道を尋ねました。
「テントを探してるんだー」
そう言われても店員さんには何のことか分かりませんでした。
とりあえず想像できたことは一つだけ。
「子猫ちゃん、もしかして迷子になっちゃったの?」
その言葉に小さな猫はちょっと考えました。
「……そうなのかなぁ?」
本当は自分でもどういう状況なのかよくわかっていなかったのですが、店員さんがそう言うのだからきっとそうなんだろうと思って頷きました。
それから、「これからどうすればいいと思う?」と相談してみました。
「うーん、そうだね、おうちの電話番号がわかれば連絡してあげるよ?」
「うん、わかるー!」
首輪に書いてあるんだよ、と言って少し自慢げに見せると、店員さんが笑いながらその番号に電話をしてくれました。
そこは香芝医師の診療所。
『マモル君、迷子になっちゃったの?』
本当なら診療時間はとっくに終わっているのですが、幸いその日は患者のふりをしたオヤジたちが「暑気払い」と称してビールを飲んでいたので、奇跡的に電話が繋がったのでした。
『じゃあ、マモル君、迎えにいくまでそこで待っててね』
「うん。ありがと」
暢気な子猫の声を穏やかな笑顔で聞いた香芝医師でしたが、この後は大忙しでした。
まず、店員さんにお礼を言い、ぐれちゃんのお姉さんの携帯に電話をして子猫がコンビニで保護されたことを話し、それから肝試し実行委員会の人に替わってもらって、お詫びを言いました。
そして。
「あとはマモル君のお迎えか……」
本当ならぐれちゃんのお姉さんに頼めばよかったのですが。
「……こんな時くらい飼い主らしいことをしてあげないとね」
でも、子猫の唯一の家族はまだ仕事の真っ只中。
迎えにくるのは難しいと思いつつ電話をかけてみました。
すると。
予想に反して返ってきたのはコンビニの住所を尋ねる声でした。
「へえ。ヨシ君、滅多にしゃべらないのにねえ」
オヤジたちもそれには大喜びです。
「じゃあ、もう一回乾杯だな」
「カンパーイ!」
「飲みすぎは身体に……みなさん、僕の話聞いてますか?」
「いやあ、いい夜だねえ」
こうして子猫は無事に飼い主の手元に戻り、診療所のゴミ箱はビールの缶で一杯になったのでした。
そして、その翌日。
テーブルにたくさんの宿題を広げたまま。
「それでねー」
子猫はいつもと同じぽやんとした様子でみんなに肝試し大会の帰り道のことを話してくれました。
「おばけ役の女の人がね、コンビニの場所を教えてくれてー」
「まもちゃん、コースの外にはお化け役の人はいないんだよ」
ぐれちゃんがそう説明しても、小さな猫は思いきり首を振りました。
「いたんだよ。だって、白い服着てたし」
「……普通の人も白い服は着るよね」
ぐれちゃんが「まもちゃん、おどかすのやめてよ」と呟くその横で、
「すごくキレイなお姉さんだったよー」
子猫は無邪気に「おばけのお姉さん」の説明を続けていました。
「うーん、まもちゃん、それって本当に幽霊なの?」
「そうだよー。あ、でも、お姉さんは自分がおばけだって言ってなかったかもー」
「……普通は言わないんじゃないのかなぁ」
その後も子猫はあれこれとその時の様子を話してくれましたが。
「靴はねー、ピンク色でちょっとキラキラで、ぐれちゃんのお姉さんがお花屋さんじゃないときに履いてるみたいなやつだった」
「……サンダルのこと?」
「それでね、つめもピンクのキラキラだったよ」
「まもちゃん、それ、やっぱり普通のお姉さんじゃないのかなぁ……」
「え、ホント? おかしいなぁ。絶対におばけのお姉さんだって思ったのに」
そんな微笑ましい遣り取りをしながら、子猫は仲良く並んで昨日の日記を書きました。
「まもちゃん、その日記って『きもだめし』っていう題でいいのかなぁ」
「『おばけのお姉さん』のほうがいいかなぁ?」
「……うーん……どうかなぁ」
迷子になった子猫の日記にはピンクのサンダルと思しき2本の線と、白いワンピースらしき物体、それから、コンビニのマークと短い棒が描いてありました。
「まもちゃん、その棒は何?」
「中野のタバコー」
「それじゃ、先生が分からないと思うよ」
「そうかなぁ? でも、中野を書くのは難しいと思うんだー」
子猫たちが他愛もない相談をしながら絵日記を書いている隣では。
「ヨシくん、どんな顔で迎えにいったんだろうねえ」
「コンビニの人、笑っちゃっただろうね」
「車で行ったのに3時間も戻ってこなかったらしいよ」
「そっかぁ、いいなぁ、一緒にドライブかぁ」
患者モドキたちがとても楽しそうにそんな噂をしていましたとさ。
end おまけ
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