夏の猫リクエスト




   
 


<花火>  


海辺のロマンチックな夕暮れも団体様御一行には関係ありません。
飲んで食べて、歌って踊って、また飲んで。
飽きたら砂浜に繰り出して花火です。
「わー、花火はじめてかも。でも、買ったばっかりなのに燃やしちゃうの?」
せっかくキレイな紙にくるんであるのに、と残念そうに言う子猫をみんなはニコニコしながら見ていました。
けれど、そんなほのぼの風景も次に子猫が発した一言で大人たちの冷や汗に変わりました。
「ねー、俺もマッチするー」
小さな指が示したのは年配の患者さんの手元。
「擦る時の匂いが好きだ」というこだわりと共に、いかにもレトロな雰囲気の絵が描かれたマッチが握られていました。
「え……でも、マモル君にはまだちょっと……」
なんとか説得しようと試みたのですが、わくわくキラキラの目はそこから離れません。
「大丈夫だよね? ね?」
誰も「大丈夫」だとは思っていませんでしたが、大人たちは子猫の期待に満ちた瞳に大変弱かったのです。
こんなに自分でつけるのを楽しみにしているのだから、みんなで手伝ってあげればなんとかなるかもしれない。
そう思いつつ曖昧に頷いてしまったのでした。

それから十五分。
子猫の傍らには折れたマッチ棒が何本も落ちていました。
「あー、ちょっとすれたかも?」
マッチがついたときの匂いがしたよ、と大はしゃぎの子猫に笑いながら、保護者である診療所の先生はもう一度小さな手にマッチを渡しました。
「今度はもうちょっと強くやってみてね」
「うん。……あ、もうちょっと?」
「そうだね。あとちょっとかな?」
本当に少しずつしか進歩しない小さな猫の真剣な顔を見ながら、大人たちはそれ以上に真面目な顔でマッチの擦り方を教えてあげていました。
そして、何度も何度もやっているうちに何とか火を出すことができました。
「わー、できた! でも、なんか疲れたかも」
ようやく火がついた頃には子猫はもうすっかり疲れ果ててしまったのです。
おかげで花火の一番先端につけるはずだった火をいきなり真ん中にもってきてしまいました。
「あれー……?」
叫んだ時にはもう火の粉はシュパッと音を立てて勢いよく子猫に向かって飛んできていたのでした。
「マモちゃんっ」
「マモル君!」
「マモルちゃん!!」
四方から叫び声と水が降ってきて。
ザパーンという盛大な音の後。
「……冷たいかも」
子猫は夜風の吹く浜辺にびしょぬれになって立ち尽くしたのでした。

そんなわけで。
大人たちのおかげで大事にはいたらなかったのですが、子猫は残りの夏休みをクルクルのひげで過ごさなければならなくなりました。
でも。
「なんかちょっと楽しいかも。ひっぱっても『くるーん』ってなるー」
本人は気にしていないようなので、それには触れずにおくことにしました。

子猫の夏はアクシデント満載。
飼い主にはあまり遊んでもらえず、肝試しで迷子になり、海で溺れかけ、花火でヒゲを縮れさせてしまうという惨事にも見舞われましたが。
「ねー、闇医者。夏休みって楽しいね」
駐車場へ向かう道すがら、子猫本人がそう言うのでそれはそれでよかったということになりました。
でも。
「さて、問題はヨシ君だなあ」
「ですよねぇ……」
一難去ってまた一難。
その後はみんなで頭を寄せ合って、車で寝ているヤクザな飼い主に対してクルクルヒゲの言い訳を考えるハメになったのでした。

不器用な子猫には火気厳禁。
大人が付いているからといって安心してはいけません。
特に、飼い主が堅気でない場合は要注意なのです。






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