<chapter 4> ネーミングセンス
『名は体を表すか』
そんな話になったのは昼休み。
屋上から教室に戻る途中のこと。
水沢の持っていた本がたまたまそんな内容だったからだ。
「志野、名前は?」
さすがに水沢。
この期に及んで親友のファーストネームを覚えていないらしい。
しかも、普通なら申し訳なさそうに尋ねるところをありえないほど堂々と聞いてきた。
本当に水沢はどこまでも水沢だ。
しかも。
「真先(まさき)。『真っ先』の意味のマサキ」
答えた俺の顔をまじまじと見て。
「ああ」
やや力の抜けた声を返した。
「その反応って俺はどう受け止めたらいいわけよ、勇吾ちゃん?」
その問いに水沢はチラリと空を仰ぎ、それからゆっくりと呟いた。
「微妙だな」
何がどう「微妙」なんだか、万民に解るよう説明してもらいたいものだ。
水沢家は上から憲政、真琴、雅臣、勇吾、安澄。
水沢の話では、両親が生まれた子の顔を見て決めたらしい。
まあ、水沢先生は長子らしいしっかりした感のある名前だし、姉も美人と評判だから綺麗路線が合っているんだろう。
そして、遊び人で二枚舌の次兄も雅という華やかな印象の文字は頷ける。
末っ子はかなり素直そうなので、癒し系な字面が合うのかもしれない。
だが、今も水沢は少なくとも「勇ましい」という雰囲気ではない。
いや、実際は水沢先生につきあえるほどの剣道の腕を持っているのだから、まるっきり間違いというわけではないのだろうが。
「生まれた時どんな顔だったか見てみたいな」
今の水沢はモロにインテリ系。だが、世間が「インテリ」から想像するような神経質そうなところは全くない。
もっとも、デリケートな神経を持ち合わせた上で、授業を堂々とサボり、すぱすぱとタバコを吸い、屋上ですやすやと眠るヤツはいないだろうが。
などと考えていたら、水沢の口から出たとは思えないような返事が。
「家になら写真はある」
持ってきてくれるということなのかもしれないが。
それより、これは一つのチャンスだということに気付いた。
「じゃ、部活サボって見に行こうかな」
水沢の部屋で子供の頃のアルバムを広げる。
その光景はなかなかいい感じではないだろうか。
「今日は塾のない日だよな?」
「ああ」
「じゃあ、決まり」
勝手に決めたが水沢から反対の声は上がらない。
どうやら本当に遊びに行けるようだ。
いまだかつて誰かの家に行くというその行為に対して、これほどまでにときめいた事があっただろうか。
俺の中では、『うち、今日誰もいないから』と女子に上目遣いで誘われた時以上の盛り上がりだ。
よし、今日こそは……という意味不明な意気込みと共に脳内を駆け回ったのはベッドに押し倒された水沢と、こちらに向けられた冷ややかな視線。
さすがに水沢。
そうでなければ面白くない。
うんうんと頷いた後で妄想から覚めた。
実物の水沢は、といえば。
怪しげな笑みを浮かべる俺に気付くことなく、10メートル以上先を歩いていた。
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