今年のハロウィンの日から、アルはちょくちょくうちに遊びに来るようになった。
「大丈夫なの?」
「うん。もう、ひとりでいろいろできるようになったからな」
黒目がちの瞳が得意気にクルンと動く。
「いろいろって?」
「それはないしょ」
ついこの間まで泣いてばかりいたのに。
「どうしても教えてもらえない?」
「悪魔界のジュウヨウキミツだから」
こういうところがなんとなく悪魔っぽくなってきたと思う。
意地悪を言うとか、悪いことをするとか、そんなことは全然ないんだけど。
ちょっと難しい話をするようになったし、なんとなく隠し事が増えた気がする。
「『悪魔の重要機密』って、たとえばどんなこと?」
「いろいろ」
全部「いろいろ」でごまかしたりするのは相変わらずで、そういう時の顔はやっぱりとってもかわいいんだけど。
でも、昔みたいに大きな口を開けて泣いたり、座っている僕の膝に上がってきたりはしなくなって、それがちょっとだけ寂しかった。
大きくなるにしたがってアルはこうやって少しずつ僕から遠くなって、いつかちゃんとした悪魔になったら、きっとすっかり離れてしまうんだろうってそう思ったから。
「俺、勉強だっていっぱいしてるんだからな」
「それって立派な悪魔になる勉強?」
「うん」
ものすごく修行を積むとものすごく難しいことができるようになるんだと言って、アルはまたちょっと得意気に笑ってみせた。
「ふうん、そう……」
返事はしたものの、悪魔っていうのが何をするものなのか僕は未だによく分からない。
「アルは強くなりたいの?」
「当たり前だろ?」
「強くなったらどうするの?」
「それはひみつ」
いろいろと出来るようになってからのお楽しみだ、と言って、イタズラっぽい目でニッと笑った。
背はまだ小さいままなのに。
こんなところもちょっと悪魔っぽくなったと思う。
「今のままだと道で同類にすれ違ってもバカにされるだけだからな」
「そうなんだ?」
アルの話によると、悪魔同士は見ただけで相手の魔力がどれくらいなのかだいたいわかるらしい。
でも、アルは自分に呪文をかけて出歩いているので、同じ悪魔から見ても普通の人間にしか見えないんだと教えてくれた。
「だから力を使うまでは俺が悪魔だってことは分からないんだ」
「それってすごいことなの?」
「当たり前だろ。俺の一族にしかできないんだぞ」
それもちょっと自慢みたいで、得意気に言うのがなんだか微笑ましい。
僕は人間だから、それがどれくらい難しいのかを分かってあげられないのが残念だけど。
「そっか。すごいんだね」
そんなありきたりの言葉でもアルは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「それよか、鬼ごっこしよう! 最初は俺が鬼」
明るくてよく笑うアル。
「アル、いつも鬼だけど、鬼の方が好きなの?」
「追いかける方が面白いだろ?」
「そうかな?」
部屋の中で走りまわったり、転がったり、羽根を広げすぎて畳めなくなったり。
何をしても楽しそうなアルと一緒だと、時間はあっという間に過ぎていく。
気がつくともう時計は約束の時間だった。
「あー……俺、帰らないと」
ばあやに怒られる、と言いかけて慌てて口を結んだ。
「今度はいつ来られる?」
本当の兄弟だったらずっと一緒にいられるのにって思いながらも、アルの帰り支度を手伝う。
脱ぎ散らかしたくつ下や上着を拾ってアルに着せて。
忘れ物はないかを確認して。
「ばあや……じゃなくて、メリナに聞いてみないとわからない」
「……そっか」
少しがっかりしてしまったのを気付かれてしまったんだろう。
「でも、すぐに来る。約束する。メリナはやさしいから大丈夫だ」
アルは真剣な表情でそう言いながら、僕の顔を覗き込んだ。
「うん、じゃあ、楽しみにしてるよ」
アルがばあやさんを名前で呼ぶようになったのも最近のこと。
「『ばあや』だと子供みたいでカッコ悪い」というのがその理由だった。
もちろん、アルは誰から見てもまだ子供なんだけど。
そんな背伸びさえ僕には可愛くて仕方なかった。
「じゃあ、アル。気をつけてね。おやすみ」
「うん。おやすみ、レン」
でも。
手を振ってアルを見送ってから、ふっとため息をつく。
アルは悪魔だから、もっともっと強くならなきゃいけないのかもしれない。
なのに、僕は時々思ってしまう。
できることなら、このままずっと変わらないでいて欲しい……って。
それはアルが望んでいるのと正反対のことで。
それもちゃんとわかっているのに、やっぱりそんなことを願ってしまう僕はきっといい友達じゃないんだろう。
アルがそれを知ったら、きっと僕のことなんて嫌いになるだろうなって。
そう思うから、本当の気持ちは言えないけれど。
「ねえ、父さん。強くなるのはそんなにいいことなのかな?」
帰ってくるのを待ってすぐに聞いてみた。
父さんはネクタイを解きながら僕を振り返ってにっこり笑ったけど。
でも、強くなるのを悪いことだとは言わなかった。
「レンはどうしてアル君が強くならない方がいいって思うんだ?」
「だって……」
なんて説明していいのかわからなくて途中で黙ってしまったけど、父さんはちゃんと察してくれた。
「うん、レンが心配する気持ちは分かるけどな。でも、『強くなる』っていうのは腕力や魔力だけじゃないだろう?」
「……そうだけど」
父さんはわしわしと僕の髪をかきませながら「大丈夫だよ」って笑った。
「アル君なら、きっと今と同じ良い子のままで強くなってくれるさ」
自分の友達が信用できないのかって言われて。
「……ううん、そんなことない」
アルはあんなにいい子なんだから、父さんの言う通り、強くなった後もきっとあのままでいてくれるはず。
本当は自信なんてなかったけど。
でも、そうだったらいいなって思ったから頷いた。
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