Halloweenの悪魔
黒いつばさ-2




そんな話をしたばかりだったせいなのか、僕はちょっと暴力的なことに敏感になっていた。だから、学校で同じクラスの子の手にある新しい傷がやけに気になったのかもしれない。
「ロイ、そのケガどうしたの?」
声をかけても首を振るだけ。
その後もずっとうつむいたきりだ。
クリスマスまであと一ヶ月。街はもうツリーやらリースやらが飾られはじめていて、みんながわくわくしているシーズンだっていうのに。
「何かあった? 元気ないみたいだけど」
僕でよかったら力になるよ、って言ってみたけど。
ロイはまた無言で首を振った。


いじめられていることを知ったのはそのすぐ後。
一緒にお昼を食べようと思って彼を探しに行った時だった。
「ロイなら、『小さな森』の方に歩いていったよ」
「なんでそんな所に……?」
敷地の隅にある『小さな森』には古い倉庫があるだけ。
普段は先生も生徒も近づかない。
半信半疑だったけれど、行ってみると確かにロイの姿があった。
「ロイ、どうしたの?」
冷たい地面にペッタリと座り込んでいるロイの背中は震えていて、辺りにはランチの中味とビリビリに破かれたノートが散らばっていた。
「大丈夫? ひどいな、誰がこんなこと―――」
ハンカチを貸して、泣きやむのを待って。
僕のランチボックスを開けて、半分をフタに乗せてロイにあげた。
「先生に相談しようよ。ロイのお母さんとお父さんにも……」
でも、ロイはまた首を振った。
「どうして? 家族に心配かけたくないから?」
そりゃあ、こんなロイを見たらきっと悲しむだろうけど。
でも、こういうことは早く解決した方がいい。
僕はそう思った。
でも、ロイはまったく予想さえしていなかった言葉を告げた。
「いいんだ。あいつらのことはもう悪魔に頼んであるんだから」
「悪魔?」
その言葉に僕の耳はピクリと反応した。
―――まさか、アルのことじゃ……?
そんなわけはないって思いながらも一応尋ねた。
「その悪魔って、大きさはどれくらい?」
「人間の恰好をしている時はホーン先生くらい」
先生は大人としても大きいほうだと思う。
ということは、当たり前だけど、アルではないってことだ。
「悪魔は三人いて、その中の一人があいつらをやっつけてくれるって」
いじめられていることを家族や先生に言えなくて、空き地の隅で泣いてるときにひょっこり現れた「悪魔」と名乗る男に頼んだのだという。
「でも、それって本当に本物の悪魔なの?」
実は騙されているだけかもしれないって思ったし、そのほうがいいって願ったけれど。
「だって、絶対に人間じゃないよ」
普段は人間の姿をしているけれど、ロイ以外の人間が来ると闇に溶けて消えるのだという。
「それに、色違いで三人いるんだ」
でも、その本体は全部が闇色で、さらに言うならはっきりとした形はないらしい。
悪魔なんてアルしか知らないから、その話はピンとこなかったけど。
「ね、ロイ。いじめられてるのは僕が証明してあげるから、今から先生に話して、それから空き地に行って悪魔へのお願いを取り消そうよ」
とりあえず、その話はなかったことにしなければって思った。
「大丈夫だよ。願いを聞く代わりに僕から何かを取り上げるなんて言わなかったし」
ロイが約束した相手のことは全然分からないけど。
でも、そんなの絶対に嘘だっていう確信があった。
「信じちゃダメだよ。一人で行くのが怖かったら僕がついていってあげる。それでも心配なら教会に行って……」
一生懸命説得したつもりだった。
でも、ロイはにっこり笑って首を振った。
「大丈夫だよ。悪魔との契約は今夜実行されて、明日からはもう僕はいじめられなくなるんだ」
その笑顔はいつものロイとはどこか違っていて。
「……そう」
なんだか急に怖くなって、それ以上何かを話すことができなかった。



自分の中いっぱいに不安を抱えたまま走って家に帰った。
泣きそうな気持ちで角を曲がるとアルが玄関のドアの前で待っているのが見えて、その瞬間本当に泣きそうになった。
「よかった、アル!! 相談したいことがあるんだ」
もうどうしたらいいのか分からなくて、ギュッとアルに抱きついて。
アルはちょっとびっくりした顔をしていたけど、僕の質問には全部答えてくれた。
ロイが言っていることの意味も、悪魔との契約がどんなものなのかも。
「とにかく、関係ないやつは口を挟めない。ばあや……じゃなくて、メリナがそう言ってた」
「でも、ちゃんと説明すればロイだって……」
「ムリだ。契約を交わした時点で気持ちはもう悪魔の手の中に収められたんだ。何を言ってもそいつの気が変わることはない」
あまりにもあっさりとそう断言されて、目の前が真っ暗になるほどショックを受けた。
「でも……僕はロイを助けたいよ」
「レンには関係ないだろ?」
「関係なんてないけど、でも、友達なんだよ」
「自分が危ない目に遭ってもか?」
アルが呆れたように僕を見て。
それが少し悲しかった。
「じゃあ、アルは僕が悪魔と契約しても放っておくの? もう手遅れだから仕方ないって?」
そう言うと、アルは仕方なさそうに口を尖らせた。
「じゃあ、一緒に見にいってやるけど……でも、そいつと悪魔とのことには絶対に口を出すなよ」
頷くことはできなかったけれど。
でも、アルの手をギュッと握った。
それから、そのまま二人してロイが言っていた場所まで走っていった。



暗くなりかけた空き地に枯れ草が寒々しく揺れていた。
そこにあったのはロイの後姿と大きくて真っ黒な影が三つ。
本体は見えないのに、確かに何かがそこにいる。
そんな不気味さが辺りに充満していた。
「あれは魔界を追われたやつらだ。ってことは、ちゃんとした契約じゃないんだな」
アルが真面目な顔で呟いて。
それから、「だからといってどうにかなるものじゃない」ってことも教えてくれた。

だんだん暗くなる空の下。
真っ黒な影の中でぼんやりと光っているものが見える。
アルは何の説明もしてくれなかったけれど、それがロイの心だということは僕にも分かった。
「ロイ……死んじゃうの?」
「たぶんな」
「僕……誰か呼んでくる!」
急いで教会に行こうとしたけれど、空き地を出ようとしたところで見えない壁にぶつかった。
「ムダだ。悪魔がゆがめた空間は外とは繋がってない。俺と一緒じゃないと出られないよ」
なんでそんなこともわかんないんだよ、ってアルの顔には書いてあったけど。
僕には全部が分からないことだらけで、もうどうしたらいいのかわからなかった。
「でも、ロイを助けなきゃ」
「ぜったい無理だ。終わるまでここに隠れてたほうがいい」
素っ気ない口調だった。
だから、きっと怒ってるんだと思ってた。

本当は違うって気付いたのはそのすぐあと。
僕を引き止めたアルの手はわずかだけど震えていた。

「……アル……?」
きっとアルには分かったんだろう。
だって、悪魔同士は見ただけで相手の力がどれくらいなのか見当がつくって言ってたのはアルなんだから。
悪魔は三人。みんな大きくて、真っ黒で。
怖くないはずなんてない。
「心配しなくていいよ。アルは見つからないように自分の家に帰って。僕、十字架も持ってるし―――」
「そんなの、アイツらにはなんの役にも立たない」
気休めなのはわかってるけど。
それでも、泣きそうな顔をしているアルの頭をなでて、「じゃあね」と言った。
「行くな!! レンには関係ないんだから!!」
走り出した時、アルの声が背中に降って。
そんなにめいっぱい叫んだら悪魔に聞こえちゃうのに、って心配になった。
だから、アルよりも大きな声でロイの名を呼んだ。
「ロイ! 待って―――!!」

どうか悪魔がアルに気付きませんように――――
ただ、そう祈りながら。



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