Halloweenの悪魔
黒いつばさ-4




その夜、ずっと待っていたけどアルからは何の連絡もなかった。
父さんが帰ってくるのを待って全部話して。
ついでに思いっきり泣いて。
でも、父さんもどうやったらアルと連絡が取れるのか分からなくて、結局、どうすることもできなかった。


そのまま長い長い一週間が過ぎた。
ロイは本当に何にも覚えていないみたいで、自分が悪魔と契約したなんて夢にも思っていないようだった。
学校にはちゃんと来ていて、いじめられていることを家族と先生に相談して、一緒に解決策を考えることになったんだと話してくれた。
「そっか。よかった。早く解決するといいね」
「うん。ありがとう、レン」
これからもまだ大変だと思うけど。
でも、もう悪魔に助けを求めたりはしないはず。
それは本当によかったって思ったけど、その後もアルが顔を見せることはなかった。


アルと最後に会った夜から10日目。
「もしかして、ケガがひどくて入院してるのかな。それとも、魔王様に怒られて牢に入れられたのかな。そうじゃなかったら、もう僕には会いに行くなって言われたのかな……」
言いながら我慢できなくなって、また父さんに泣きついてしまった。
「大丈夫だよ。アル君なら何も言わずに遊びに来なくなったりしないさ」
そう思いたかったけど。
10日という時間はやっぱり僕には長すぎた。
「だって、自分ではなんにもできないくせに、助けに行こうなんて……そう言ったらアルがついてくることくらいちょっと考えれば気付いたはずなのに―――」
どうしたらいいのか分からなくて。
自己嫌悪でぐちゃぐちゃな気持ちのまま、眠れずにベッドで泣きそうになっていたら、父さんに呼ばれた。
「レン、アル君のおうちの人から電話だよ」
電話なんてかかってきたのは初めてだったから、ちょっと驚いてしまった。
でも、そんなことより。
「アルからじゃないの?!」
自分で話せないなんて、何かあったんだろうか。
ケガが悪化して、とか。
魔王から罰がくだって、とか。
良くないことがたくさん頭の中に渦巻いたけど。

『はじめまして、レン様。アルデュラ様の家にお仕えしているメリナと申します』
電話から聞こえてきたのはのんびりとした優しい声だった。
「……メリナさん?」
その名前には聞き覚えがあった。
アルのばあやさんだ。
「あの……アルは? アルはどうしてるんですか?!」
名前を教えてもらったのに僕は自己紹介さえすっかり忘れて叫んでしまったけれど、ばあやさんはやっぱり優しい声で「お元気ですよ」と答えてくれた。
『今は謹慎中でお電話をかけることができないのですが、毎日元気にお過ごしです』
今日の電話も、きっと僕が心配しているだろうからって、アルがばあやさんに頼んでくれたらしい。
それを聞いてホッとした。
『レン様にお怪我がなかったかを聞いてくるようにと』
「あ……僕はぜんぜん……アルのおかげでケガなんて……あ、アルのケガは?」
傷だらけだった黒い羽根。
痛くないはずなんてないのに、にっこり笑って僕を家まで送ってくれた。
『あの後すぐにアルデュラ様のお父君が診てくださいましたから大丈夫ですよ』
その後もばあやさんは僕が知りたかったことが分かるみたいに、いろいろと説明してくれた。
アルが消してしまった相手は悪魔の世界の謀反者で、長い間捜索されていたこと、見つけ次第抹消されることが決まっていたこと。
それから、契約と無関係の者に危害を加えるのが重罪だということも。
「そうなんですか」
思わず「だったら、よかった」ってつぶやきそうになったけど、話はそれで終わりじゃなかった。
『だとしても、許可のない者が勝手に同族を消すことは規則違反になりますので』
もちろんアルにも王様からのお咎めがあったと言われてシュンとなった。
アルを巻き込んだのは僕で。
しかも、全部やってもらったのに、アルには何もしてあげられなくて。
「……ごめんなさい。僕のせいなんです」
あんなにたくさんケガをして、その上、魔王から怒られて。
なんて謝ったらいいのか分からなかった。
『ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。アルデュラ様はまだ幼くていらっしゃいますから、分別が足りないのは仕方のないこと。王も大切な一人息子に酷い罰など与えはしません』
アルに対しての判決は一ヶ月の自宅謹慎と屋敷中の窓拭き。
僕の家でも約束を破ったりした時の罰はバスルームの掃除とか草むしりとか床磨きだから、そんな感じなんだろうって思ったけど。
アルは今もせっせと窓を拭いていると聞いて涙が出た。
だって、アルの家は大きくて部屋が百個くらいあるって言ってたから。
「窓だってたくさんあって大変だろうな……」
勉強だってしてるはずだから、遊ぶ時間なんて全部なくなってしまうに違いない。
『ええ、毎日磨いてもたっぷり一ヶ月はかかると思いますよ』
でも、アルは「クリスマスには外出の許可をもらうんだ」と張り切っていたと言って、ばあやさんはクスクスと笑った。
「アル、また遊びに来てくれるんですか?」
あんなことがあったんだから、アルのお父さんだって「もう人間とは遊ぶな」って言うんじゃないかって心配したけど。
ばあやさんはやっぱり優しい声で『お止めしても聞きませんから』と笑った。
きっとばあやさんもアルのことがすごく可愛いんだろう。
そんなことを考えていたら、今度は少し真面目な声が響いた。
『それで、レン様に一つお願いがあるのですが』
ちょっとドキッとしてしまったけれど。
ばあやさんのお願い事はそんなに難しいことじゃなく、ついでに僕にとってもいいことだった。
『アルデュラ様は毎日たくさんお勉強をなさって、どんどん強くなっていますが、それでもまだまだ子供です』
だから、今度あんなことがあったら、アルの家の人を呼んでもらいたいのだと言われた。
どうして僕なんだろうって思ったけれど、一族の決まり事でアル自身は助けを呼ぶことができないらしい。
「でも、どうやって?」
こうやってうちにかけて来られるんだから、電話で大丈夫なのかもしれないって思ったけど。
ばあやさんが教えてくれたのは電話番号じゃなくて呪文だった。
それほど長くないその呪文は、やっぱり僕には分からない言葉だったけど、「アルデュラ」と「ラ・ジアード」という言葉が入っていて、なんだかとても大切に思えた。
『小さく呟くだけで大丈夫ですから』
忘れないようにしなくちゃと思いながら心の中で練習して、すっかり覚えた頃にまたばあやさんが僕に質問をした。
『最後にもう一つだけアルデュラ様からの言い付かったことがありますので』
そんな前置きだったから、なんだろうって身構えたけれど。
『夜は良くお休みになれますか?』
「……え? あ、はい」
なんだか唐突な感じがして、ちょっと首を傾げてしまった。
でも、その質問の意図はすぐにわかった。
『もしもレン様があの夜のことを怖がっていらっしゃったら、その記憶だけ消してさしあげるようにと―――』
そんなアルの気持ちが嬉しくて、また泣きそうになって。
ついでに、すごく申し訳ない気持ちになった。
「ホントのこと言うと、今も少し怖いです。……でも」
アルが頑張って僕を助けてくれたこと。
自分が何もできなかったこと。
全部忘れたくない。
「だから、消さなくていいです」
そう答えたとき、ふわりと温かい空気が流れてきて。
それから、
『アルデュラ様をよろしくお願いします』
そう言ってばあやさんは電話を置いた。


一瞬、全部の音が途切れて。
その後しばらく受話器からは何の音もしなかった。
「やっぱり普通にかけてくるんじゃないんだな」
だって、悪魔の国だもんな……なんて変なことに感心しながら、急いで書斎まで走っていった。
「ねえ、父さん。アルのお父さんって魔王かもしれない」
なんて答えるだろうってちょっと心配だったけど、父さんは少しおどけたような顔で、「それはすごいな」って言っただけだった。
「父さんは怖くない?」
「レンは怖いのか?」
「ううん。アルは友達だし。魔王でも、やっぱりアルのお父さんだし」
それにアルはとってもいい子なんだから、って。
そう言ったら、父さんはまたにっこり笑った。
「父さんも同じさ。アル君は一人息子の大切な友達なんだから、息子も同然だ」
「うん、そうだよね」
その後、ばあやさんが優しそうだったとか、そんな話もしたけど。
「それでアル君は大丈夫だったのか?」
そう聞かれて初めて肝心なことを言ってないことに気付いた。
「あ!……うん! 元気だって。でもね―――」
慌ててばあやさんから聞いたことを全部話すと、父さんもホッとした顔になった。
「そうか。よかった。それなら、クリスマスにはごちそうを用意しないとな」
その言葉で僕も急に楽しくなって。
「あと、ツリーにたくさん飾り付けして……それからプレゼントも!」
大きな声で言ったら、父さんは意味ありげにふふって笑った。
「それはもう用意してあるんだよ。レンと、それからアル君にもね」
そう言って夜空を見上げた。
なんで空なんて見るんだろうっていう僕の疑問はすぐにとけた。
「母さんからのプレゼントなんだよ」
アルと僕がもう少し大きくなったら渡してって頼まれたものがあるんだって。
父さんはとても楽しそうに目を細めた。
「アル君にはまだちょっと早いかもしれないな」
「なんだろう? おいしいもの? それとも楽しいもの?」
「さあ、なんだろうね」
詳しいことは内緒だったけど、母さんの手作りだってことは教えてもらえた。
きっとアルも喜ぶだろう。
そう思ったら嬉しい気持ちが三倍くらいに膨らんだ。

「アル、がんばって窓拭きして、クリスマスは絶対においでよね」
聞こえているといいな、って思いながら。
父さんと一緒に冷たい窓の向こうにある月を見上げた。



                                   黒いつばさ fin〜

Home   ■Novels   ■悪魔くんMenu      << Back     Next >>