Halloweenの悪魔
贈りもの




結局、アルの窓拭きはクリスマス・イブには間に合わなかった。
玄関のチャイムが鳴ったのは、クリスマスの早朝。
絶対にアルだって思ったから、飛び起きて階段を駆け下りた。
「アル、メリー・クリスマス! 窓拭きは終わったの?」
「うん。でも、ちょっと遅くなった」
アルは襟元に大きなリボンのついた真っ黒な長いコート姿。
悪魔の子らしくてとても可愛かった。
でも、その下にはちゃんとスーツを着ていて、ばあやさんからという花束を持っていた。
「アルの家ではクリスマスはないんだよね?」
悪魔には関係ないだろうなって思ったのは大当たり。
「うん。クリスマスってなんだろうってニーマたちが話してた」
若い人たちは誰も知らなかったと言って、アルもちょっとだけ首をかしげた。
そんな仕草を見ながら思わずにっこり笑って。
「アル、ツリーはこっちだよ」
手を引いてリビングに招き入れた途端、アルは大きな口を開けた。
「うわあ……」
そのあとはツリーに飾られたオーナメントや小さなライトに釘付けで。
「暗いところで見るともっときれいだよ」
夜までいられるよね、って聞いた時もツリーを見上げたまま「うん」って答えていた。
お茶を入れて、テーブルに誘ってもツリーの前に立ったままだったけど。
「それよりもケガはもう大丈夫なの?」
羽根を見たいって頼んだら、やっとサンタのオーナメントから目を離してこっちに来てくれた。
「もう治った。ほら」
悪魔の服はとっても不思議で、羽根を通すことができる。
スーツを着たまま広げられた翼は、あの夜みたいなバサリという重い感じはなくて、軽く羽ばたくとパタパタという可愛らしい音がした。
でも。
「あ……」
だって、もうすっかり消えてなくなってると思ってたのに。
僕の予想を裏切って、羽根にはまだしっかりと、しかもたくさんの傷跡が残っていた。
「どうして? ばあやさんだって、もう大丈夫って言ってたのに……」
お茶のカップを持ったまま、父さんも心配そうな顔をした。
「アル……」
また少し泣きそうになったけれど、アルは別にどうってことないみたいに訳を話した。
「それはわざと残したんだ」
アルの父さんはちゃんと傷の手当てをしてくれたけど、魔力で治すことはしてくれなかったらしい。
「すぐに治ると、何も考えずに飛び込むと痛い目に遭うってこともあっという間に忘れるからって」
アルがもう二度と無茶なことをしないように。
そんな気持ちは父さんにはよく分かったのかもしれない。
振り返ったら、にっこり笑って頷いていた。
「もう痛くないの?」
「ぜんぜん。さわっても平気だ」
「ホント?」
頷くアルを見ながら、黒い羽根にそっと触れる。
ふわりとした温かさが伝わって、なんだか不思議な感じがした。
僕らを守るために傷だらけになった黒い羽根は、確かにアルの血が通っている。
「……ね、アル」
「なんだよ?」
「助けてくれてありがとう」
そう言ったら、アルはポッと頬を赤らめた。
「……いいよ、そんなの」
ちょっとだけ口を尖らせたのは、たぶん少し照れくさかったせいなんだろう。
それが可愛くて、ほんのり色付いた頬にキスをしたら、今度は耳まで赤くなった。


それから、三人でお茶を飲んだ。
アルは窓拭きのこととか今やってる勉強のこととか、いろいろなことを話してくれた。
いつものようにちょっとだけ得意そうに。
「俺、もっと強くなる。そしたら、レンだって安心だろ?」
誰にも負けなかったら心配する必要なんてないんだから、って。
アルはそう言って真面目な顔で僕を見上げて、キュッと唇を結んだ。
「あ……うん」
僕だってその気持ちは分かるけど、またあんなことになったら……って思うとやっぱり不安になってしまう。
「……でも、どんなに強くなっても僕はアルのことが心配だよ」
そう答えると、じっとこちらを見上げている瞳は少しがっかりしたみたいだったけど。
でも、ちゃんと分かってくれたみたいで、コクンと小さく頷いた。
「お願いだから、無茶はしないで」
「うん」
ずっと僕より頭半分くらい小さかったアルの目線。
いつの間にか前より少し高くなっていることに気付いた。
「アル、しばらく会わなかったら背が伸びたみたいだね」
「もっとずっと大きくなるよ」
「うん、そうだね」
でも。
どんなに大きくなっても、どんなに強くなっても、ずっとこのまま。
強くなりたいと願う気持ちの後ろに、誰かを守りたいとか、誰も心配させたくないとか、そんな優しさを持ったアルのままでいて欲しい。


「あ、そうだ。アルにプレゼントがあるんだよ」
母さんから、と言ってリボンのかかった箱を渡すとアルはパッと顔を輝かせた。
「開けてごらん」
父さんに催促されて、ツリーの下で先を争うように包みを開けた。
「わあ、アルとおそろいなんだね」
母さんのプレゼントは色違いのパジャマ。
すぐに着てみようと思ったのか、アルはもうポイポイっとスーツを脱ぎ捨てていた。
「アルの、どうやって着るんだろう?」
僕のは普通の形だったけど、アルのはいろんなところに穴が開いていて。
ついでに、ボタンじゃなくてマジックテープになっていた。
「アル君のは背中で留めるんだよ。ほら、ここから羽根が出るんだ」
よく見るとズボンにもしっぽ用の穴が開いていた。
悪魔の服は羽根も尻尾も通してくれるけど、僕らの服はそうはいかない。
母さんはちゃんと全部分かっていたんだろう。
「アル、ちょっとだけ羽根としっぽ出してごらんよ」
「いいよ」
つやつやの羽根としっぽを穴から出して、父さんの説明どおりにアルに着せてあげたけど、
「やっぱりまだ大きかったかぁ……」
アルにはぶかぶかで、指先がちょっと出るだけ。
足は完全に引き摺っている。
「よく似合うよ、アル。でも、ちょっとまくってあげるね」
顔一杯に笑うアルと、おそろいのパジャマに着替えた僕と。
それを笑って見ている父さんと。
雪が降った後で窓の外はキラキラで、とても気持ちのいい朝で。
「次のプレゼントを開けるのは、ご飯の後にしようか」
「はぁい」
僕もアルも新しいパジャマでブランチを食べて、そのままの恰好で一日過ごすことにした。



「それで、これが僕と父さんの二人から」
次のプレゼントを渡したのは、午後になってから。
アルへのプレゼントは小さな箱に入っていた。
中身は僕の隣にある部屋の鍵。
そこは僕に弟か妹ができたら……って言っていた日当たりのいい部屋で、母さんが亡くなった後は物置になっていたけど。
ぴかぴかに掃除をして、テーブルとベッドとクローゼットと本棚を置いて。
アルに似合いそうなカーテンとベッドカバーをつけた。
僕の部屋との間にドアがついているから、廊下に出なくても自由に行き来ができる。
「君の部屋だよ。いつでも泊まりにおいで。外は寒いから、玄関でチャイムを鳴らさず直接自分の部屋にくるといい」
父さんがそう説明する間もアルは自分のベッドで転がったり、窓を開けたり。
話なんて聞いているのかどうか分からないほどはしゃいでいた。
でも、「ここへ来る時はちゃんとおうちの人に許可をもらってくるんだよ」って言われると転げまわるのをやめて真面目な顔で頷いた。
それから、急に思い出したようにクローゼットに走っていくと、掛けてあった自分のコートのポケットに手を突っ込んで小さな箱を二つ取り出した。
「これ」
父さんに一つ。僕に一つ。
リボンを解いて、箱を開けると中からペンダントが出てきた。
「本当は魔王の印がよかったんだけど、立場ってものがあるからそれはダメだって」
そう言ってアルのお父さんがこれをくれたのだという。
真ん中に浮き出ている模様はアルの一族の家紋。
これを持っていると本当に悪い悪魔は近寄らなくなるらしい。
「じゃあ、お父さんにもお礼を言っておいてくれるかい?」
「うん」
もらったペンダントは首からかけるとすぐに見えなくなった。
「もともと魔族にしか見えないんだ」
「ふうん、すごいね」
重さはないのに、なんとなく「首にかけてる」って感じがあって、ちょっと不思議だった。
父さんも「カッコいいね」って言って笑ってた。


その後は、父さんからもらったゲームでアルと遊んで。
昨日から準備していたご馳走を食べて。
二人でお風呂に入って、またパジャマを着て。
「泊まっていける?」
「うん。ちゃんと言ってきた」
キラキラした目でそう答えるアルの袖をまた折り返してあげながら。
「じゃあ、明日、雪合戦しよう。雪だるまもつくって、かまくらも―――」
「俺、雪合戦したことない。雪だるまも作ったことない。かまくらってなんだ?」
「父さんの国の、雪で作る……えっと……明日ぜんぶ教えてあげるよ」
「うん」
明日やることをたくさん決めて。
それから、今日は二人で夜更かしをしようって約束して。
「でも、鬼ごっことかはダメだよ。静かに遊ぼうね」
「うん」
僕のベッドに二人並んで腰かけて、父さんがココアを運んできてくれるのを待っていた。
外はまだ雪。
この分なら明日はたくさん雪だるまが作れるなって思いながら、急に静かになったアルに話しかけた。
「アル、ココアを飲んだらちゃんと歯みがきしないと……」
ほんのちょっと会話が途切れただけ。
なのに。
「アル?」
顔を覗き込んだら、スヤスヤと寝息が聞こえた。
その時、ノックが聞こえて。
「レン、ココアだよ」
部屋に入ってきた父さんもアルを見ると目を細めてにっこり笑った。
「その様子じゃ、ここへ来る直前まで窓拭きしてたんだろう。そのまま寝かせてあげるといい」
「うん」
アルをそっとベッドに寝かせて、布団をかけて。
その後、アルの寝顔を見ながら父さんとココアを飲んだ。
「僕、今日はアルと一緒に寝るよ」
「それはいいけど、寝返りを打って羽根を踏むんじゃないぞ」
「そうだね。気をつけなくちゃ」
「アル君、意外とまつげが長いんだなあ」
「ホントだ。起きてるときはわかんないのにな」
寝てても起きてても、笑ってても泣いてても。
アルはいつだってとても可愛くて。
「おやすみ、アル」
何度キスしてもぜんぜん足りないくらい。
それは、悪魔が魅力的にできていることを差し引いても、まだまだ余ってて。
だから。
この先アルの背が伸びても。
どんなに強い悪魔になったとしても。
僕にとってはずっとずっと今と同じアルのままなんだって。
そう思った。

ふわりと舞う雪が全部の音を吸い込んでいく静かな夜。
幸せそうに眠るアルの頬にもう一度そっと「おやすみ」のキスをした。




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