Halloweenの悪魔
アルの家 -1-





アルは今日も遊びに来ていた。
もちろん一番の目当てはマドレーヌで、あとはゲームとか、テレビとか。
おしゃべりの時間はそんなに長くないから、「遊び相手は僕じゃなくてもいいのかもしれない」なんて、ちょっとだけ思ってしまうこともある。
「アル、勉強も頑張ってるんだってね。ばあやさんが言ってたよ」
最近はアルの家から電話がかかってくることが増えた。
父さんへのお礼とか、アルが近くの森へちょっと修行に出かけたから半月くらい戻らないとか、そんな連絡がほとんどだけど。
「うん。三日くらい前から一度にたくさんおぼえられるようになってきた」
「そっか。すごいね」
「だろ?」
褒められると顔一杯に笑うのは相変わらず。
でも、アルは本当にすごいのだ。
クリスマスにもらったペンダントのおかげで、僕にも悪魔がたまに見えるようになったけど、アルと一緒だと大人の悪魔がこそこそと逃げていく。
悪魔同士は戦わなくても相手の力の強さがだいたい分かるんだって、その時もアルは別にどうってことなさそうな顔で言ってたけど。
つまり、それはアルが逃げた悪魔より強いってこと。
今までずっと悪魔だから何もしなくてもどんどん勝手に強くなるんだって思ってたけど。
でも、そうじゃないんだってこともわかるようになった。
たくさん頑張ろうって決めたアルが、本当にたくさん頑張ったから強くなっただけ。
本当は僕たちと何も変わらなくて、努力だって我慢だって必要なんだ。
「アルは偉いね」
「何がだよ?」
「いつだって一生けんめいで」
ここへ遊びに来る時だって、いつもアルは人間の文字や町のしくみや、ちょっと面倒くさくてあいまいなルールもちゃんと勉強してた。
目をきらきらさせて。
本当に楽しそうに、お菓子のパッケージを読んだり、僕でもむずかしい父さんの本を広げたりして。
「僕も頑張らないといけないな」
「なんでレンが頑張るんだよ?」
「アルと一緒に大きくなるためだよ」
ずっと二人で仲良くやっていこうとしたら、一人だけ頑張ってもダメだと思うんだって。
そう話したら、アルは「よくわかんない」って首をかしげたけど。
「でも、レンが頑張るんだったら、俺ももっと頑張る」
そう言って、きらきらの目で僕を見上げたまま、パッと笑った。
そのまましばらく二人で顔を見合ったままニコニコしてたけど。
アルは突然何かを思い出したように「あ」と口を開けた。
「俺んち遊びに来いよ」
難しい呪文が使えるようになったご褒美に僕を招待していいって。
お父さんが許可してくれたらしい。
「いつ?」
「あしたの夜」
明日は土曜日。次の日は日曜日。もちろん学校は休み。
これといって予定もなかったし、きっと大丈夫だけど。
「でも、父さんに聞いてからね」
たとえアルの家だとしても、世の中の人から見たら『悪魔の住みか』だ。
さすがに父さんも心配するかもしれない。
……なんてこともちょっとだけ思ったからだ。
もちろんアルはぜんぜんそんなことは考えてないから、
「いいよ。帰ってきたら一緒に話す」
父さんが戻るまで居座って承諾を取り付けることを決めたみたいだった。
アルはちょっとだけ強引だ。
まだ小さいせいなのか、悪魔だからなのか。
じゃなかったら、もともとそういう性格なのかもしれないけど。
「でも、父さんの帰り、遅いと思うよ?」
「大丈夫。ちゃんと待てる。昼寝もいっぱいしたから眠くない」
一度決めたら諦めないってことも僕はもう知っていた。
冷蔵庫の中身を確認してアルの分も夕飯を作らなくちゃ、とか。
着替えはちゃんとあったかな、とか。
僕がいろいろ考えていると、アルは小さな四角い箱を取り出した。
「それ何?」
「電話。メリナに『明日』って言ってなかった」
「え?」
四角い箱の中には小さな鏡。
ボタンもダイヤルもついていない。
でも。
「メリナいる?」
アルが話しかけたらパッと明るくなって。そこに女の人の顔が映った。
『どうかなさいましたか、アルデュラ様』
それは僕の家にかかってくる電話の声と同じだった。
「明日連れてく。泊まりで。ごはんも。おふろも。次の日も」
アルの連絡は簡単で、でも、ちょっと分かりにくい。
でも、ばあやさんにはちゃんと伝わったらしい。
『もちろん喜んでお迎えいたしますが、レン様のご家族はご承知されているのですか?』
「あとで『うん』って言う」
まだ全然話してないけど。
アルは勝手にそう決めていた。
まあ、僕だって父さんが「駄目だよ」なんて言うとは思わなかったけど。



そんなわけで、予定通りに父さんから「いいよ」をもらって、土曜の夜から日曜まで招待されることになった。
「アルの家ってね、部屋が100個くらいあるお屋敷みたいなんだ。何を着ていけばいいのかな?」
クリスマスの時のアルはちゃんとスーツを着て花束を持ってきた。
僕もちゃんとしなくちゃいけないかなって思って父さんに相談したら、
「そうだな。じゃあ、レンもスーツで行くといい。花束とマドレーヌを持ってね」
特別な材料なんて使ってないけど。
でも、うちで作ったマドレーヌだったらメリナさんたちも興味あるかもしれないって言われて、ちょっと首をかしげた。
「でも、本当に普通だけど、いいのかな」
変わったところなんて何もない。
誰が作ってもあんな感じなのに。
「そうだね。でも、たとえばレンが大好きなものだって聞いたら、父さんだってどんなものか食べてみたいって思うだろう?」
アルの家族もきっとそうじゃないかなっていう説明に、僕も頷いた。
「じゃあ、いつもよりたくさん焼かなくちゃ」
だって、アルの家にはアルのお父さんやばあやさんやニーマさんの他にもたくさん人がいるはずだから。
次の日は走って学校から帰ってきて、いつもの三倍のマドレーヌを焼いてアルを待った。



お向かいの屋根に夕日が半分隠れた頃。
『悪魔の正装』で僕を迎えにきたアルは、マドレーヌがぎっしり入った大きな箱を見て目を丸くした。
「わー、すっげー。これ全部食べていいのか?」
「アルの家の人に渡すんだよ」
今日はすっかり悪魔の姿のアル。
耳も歯もしっぽも全部が尖っているけど、それもとても良く似合う。
そして、前に比べたらずいぶん背が伸びた今でも、やっぱり僕が知っている子の中で文句なしに一番可愛い。
「レンもアル君みたいに行儀よくしているんだよ」
「うん!」
父さんと約束して、タイを直してもらって。
それから、アルと一緒に「いってきます」を言った。
「じゃあ、レン。ちゃんとここにつかまってろよ?」
アルが自分の上着の裾を差し出して。
僕がギュッとそれをつかんで。
そこにアルの手が重なった瞬間には、もう僕は違う床の上に立っていた。



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