Halloweenの悪魔
アルの家 -3-




最初はぼんやりと。
そのうち、だんだんはっきりと。
クリスタルの中に浮かび上がったのはどこかで見たことのある風景。
「あ……僕の家の庭?」
「はい。アルデュラ様が初めてご覧になった人間の世界です」
それは僕の家に初めて遊びにきた時よりもまだずっと小さい頃。
アルが最初に使えるようになった呪文は、このクリスタルに別の世界を映し出すものだったのだと話してくれた。
「レンさまのお家の庭が目に留まり、随分と気に入られたようです」
映したものの記憶が残るクリスタルから取り出した画像は、僕でも覚えていないような昔のもので、庭に植えてある木も細くて小さかった。
「あ……僕と母さんだ」
風に流されてふわりと落ちてきた鳥の羽を追いかけているのは小さかった僕。
一人で走り回るのに飽きると母さんが座っている場所に戻り、膝に抱き上げてもらって向かい合ってにっこり笑う。
「ご一緒に遊びたかったのでしょう。いつも一人でご覧になっていました」
アルのお父さんは偉い悪魔だから、アルはいつでもたくさんの世話係や護衛に囲まれていたけれど、ちょうどいい遊び相手はいなかったのだと聞いてちょっとかわいそうになった。
「何ヶ月もの間、こうしてお庭を眺めていらっしゃったのですが、ある日どうしてもレン様のところに行きたいとおっしゃられて、10日ほどお父様につきっきりでお願いをした後、ようやく一日だけ外出のお許しいただいたのです」
それが最初のハロウィンの日。
「変身の呪文はまだお使いになれなかったので、仮装に見えるよう少し細工をし、それから人間界の作法をお教えしました」
でも、メリナさんもニーマさんも誰もハロウィンにやり方があるなんて知らなかったから、アルはそのまま送り出されたらしい。
そして、普通に玄関のドアをノックしたのだ。
「そうだったんですか」
僕はよく覚えてないけど、あの日のことは母さんから聞いていた。
困った顔でもじもじしているアルがとても可愛かったって何度も何度も話してくれた。
「それから、アルデュラ様は毎日一生懸命お勉強するようになって、難しい呪文を覚えるたびにレン様の家に遊びにいくお許しをいただいたのです」
それでも、年に一回。
その頃、こちらの世界は少し不安定だったから、アルはあんまり外出させてもらえなかったらしい。
「今はもう大丈夫なの?」
「ええ、もちろんです」
そうでなければこうして僕を招待することはなかっただろうと言ってにっこり笑うばあやさんに微笑み返していたら、後ろでカランコロンとやわらかい音がした。
くるっと振り返ってみると、耳の短いウサギみたいな小さなコウモリが自分の首についているベルを鳴らしていた。
羽根も身体もベルベットみたいにツヤツヤで、しかも銀色だった。
『メリナさま、アルデュラ様がまた……』
その後、銀色うさぎコウモリはばあやさんの肩にとまって話し始めたから、続きの言葉は聞こえなかったけれど。
「あらあら。ではすぐに参りましょう」
うさぎコウモリがポムッと銀の粉を散らして姿を消した後、ばあやさんはこちらを振り返ってにっこり笑い、僕をキッチンへ案内してくれた。


キッチンなんて言っても大きなレストランの厨房みたいで、食器や料理の材料を持った人たちが忙しそうに働いていた。
ガラスのドアの向こうではアルが立派なひげのコックさんの服を思いっきり引っ張っていた。
仕事の邪魔をしているのかもしれないけど、なんだかとても楽しそうで、それほど困った雰囲気には見えなかった。
「様子を見てまいりますので、少しだけこちらでお待ちください」
ばあやさんは戸口からこっそり中を覗いただけだったけど、少しドアを開けたせいで、中の話し声が聞こえてきた。
「アルデュラ様ったら、またそんなことをおっしゃって。そりゃあ、逃亡者を退治してお城に戻った後、怖くて泣いていらしたことをレン様に内緒にするのはいいと思うんです。あれは私だって怖いと思ったでしょうから……。ですけどね」
「なんだよ?」
「お夕食の席でお嫌いなものをお皿の端によけるのは、やっぱり恰好悪いと思いますよ?」
ぷっと膨れてキレイなメイドさんを見上げるアルの横顔は真剣そのもの。
でも、周りの人たちはみんな笑いを堪えているみたいな顔をしていた。
「だから、今日はキライなものは出すなって頼んでるんだろ?」
「わたくしどもは構いませんが、お父様がなんとおっしゃるか。そもそも王の一人息子ともあろうお方が好き嫌いだなんて……」
メイドさんとコックさんが顔を見合わせて、ちょっと大げさにふうっとため息をつく。
「だーかーらー、明日からちゃんと食べるって言ってるだろ?」
「そんなお約束を守ったことがありますか?」
「今度はちゃんと守る。なー、頼むから」
『だってレンが来てるんだぞ』って。
アルはやっぱりちょっと偉そうな口調だったけど。
「では、メリナさまにご相談申し上げてからお返事いたします。今、ルナを使いにやりましたのですぐにこちらにいらっしゃるでしょう」
あのコウモリの名前が「ルナ」なのか、それとも銀色うさぎコウモリはルナという種類なのかはわからなかったけれど、とりあえずここではそう呼ぶらしい。
今度見かけたら呼んでみようと思っていたら、アルのほっぺがまたプッとふくれて、ついでに耳がシュッと尖ったのが見えた。
「なんだよ、それー。そんなのメリナがいいって言うわけないだろ? なー、頼むってば」
だだをこねるアルの声が響く中、ばあやさんはまたそっとドアを閉めると、ニコニコしながら戻ってきて僕に尋ねた。
「レン様は好き嫌いがおありですか?」
「あ……はい。でも、食べないと父さんが心配するので」
おいしいとは思わないけどガマンして食べるのだと話すと、またにっこり笑った。
「では、アルデュラ様にも召し上がっていただかないといけませんね。妙なお顔で料理を口にされても笑わないでいただけますか?」
「もちろんです」
そう答えたけれど。
パクって口に入れたあと、「うっ」って顔をするアルを知っているから、想像したらちょっとだけ口元がゆるんでしまった。
そんな話をしている間もドアの向こうからはかすかにアルや他の人たちの笑い声がもれてきて、ばあやさんもときどき目を細めながらそれを見ていた。
「アルはみんなと仲がいいんですね」
こんなにたくさん人がいるのに、誰とでも仲良くできるのはえらい。
「はい。きっとどちらのお屋敷のご子息よりも慕われていらっしゃると思います」
普段はこうして親しく話をしているけど、いざと言う時はみんな命をかけてアルを守るつもりなのだという話に僕はちょっと緊張した。
アルのお父さんは魔王だから、そうしないと叱られるんだろうって思ったからだ。
「大変なんですね」
でも、ばあやさんは僕の気持ちがわかったみたいににっこり笑って首を振った。
「お父君の命だからではなく、わたくしどもがそうしたいと思っているからです」
そのあと、ばあやさんが話してくれたのは、アルが今よりもずっと小さかった頃のこと。
「城下がまだ不安定で、この城もたくさんの敵から狙われておりましたが、そんな時でもアルデュラ様は一生懸命わたくしどもを守ろうとしてくださいました」
まだ魔力も弱くて、身体も小さくて。
でも、僕を悪魔から守ってくれたように。
この城の跡継ぎとして今日までずっとみんなを守ってきたのだと話してくれたばあやさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そっか……アルらしいな」
ばあやさんは僕なんかよりずっとたくさんアルのいいところを知ってるんだろう。
そして、その分だけたくさんアルを可愛く思っているってこともよくわかった。
「使用人に対してもアルデュラ様はいつも実の家族のように接してくださいます」
だから、ばあやさんや他のみんなも、アルを自分の息子や弟のように大切に思ってるのだと言われて、僕もなんだか嬉しくなった。
「アルは頑張り屋さんだし、とってもいい子だから」
僕も、僕の父さんも。
それから、死んだ母さんも。
アルのことは大好きなんだと言ったら、ばあやさんは今までで一番優しい顔で微笑んでくれた。



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