そのままばあやさんとにっこり笑い合っていたら、リリンと心地よいベルの音がして、目の前に現れたのは空色の羽を持った小さな鳥。
ユニコーンみたいな小さな角があることを除けば僕がよく知っている鳥と同じだったけど。
一度ばあやさんを振り返った後すぐに見えなくなってしまったそれは、飛行機雲みたいな銀色の跡を宙に残していた。
「アルデュラ様が電話を終えられたようですね」
鳥もアルが難しい呪文で飼い慣らした召し使い。
そう聞いて、僕は少しだけ心配になってしまった。
「あの……メリナさん」
だって、僕は隣の家のインコでさえ手に乗せられないのに。
「僕、人間なのにアルの友達になっていいんですか?」
本を読むのも計算するのも好きだから、学校では一生懸命勉強しているけど。
でも、ここにいるとそれしかできない自分がいやになりそうだった。
アルの父さんがすぐに会ってくれないのも、本当はそんな理由なのかもしれないって思ってしまうほど。
でも、メリナさんは笑顔のまま首を振った。
「レン様のお父君は、どこで生まれたか、どんな言葉を話すか、どんな目の色かでお友達を選ぶようにとおっしゃいますか?」
「ううん」
「アルデュラ様のお父様も同じです。大切なご子息のご友人は、ただ良い子であって欲しいと思っていらっしゃいますよ」
生まれや容姿や、何が得意で何の役に立つのかということではないのだから、心配することなんてないって。
そう言ってもらって、すごく安心した。
「ありがとうございます、メリナさん」
またにっこり微笑むばあやさんに笑い返しながら。
でも、全部を言い終わらないうちにふわっと身体が浮いて。
一度まばたきをした後にはもうさっきの場所に立っていた。
顔を上げると目の前には腕組みをしたアル。 「どこ行ってたんだよ」
ぷっと頬をふくらませていて、僕とばあやさんを見上げていた。
「お客様を退屈させるわけには参りませんので、城内を案内しておりました」
そんな説明にようやく納得したみたいだったけど。
でも、不満そうな顔を直すことはなかった。
「オヤジの気分が変わると夜中でも部屋の場所が変わるんだぞ。迷子になって帰ってこれなくなったらどうすんだ」
そう言って一層口を尖らせたアルにばあやさんは「申し訳ありませんでした」と謝ってから、静かに目の前のドアを開けた。
多分、そこがアルの寝室なんだろう。
他の部屋とは違って、どことなく『子供部屋』という雰囲気だった。
「今夜は冷えますから、暖かくしてお休みください」
その声と同時にボッと音がして、暖炉の火が強くなる。
さっきまで膨れていたことなんてすっかり忘れたみたいに、アルが僕の手を引っ張った。
「じゃあ、レンもここ。一緒に寝る」
靴を脱いでベッドに上がると、ばあやさんは「おやすみなさいませ」と言ってまた静かにドアを閉めた。
温かい布団の中。小さかったアルのパタパタ動く羽を思い出しながら、背中をそっと撫でてみた。
「なに?」
ちょっとくすぐったそうに笑うアル。
その頬におやすみのキスをした。
本当はずっとずっと前から笑いかけていてくれたのに。
どうして僕は気付かなかったんだろう。
「アル、大好きだよ」
アルは最初に僕の家に来たときのような少しはにかんだ顔で、でも、やっぱりにっこり笑うと、
「うん。俺も」
それだけ答えてキスを返してくれた。
翌朝、ぽかぽかと陽の差す部屋でばあやさんとお世話係さんに起こされた時、僕とアルは二人ともすごい寝相でベッドにいた。
アルの右腕が僕の足の間から出てて、アルの片方の足は僕のお腹の上に乗っていて。
「あらあら、苦しくなかったですか?」
二人ともニコニコしながら僕たちを見ていたけど。
「ううん、平気です」
「すげー、あったかかった」
そう答えたアルがいつまで経っても僕の腕を離そうとしなくて、今度は本当に笑われてしまった。
自分の服に着替えて、アルと二人で朝ごはんを食べて。
「そろそろお時間です。ルナがご自宅までお送りいたしますのでご準備を」
パッと姿を現したのはあの銀色うさぎコウモリ。
よそゆきなのか蝶ネクタイをして、耳の付け根の毛をくるんと巻いてもらっていた。
「よろしくね」
僕の肩にちょこんと乗ったコウモリを見ながらそう言ったら、銀色の羽で頭をなでられた。
そんな仕草はなんとなく大人びていて、もしかしたら僕よりもずっと年上なのかもしれないって今頃思ったりした。
「それではお気をつけて。戻られるとお家を出られてから一時間経った時刻になっておりますから」
ばあやさんが懐中時計を見せながらそんな説明をしてくれたけど、さすがに僕もびっくりだった。
「一時間しか経ってないの?」
こっちに来ると時間の流れが違うのかと思ったけど、そういうことではないらしい。
アルの父さんが一時間だけ経った世界に帰れるようにしてくれたのだ。
その呪文はとても難しくて魔王にしか使えないらしい。
「すごいんだなぁ」
でも、どうしてなんだろうって思った時、ばあやさんがその説明をしてくれた。
「せっかくの週末にお父様お一人で過ごすのは寂しいでしょう……と」
魔王だってアルのお父さんだから、きっと僕の父さんの気持ちが分かるんだろう。
「アル、お父さんにお礼を言っておいて。それから」
僕の感謝の気持ちの分だけ、代わりに親孝行しておいてと言ったら、アルは「えーっ?」と眉を寄せけど。
お願いねってもう一度頼んだら、「仕方ないなぁ」って顔で頷いた。
それをちょっと離れたところから見ていたお世話係の人たちが、
「本当にレン様のおっしゃることは素直にお聞きになるんですね」
ニコニコしながらそんな話をして。
でも、そんなことには気付かないアルはちょっとだけ「つまらないな」って顔になった。
「また遊びにきてね。父さんと二人でマドレーヌ作って待ってるから」
アルの食卓はすごく豪華で、僕の作ったマドレーヌがそれに勝てるはずなんてないんだけど。
「うん。約束だからな」
でも、きっとそういうことじゃないんだって、嬉しそうに笑うアルを見ながらそっと思った。
家に帰ってから、父さんにたくさん話をした。
魔法の鏡で家の中を見たことだけは、ばあやさんが困るかもしれないと思って父さんにも内緒にしたけれど、それ以外は全部。
料理がおいしかったこと、家がすごく変わっていたこと。
ばあやさんの他にもお世話係がたくさんいて賑やかだったこと。
それから、アルの父さんが難しい魔法で一晩を一時間に変えてくれたこと。
「ねえ、父さん」
「なんだい?」
「僕、アルの家に行って分かったんだ」
悪魔だからってみんなが怖いわけじゃない。
人間にもいい人と悪い人がいるように、悪魔の中にも両方いるんだろう。
昔の人はたまたま悪い方の悪魔とばかり会ってしまって、だから、「悪魔」なんていかにも悪そうな名前をつけてしまったけど、本当はいい悪魔だってたくさんいるんだってこと。
アルはもちろん、ばあやさんも、それから今回は会えなかったけどアルの父さんも、その他のみんなもとっても優しかった。
「そうか。いい友達ができてよかったな」
アルは真っ黒な髪と目で、本当は耳も歯も尖っていて、ついでに羽根も尻尾もあるけれど。
「うん」
ばあやさんが言ったとおり、僕の父さんもアルがいい子かどうか以外は気にしないんだって分かって、それが本当に嬉しかった。
だから、来週も再来週も来月も再来月も、来年も再来年もその次もその次も。
ずっとずっと友達でいられるといいなって、そう思った。
〜アルの家 fin〜
|