Halloweenの悪魔
レンがおいしそう




それから僕もちょくちょくアルの家に遊びに行くようになった。
いつ行ってもお屋敷の中は部屋の場所が前とは変わっていて、どうやったら迷子にならずに歩けるのか分からないのが悩みだったけれど。
「行きたい部屋を思い浮かべててきとうに名前を呼べばいいんだ」
アルはとても簡単そうに「ためしにやってみろよ」なんて言ったけど、僕はやっぱりドキドキだった。
「じゃあ……『アルの魔法勉強部屋』に行きたい」
それでも半信半疑で呼んでみたら、目の前にあったドアの模様が変わっていた。
「ほら、着いた」
部屋の名前が分からなかったら、「アルに会いたい」と言えば、その時アルがいる場所に行けるらしい。
もちろん僕が入れない部屋にいる時は無理だけど。
「本当はすごく便利なんだね」
アルのお父さんが家を建てるときにあれこれ考えて呪文をかけたのだという。
そういう工夫は他にもたくさんあって、たとえばアルの勉強部屋の窓の外は半分昼で半分夜。
それには『時間を忘れて勉強するように』っていうお父さんの気持ちがこめられているらしい。
「ごはんになるとメリナが呼びにくるから意味ないんだけどな」
「そっか。でも、面白いね」
このお城の仕掛けはそんな楽しいことばかり。
僕は興味津々で、「他には?」って何度も聞いてしまったけれど。
「そのうちにもっとたくさん教える。でも、今はダメだ」
遊びに来た回数に見合った仕掛けや呪文しか教えられないし、正しい呪文を唱えたとしてもお客さんには行けない場所もある。
そして、お客に対しての約束事もたくさんあるらしい。
たとえば、『屋根のついている場所以外は決まった時間しか出ることができない』とか『付き添いなしに門の外に出てはいけない』とか。
「ふうん。だから庭にも屋根のある回廊がついてるんだね」
2階から見下ろすと、色とりどりの花が咲き乱れる庭をガラスのような透明な屋根のついた通路が十字に走っているのが分かる。
「あの廊下は庭の中だったら行きたいところに伸びてくれるけどな」
迷路にもなるから退屈なら遊ぶこともできるらしい。
「それもお父さんの設計なんだ?」
「たぶん」
ごく平凡な僕の家と違って、アルのお城は遊園地のようだ。
何度遊びにきてもきっと飽きることなんてないに違いない。
そうやってあれこれ教わりながら探検気分で長い廊下を歩く。
「あ、前に来たときもこのドアを見た覚えがあるな。何の部屋なの?」
部屋は場所が移動するだけでドアの模様は変わらない。一枚一枚全部違うから、模様を覚えれば開けなくてもなんの部屋か分かるはず……だけど。
「ここには肖像画がある」
「誰の?」
「昔の魔王とか、じーちゃんとか、本に出てくる偉いヤツとか、前に飼ってた飛竜とか」
「竜、飼ってたの?」
「今もいる。こんどちゃんと紹介する」
あと20回くらい遊びにくれば、きっと大丈夫って言われたけれど。
「あと20回かぁ……」
竜でさえ20回必要なら、アルのお父さんに会うためにはどれくらいの訪問が必要なんだろう。
ご挨拶をしたいけれど、当分ムリって感じだ。
もしかしたら、魔王みたいな偉い人には永久に会わせてもらえないのかもしれない。
「ね、アルのお父さんは大きい?」
「大きいよ。一番大きい時は家からはみ出る。でも、普段は小さめにしてるし、人間のかっこになるときはいつも同じ大きさだし、たぶんレンのお父さんよりちょっと大きいくらいだと思う」
ということは、もしかしたらアルも『人間だったらこのサイズ』っていう大きさで表示されてるのかもしれない。
「じゃあ、アルも悪魔の時は大きさが変えられるの?」
それについては「まだできない」っていう返事だったけど。
「レンは大きいのと小さいの、どっちがいい?」
そんなことを真剣に聞くアルがかわいくて、またちょっと笑ってしまった。
「どっちでもいいよ。大きくても小さくてもアルはアルだから」
そう言ったら、パッと笑顔になった。
「小さいのって言われたらどうしようかと思った」
お父さんによく似ているアルは、あと何年かしたら僕よりもずっと大きくなってしまうらしい。
その時にずっと小さい表示になる呪文を自分にかけておかなければならないと面倒だからと言いながら、僕の隣にまっすぐ立ってみたけど。
「……まだまだぜんぜん先だ」
自分の目線が僕よりちょっと低いことを確認した時、アルはなぜかひどくがっかりしていた。



その後、一緒にお風呂に入って、おそろいのパジャマに着替えて。
二人で並んで窓の前に立った時、アルがちょっとだけ険しい顔になった。
「今日は月が赤いから、レンは外に出るなよ。魔物が入り込んでくると困る」
言われてアルの見ていた方向に目をやると、黒い大きな翼が羽ばたいているのが分かった。
それは飼っている飛竜が散歩をしているだけだって言ってたけど。
「あいつ、自分の大きさが分からないみたいで、たまにしっぽがぶつかってカベに穴が開くんだ」
赤い月の日はそこから小さな魔物が入ってくるらしい。
「でも、魔物が誰かを食べたりすることはないんだよね?」
大きさも形も分からないから、怖いとは思わなかったけれど。
「そいつが肉食の魔物で、そん時すごく腹が減ってたらわかんないな」
一番危ないやつは形もちょうどサメと似ているから、それが人間を食べるような感じだって言われて想像はできたけれど。
「じゃあ、サメみたいのには気をつけるよ。他には人間を食べるようなのはいないよね?」
そんなことを聞きながら、なんだかだんだん心配になってきた。
僕だって魔物に食べられてしまうのは嫌だ。
もちろん海でサメに食べられるのも嫌だけど。
「うーん、昔の本には『人間を食べた悪魔がいる』って書いてあったけどな」
信じられないよなって言うついでに、アルは「うえーっ」って顔で舌を出したけど。
その後で急に思い出したように付け足した。
「でも、ときどきレンがすごくおいしそうに見える」
「えっ!?」
冗談だろうって思ったけれど。
アルがとても真剣な顔をしていたから、ちょっと困ってしまった。
「……僕、まずいと思うよ」
嫌いなものもたくさんあるし、おやつは甘いものばかりだし……なんて言ってみたけど。
「心配しなくても食べないけどな」
「……だよね」
当たり前だよなって思いながら、一人で笑ってしまった。



でも、そんな会話をした日の夜中。
なんとなく耳がくすぐったくて目を開けると、隣で寝ていたはずのアルの体が僕の真上にあって。
最近ちょっと伸びてきたアルの黒い髪が頬をくすぐっていた。
「……ん、アル……?」
寝られないのって聞こうとしたとき、ぱくんっ、と音がして。
「うわっ!」
いきなり温かくてやわらかいものが耳を挟んだ。
それはアルの唇で。
歯が当たったりもしていなかったんだけど。
「た、食べないって言ったよね??」
やっぱり僕は相当びっくりしてしまって。
なのに。
「ちょっと舐めてみただけ」
別に味はしなかった、とアルには真面目な顔で言われた。
「当たり前だよ、味なんて―――」
慌てまくる僕の気持ちに気付くことなく、
「じゃあ、寝る」
アルはそのままスヤスヤ眠ってしまった。


それからもアルはときどき僕の耳とか首筋をパクンとすることがあって。
「なんかおいしそう見えるんだよな」
でも食べないよ、なんて言葉も何度も聞いたけど。
言いながらアルがじーっとこっちを見てるから、なんだかちょっと心配になる。
「ホントに大丈夫だよね?」
「うん。食べないよ」
アルはちっとも悪いことと思ってないみたいで、当たり前のようにそう答えるだけ。
さすがに僕だってアルに食べられるとは思わないけど。
でも、人前でもこうやって「パクン」ってやるのはちょっとまずい。
だって、そんなことばかりしているといつかアルが悪魔だってことがばれてしまうかもしれないし、そうじゃなかったとしても変わった子だと思われてしまうに違いない。
どう説明したらアルにもそれをわかってもらえるんだろうって悩んでいたら、ニーマさんが僕にウィンクをしてからばあやさんを見た。
首を傾げる僕ににっこり笑ってから、ばあやさんがアルを呼び止めた。
「アルデュラ様、いくらレン様がお好きでも人前ではおやめくださいまし」
それを聞いてももちろんアルはすぐに「うん」なんて言わなかった。
「いいだろ、食べてるわけじゃないんだから」
全然悪くないぞって顔で言い返した。
でも。
ばあやさんはアルのことをとてもよく分かっているから、いつだってアルが納得する言葉をちゃんと用意する。
一度は真面目な顔で「そうですか」と返事をしたけど、その後、小さな声で呟いた。
「ご覧になった方が『レン様はおいしい』と勘違いなさって同じ事をされるかもしれませんのに……」
そう言われたアルの眉間にキュッとシワが寄って。
隣ではニーマさんがぷっと吹き出した。
「そういえばフェイシェン様もレン様のほっぺがとても柔らかそうだっておっしゃってましたっけ」
ついでにそんなことまで付け足すから。
「……じゃあ、やめる」
アルは本当に「しぶしぶ」って顔で、小さかった頃と同じように口を尖らせた。



それから、アルは少なくとも誰かの前では「ぱくん」なんてことはしなくなった。
でも、二人でいる時は相変わらず。
「おやすみ、レン。ぱくっ」
控えめな「ぱくん」をしてから僕のベッドにもぐりこんだりしている。


                                     fin〜

Home   ■Novels   ■悪魔くんMenu      << Back     Next >>