Halloweenの悪魔
王様の椅子が魔王を祝う日


-1-

月曜日。
アルの家から招待状が届いた。
差出人は『スウィード=ラ・ジアード』。
『ラ・ジアード』はアルの名前の最後と同じだけど。
「……知らない人だ」
持ってきてくれた銀色うさぎコウモリのルナに「誰なの?」って聞いてみたら、『それは王様の対外的な名前です』と教えてくれた。
本当の名前はもっと長くて、すごく大切な人以外には教えられないらしい。
「そっか、アルもそう言ってたよね」
羽を広げたまま目の前で静止しているルナの隣でサラサラと心地よい音を立ててペンが走った。
『こちらでは名前がとても重要なのです』
こちらに来ている間、ルナの声は人間の耳には聞こえない。
だから、いつも王様の紋章入りの銀色のペンを持っていて、質問の答えをそのへんに書いてくれるのだ。
……とは言っても、銀色の羽根付きペンが勝手に空中を舞ってるようにしか見えないんだけど。
「アルのお父さんはスウィードさん。うん、大丈夫。もう覚えたよ」
僕がそう呟いた時も、『王様にしては迫力のない名前ですよね』という返事があってちょっと笑ってしまった。
「それじゃあ、手紙を……えっと、これって普通に開けていいのかな?」
クルクルッと巻かれた紙に赤いリボンがかかった招待状はなんだかとても厳かで、手に持っただけでドキドキしてしまう。
『どうぞ』
そう言ってルナがリボンの端っこを手渡してくれたので、大きく深呼吸してからシュッと引っ張った。
パンッと軽やかな音がして色とりどりに輝く紙吹雪が舞い躍る。
手紙はそのまま勝手に開いて、僕の目の高さで静止した。
「すごいや。どうやったらこんなふうになるんだろう」
びっくりしていたら、ルナがちょっと得意そうに『それは王様の遊び心です』と説明してくれた。
お城といい、手紙といい、いつも楽しい仕掛けがぎっしりだ。
「アルのお父さんはきっと素敵な人なんだろうな」
どんな人なのかなって聞くと、すぐに返事があった。
『アルデュラ様とよく似ていらっしゃいます』
「へえ、そうなんだ。会ってみたいなぁ」
思わず呟いたら、『でしたら、ぜひお越しください』とペンを走らせたあと、ルナが恭しくお辞儀した。
手紙にも「来週の金曜日は『王の椅子が魔王を祝う日』だから、アルの友達としてぜひパーティーに出席して欲しい」と書いてあった。
「なんだかすごそうな名前だけど、どんなことをするんだろう?」
僕にはよく分からなかったけれど、お父さんからわざわざ招待状が来るのだから、きっとすごく重要な行事なんだろう。
しかも、アルがついでに持ってくるんじゃなくて、ルナがお城の正式な使いとして届けるくらいだから、ちゃんとした恰好で出席しなければいけないに違いない。
「結婚式に着ていくような服でいいのかなぁ……」
とにかく、明日アルが遊びに来た時にいろいろ聞いてみよう。
「返事は今すぐじゃなくてもいいの?」
尋ねたら、ルナはコクリと頷いた。
「じゃあ、後で連絡するね。今日はありがとう」
作ったばかりのマドレーヌを渡して、星のようにキラキラ瞬く銀色の粉を降らせながら消えていくルナに小さく手を振った。


それから慌ててクローゼットを覗いてみたけど、ちゃんとしているのは結婚式用のスーツくらい。それだって一昨年大きめに作ってもらったはずなのに、今着てみたらちょっときつくなっていて、思いきり伸びでもしたらどこかが破れそうだった。
「新しいのを買ってもらった方がいいかなぁ。だったら、父さんにお願いしないと……」
とりあえずアルに相談してみよう。
何を着ていくかはそのあとで決めればいい。
「もしかしたら『出席者はみんな怪獣の衣装』なんてこともあるかもしれないし」
それはそれで困るけどって思いながらアルが来るのを待った。


そして翌日の夕方。
「へー、レンに招待状出したんだ」
遊びに来たアルはちょっとびっくりしていた。
どうやら人間の招待客はとても珍しいらしい。
もちろん今回も僕一人だ。
なんとなく心配になって、やっぱり断ろうかと思ったんだけど。
「ただのパーティーだから変わったことなんて何もない。レンが来てもぜんぜん平気だ。食べるものもたくさんあるし、大人ばっかりでつまんなかったら二人でどっか行ってもいいし、それに―――」
いつになく一生懸命誘ってくれるから、やっぱり招待は受けることにした。
王様の椅子が魔王を祝う日は、つつがなく世界が続いていることを王様の功績として称えるためにあるのだという。
「まあ、そんなのは口実だけどな。ホントはパーッと騒いでハメを外そうっていうのが目的だ」
「ふうん。じゃあ、みんな楽しみにしてるんだね」
だったら招待客はおしゃれをしてくるに違いない。
「困ったな。僕、何を着て行ったらいいんだろう……」
今からちゃんとしたスーツを作ってもパーティーには間に合わないかもしれない。ちょっと不安になったけど、アルは少しも考えたりすることなく「普通の服でいい」と答えた。
「え……でも」
「わざわざ招待するくらいなら、レンの服はもう用意してるはずだ」
「ばあやさんが作ってくれるの?」
そんなに何もかもしてもらうのは悪いなって思ったけど。
「ううん。コイツが」
アルの指がピンッと弾いたのは招待状の差出人の名前。
「お父さんが?」
「うん」
「それって……」
魔王がお裁縫?
針と糸を持ってチクチク布を縫うの?
なんだか不思議だなって思ったけど。
よく考えたら王様は魔術が使えるんだから、呪文でパパッと作るんだろう。
「スーツなのかな? それとも『魔王を祝う日』のパーティーには決まった服があるの?」
あれこれ思い浮かべる僕の隣で、アルはふうっと軽くため息をついた。
「服は普通のヤツだと思うけどな」
その時、アルはお茶をすすりながらちょっとだけ嫌な顔をした。
「お父さんの作った服が嫌いなの?」
センスが悪いとかそういうことなら僕もちょっと困るなって思ったけれど、アルはすぐに首を振った。
「レンならきっと大丈夫だ」
「そうなの?」
なんだかピンと来なかったけど。
たぶん、髪や目や肌の色と相性が悪くてアルにはあんまり似合わないってことなんだろう。
「じゃあ、とりあえず服の心配はいらないんだね」
アルのティーカップに紅茶のおかわりを注ぎながら、僕はちょっとだけホッとした。


その後はのんびりおやつを食べながら王様の椅子のことを聞いた。
『魔王を祝う日』はこのシーズンで一番楽しいイベントで、お城の周辺が最も安全な日だってことも教えてもらった。
「だから、レン一人だけでも外に出られるぞ」
好きなところに遊びにいっていいからって言われて。
「ふうん。でも、僕はアルとずっと一緒にいるよ」
その方が楽しいからって笑ったとたんにアルのほっぺがポッと赤くなった。
普段は僕よりもずっとしっかりしてるのに、こういうところは昔とちっとも変わらなくてとってもかわいい。
くすくす笑っていたら、アルはちょっと口を尖らせたけれど、すぐにまた話の続きをしてくれた。
去年は何をしたとか、どんなお客さんが来たとか。
王様の椅子もその日は特別機嫌がいいとか、そういう話だった。
「なんだか不思議なことばっかりだね」
僕だって全部の国のことを知っているわけじゃないけど、こっちの世界には王様のところに歩いてくる椅子なんてない。
どんなふうにやって来るんだろうなんてあれこれ考え始めたら、楽しくて止まらなくなった。
「でも、椅子がいるのはいいことなんだぞ。みんなで王の地位を争って魔力をガンガン使ったら、あっちこっち壊れて大変だろ?」
椅子が王様を選んでくれるから無用な争いは起こらない。
そんなことをしてもムダだからだ。
「そうだね」
昔は王様の椅子制度に反対した悪魔もいたらしいけど、そのたびに一族全部が原因不明の病気になったり、雲ひとつない空から降ってきた落雷で屋敷ごと燃えてしまったりしたので、今は誰もそんなことは考えなくなったのだという。
「もしかして王様の椅子って魔族の中で一番強いんじゃないの?」
絶対そうだよって思ったけど、アルにはふふんと笑われた。
「だったら椅子が王様になればいいのに」と思うのは素人の考えなのだそうだ。
「王様の椅子が持っているのは『正しい王を選ぶ力』と『自分を守る力』だけなんだ」
フェイさんのお師匠様のような最高峰の魔術師を使えるのも『自分を守る力』の一つに過ぎないから、彼らを動かして国を治めることはできないらしい。
「なんかちょっと難しいな」
とにかく、王様には強い魔力とは別に「世界を治める力」がないとダメなのだ。
それだけは僕にもなんとなく分かった。
今聞いたばかりの説明を頭の中で復習しながら、うんうんって一人で頷いていたら。
「とりあえず『イリス』だから」
アルが突然そんなことを言った。
「何が?」
よくよく聞いてみたら椅子の名前らしい。
「まあ、『魔王を祝う日』はイリスが一年で一番忙しい時だから会えないと思うけどな」
魔王が招待客と楽しむ間、椅子が代わりに城下を守る。
だから、みんなとお酒を飲んだりはできないらしい。
とは言っても、実際に働くのは王様の椅子専属魔術師であるフェイさんのお師匠様みたいだけど。
「『イリス』さん、か。大丈夫。もう覚えたよ」
宝石をちりばめたようなキレイな椅子を思い浮かべながら名前を呼ぶ練習をしていたら、アルが「王様の椅子には性別がない」ことも教えてくれた。
「見た目もどっちかわかんない。椅子じゃない時はフェイに似てる」
人間に変身できる椅子。
しかもフェイさんみたいなすごくキレイな人になるなんて。
「すごいなぁ」
目を丸くしていたらアルがちょっと呆れた顔をした。
「ルナだって術を使えば人型になれるんだぞ」
「えー?」
アルの世界は本当に不思議なことばかりだ。
でも、いろんなことを知るたびに向こうの世界との距離が縮まって、それと一緒にアルのことももっと好きになる気がする。
「いつかイリスさんとも会えるといいな。あ、お父さんに会えるのも楽しみ!」
まだ一度も会ったことはないけど、僕のイメージではお父さんは楽しくて素敵な人。
でも、それを聞いたアルは「えー」っていう顔をした。
「毎日イタズラばっかりしてるんだぞ?」
いつもばあやさんに「いくつになっても子供のようだ」って叱られてると聞いてちょっと笑ってしまった。
「なんだか意外。でも、とっても楽しそう」
ばあやさんはアルのお父さんのナニーだったから、今でもいろいろ世話を焼いたりするんだろうけど。
王様を怒れるばあやさんってすごく恰好いいかもしれない。
「早く来週にならないかな」
なんだか待ち遠しくて何度もカレンダーを見ていたら、アルはやっぱり「えー」っていう顔になって。
「あんまり期待すんなよ」
そう言ってから、ふうっと大きな息を吐いた。



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