Halloweenの悪魔
王様の椅子が魔王を祝う日


-2-

待ちに待った金曜日。
迎えにきてくれたアルと一緒に少しドキドキしながら家を出た。
「着いたらまず何をしたらいいのかな?」
でも、そう聞いた時にはもうお城のお客さま用の部屋にいた。
外から真っ直ぐこのふかふかのソファの上に飛ばされたらしい。
いつもそうだけど、何度来ても少しびっくりする。
「まずは王にあいさつだな。呼んでくるからここで待ってろよ」
普段なら客が来たことは簡単な呪文で知らせるけれど、今日に限ってはそれができないのだと言う。
「特別な日だからな」
お城周辺の警備のために呪文が制限されているんだと説明したあと、アルはすっと姿を消した。
「……なんだかすごいな」
アルのお城には普通の家にはないような決まりごとがたくさんある。
おもしろかったり不思議だったり。
いろいろ教えてもらったけれど、それでもまだ分からないことばっかりだから、言われた通りそこに座って待っていた。
ふと顔を上げると真正面には大きな鏡。
フレームにはとても凝った彫刻を施してあって、真ん中にちゃんと僕が映っていたけど。
どういうわけか座っているソファも部屋の様子もそれから僕が着ている服もぜんぜん違っていた。
変だなって思いながら右手を上げたら、ちゃんと右手が動く。
そして、自分で自分を見るとちゃんと家を出たときと同じ服を着ている。
「きっと待っている間にお客さんが退屈しないようにってことなんだろうな」
これもアルのお父さんが考えたんだろう。
こんな仕掛けが作れるのはもちろんすごいって思うけど、それよりも、こんなに楽しいことをたくさん思いつくのがとても素敵だ。
「天井の模様も少しずつ変わるんだ。すごいなぁ……」
万華鏡みたいにクルクルと変わる天井、カラクリ時計、見るたびに違うものになる壁の絵。
それが面白くてパッと後ろを振り返ったりしていたら、いつの間に入ってきたのか、ドアの前に若い男の人が立っていた。
「あ……」
スラリと背が高くて、真っ黒でサラリとした髪と吸い込まれそうな真っ黒い瞳を持ったその人はアルととてもよく似ていた。
「えっと……こんにちは。僕は……」
慌てて立ち上がってペコリとお辞儀をすると、その人はにっこり笑って右手を出した。
「レン君だね。はじめまして」
兄弟がいるなんて話は一度も聞いたことがなかったけれど。
今日はパーティーだから普段は遠くにいる親族も帰ってるのかもしれない。
「はじめまして。あの……アルのお兄さんですか?」
その人はまたにっこり笑ったけれど。
「ようこそ。今日は魔術師が張り切ってガードしているから、庭でも門の外でも好きな場所を歩けるよ」
滅多にないことだから楽しむといいって。
そう言って僕の手をギュッと握ってから、人差し指を口に当てて何か短い言葉を唱えた。
なんの呪文だろうと思って見上げた瞬間、天井がいきなり高くなって、廊下も壁もびっくりするほど大きくなった。
「うわ……っ」
どういう状況なのかがなんとなく分かったのは、目の前にぐちゃぐちゃに積もっているのが自分の着ていた服だと気付いた時。
「僕、すごく小さくなった……?」
つぶやいた時、アルのお兄さんに両手ですくい上げられて。
「『小さく』っていうか」
そんな言葉と同時にニュッと鏡の前に突き出された。
「うさぎにしてみたんだけど。どうかな?」
鏡越しにパチンとウィンクされて。
その瞬間、ショックのあまり僕は気を失ってしまった。



目を覚ましたのはばあやさんの部屋。
うさぎになった僕と僕の服はそのままここに運ばれたらしい。
むくっと起き上がったら、部屋の真ん中でお兄さんがばあやさんに怒られていた。
「まったく……スウィード様ももう良いお年なのですから、お客様にそのような悪戯をされては困ります」
―――あれ? 『スウィード』って名前、どこかで……
半分ねぼけた頭で一生懸命考えた。
思い当たったのは招待状に書かれていた差出人の名前。
っていうことは。
「……お兄さんじゃなくてお父さんだったんだ」
思わずそう呟いたけど。
うさぎになった僕の口は前歯がジャマでとてもしゃべりにくかった。
「目が覚めたかい?」
お兄さんみたいなお父さんはにっこり笑って楽しそうにまた僕の前に鏡を出した。
そこにはやっぱり白くてフワフワのうさぎ。
耳のあたりで毛がくるんとカールしているところがよそゆきの時のルナと似ていた。
自分で飼っているうさぎならとても可愛いと思っただろうけど。
「……これ……鏡に仕掛けがあるわけじゃ……」
しゃべるとその言葉と一緒に口が動く。
「もちろん違うよ。どう、うさぎの気分は?」
「どうって言われても……」
「可愛いね。思った通り、真っ白でとても綺麗だ」
抱き上げられて、頬ずりされて。
可愛いと思ってくれてるのは本当みたいだったけど。
これからうさぎとして過ごすんだと思ったら急に悲しくなった。
「せっかくのパーティーなのに……」
手だってこんなに小さくて、指がちょっとしか分かれてなくて。
これじゃあ自分の洋服のボタンさえ留められないに違いない。
泣きそうな気分になっていたら勢いよくドアが開いてアルが駆け込んできた。
「レンに何したんだ!!」
いつもはドアなんて開けずにスッと入ってくるのに。
ものすごく怒ったせいで呪文を唱えるのも忘れてしまったのかもしれない。
でも、お父さんはそんなアルにもにっこり笑った。
「ちょっとうさぎにね。可愛いだろう?」
そして、とてもすごいことのように「本当に全部真っ白だよ」って付け足した。
「ふざけんな!! さっさと元通りにしろ!」
アルはもうお父さんに掴みかかろうとしてジャンプした後。
でも、すぐにばあやさんの呪文に止められてしまった。
僕の目の前にはにっこり笑ったままのお父さんと。
空中で静止させられてしまったアル。
「毎日元気がいいね、アルデュラは。そんなに心配しなくてもすぐに人間に戻るよ」
お父さんがアルのほっぺをツンとつつくと『ポムッ』とかわいい音がして、呪文の解けたアルはじゅうたんの上に軽やかに着地した。
「そんなに怒らなくても、ちょっとレン君の色を確認しただけだろう? お楽しみはこれからなんだから、ふくれっ面はよしなさい」
そんな言葉も僕には別に引っかかることなんてなかったのに。
アルはまた部屋に飛び込んできたときのようなキッとした目になってお父さんに詰め寄った。
「まだ何か企んでるのかよ?」
「またそんな人聞きの悪いことを。きっと楽しいパーティーになるって保証するよ」
「これ以上レンになんかしたら椅子に言いつけるぞ!」
アルはずっと怒ったまま。
でも、お父さんはやっぱり笑ったまま。
「私はイリスよりメリナが怖いけどね」
アルの話し方もお父さんに対するものとしてはどうかと思ったんだけど。
それよりも。
魔王って。
魔王って。
魔王って。
……こういう感じなの?
黒くて大きくてゴツゴツしてて、声もおなかの底からゴゴゴゴって響く感じを想像してたのに。
目の前にいる魔王さまはスラリと背が高くて。
サラサラの髪で、キレイな瞳で。
なによりもルナの言ったとおり、アルととてもよく似ているすごく魅力的な悪魔なのだ。
「っていうことは……アルも大きくなったら、まっすぐの髪になるのかな?」
ふと疑問に思ったことをうっかり口に出したとたん、みんなに笑われた。
アルが僕のために真剣に怒ってくれてるのに、こんなのんきなことを考えてちゃダメだってあとから自分でも思ったけど。
でも、その質問はお父さんには楽しい話だったみたいで。
「アルデュラの髪は母親似だからね。大人になってもこのままだろう」
そのあともとても嬉しそうにアルのお母さんのことを話してくれた。
この国では一番の美人でみんなの憧れの的だったこととか、まだ王ではなかった頃のお父さんはとても頑張ってお母さんにプロポーズしたのだとか。
そういう素敵な話だ。
もっといろいろ聞きたいなって思ってたのに、それは途中でアルに止められた。
「いいから早くレンを戻せ」
アルは普段からちょっとつり目気味だけど、今はさらに急角度。
怒ってるときに申し訳ないけど、そんなアルもなんだか凛々しくていいなって思った。
「そんなに急がなくてもいいじゃないか。こんなに愛らしいんだから」
「そういう問題じゃないだろ!」
こんなことになるってわかってたから会わせたくなかったんだって。
そう言いながらアルは自分よりずっと大きなお父さんを睨みつけた。
その後ろではばあやさんが「やれやれ」っていう顔で人差し指を立てて。
たぶん、アルがまた飛び掛った時のための呪文の用意なんだろう。
「それにしても、アルがこんなに怒るところ、見たことなかったなぁ……」
ちょっと機嫌が悪くなったことくらいはあったけど、怒鳴ったりするのは初めてだ。
しかも、僕のお父さんに対してはとてもいい子なのに、自分のお父さんにこれってどうなんだろう?
そう思ってチラッと見上げてみたけど、アルのお父さんはとても楽しそうな顔で笑いながら僕の頭をなでた。
「レン君はアルデュラには特別だからね」
これからもいい友達でいてやって欲しいと言われて、もちろんそれには頷いたけど。
そのままお父さんとニコニコ微笑みあっていたら、ばあやさんがコホンと咳払いをした。
「笑っている場合ではありません、スウィード様。ここのところ随分熱心に動物図鑑をごらんになっていると思ったら大切なお客様にこのような―――」
どうやらお父さんは前々から僕を何に変身させようか考えていたらしい。
それが分かるとアルの羽からピッとたくさんのトゲが出た。
黒くてキラキラでとてもキレイだったけど、でも、細くとがっていて痛そうなトゲだ。
これなら壁にだって簡単に刺さるに違いない。
「アルデュラ様、まさかそのような物を飛ばしてお父上を棘だらけにしようなどと―――」
でも、それに答えたのはお父さんのほうだった。
「心配は要らないよ、メリナ。ちゃんと避けるから」
にっこり笑ってそう言ったけど、ばあやさんは笑い返したりはしなかった。
「それでは部屋が棘だらけになります」
「……メリナは私よりも部屋が大事なんだね?」
確かに部屋をトゲだらけにされたくないとは思うけど。
でも、僕は少しだけお父さんに同情した。
「とにかく羽は元通りになさってください、アルデュラ様」
今日のイタズラのことは後でよく言っておくからとアルをなだめながら、お父さんを自分の後ろに追いやった。
「ちゃんと怒れよ? 絶対だぞ?」
「もちろんですとも」
そんな約束をした後、アルもしぶしぶトゲをしまった。



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