Halloweenの悪魔
王様の椅子が魔王を祝う日


-4-

一瞬耳を疑ってしまって、しばらく何の反応もできなかったけど。
「……羽って……僕の?」
やっとそう聞いた僕の声はすっかりかすれていた。
でも、お父さんは相変わらずにっこり笑ったまま。
「もちろんだよ。きっとウサギの毛と同じ純白の―――」
そんな説明を始めたけど。
その時にはもう後ろがなんだかむずむずしていて、
「あの、僕……背中が……あっ……」
叫んだのと同時にふわりと何かが宙に広がるのを感じた。
その瞬間、目の前に立っていたアルの目がまんまるになって、ついでにぽかんと口が開いて。
その視線を追いかけるようにして後ろを振り返ってみると本当に真っ白な羽があった。
背中は痛くもかゆくもなくて、でも、動くたびにふわふわふわとやわらかく空気が揺れて。
「……なんだかいつもより体が軽いみたい」
こんなバランスの悪いものがついているのに、後ろに引っ張られる感じもない。
なんだかとても不思議だった。
「あら、まあ、レン様。これはこれは……」
仕事の手を止めて振り返ったばあやさんは少し驚いたようにそう言って、フェイさんは「実にお美しい」と褒めてくれた。
お父さんも「まるで本物の天使のようだね」と僕の頭に金色の飾りをつけてくれたけど、ついでに頬にキスなんてしたから、「よけいなことをするな」ってアルに怒られていた。
「まったく、アルデュラは……キスぐらいでそんなに怒らなくてもいいのに」
でも、その後のアルはもうお父さんなんてほったらかしで白い羽に興味津々。
「なんかいい匂いがする」
「アルデュラ様、そんなに引っ張ると羽が抜けてしまいますから」
ばあやさんに止められるまでずっとものすごくキラキラした瞳で隅々までなでてみたり、鼻先を押し当てて匂いをかいでみたりしていた。
「アルデュラ、レン君の羽が気に入ったのは分かるが、もう挨拶に行かないと皆が待ち詫びている」
ポケットから懐中時計を取り出したお父さんは、僕らの目の前でそれをプランと一往復させると、大きな手でテキパキとアルの髪をなでつけ、僕のリボンを直した。
「これでOK。今夜は椅子の加護により庭も空も安全だ。二人とも思いきり楽しむといい」
ウィンクをしながら両手で思いきりドアを開けて、
「ついておいで」
肩越しにチラリと振り返ったあと、長い上着を翻しながら部屋を出ていった。
ドアから流れ込んできたのは招待客のざわめき。
その瞬間、僕の心臓は緊張でドクンと大きな音を立てたけど。
「レンはずっと俺と一緒にいるんだからな」
隣にいたアルがギュッと僕の手を握ってくれたから。
「……うん。ありがとう」
二人してにっこり笑い合ってから、手をつないだままお父さんの後を追いかけた。



向かった先は広間ではなく、庭を見下ろす中二階のテラス。
その両脇から伸びた階段は中ほどまでずっとグラスを手にした人で溢れていた。
「ようこそ、皆様」
お父さんが笑顔で階段を降りていく。
でも、アルはピタリと足を止めた。
なぜなら、お父さんが僕らにチラリといたずらっぽい視線を投げたせいで、お客さんがみんなこちらを向いてしまったからだ。
「あらあ」とか、「まあ」とか、「おお」とか。
そんなどよめきで庭の空気が揺れるほど。
しかも、あっという間に僕らの行く手はふさがれてしまった。
「まあ、白い翼なんて」
「アルデュラ様、そちらの方は?」
「どちらからお越しになったのかしら?」
「お名前は?」
「羽を触っても?」
いきなり質問攻めにされて、びっくりして。
でも、すぐにアルが一歩前に出て、僕を自分の後ろに押しやった。
「レンに触るな!」
目の前でアルの黒い翼がバサリと音を立てて広がる。
悪い悪魔と戦ってくれた夜と同じように、アルの顔は真剣そのものだった。
「こらこら、アルデュラ。お客様にその態度は感心しないね」
でも、お父さんは階段の下でニコニコしながらお酒の入ったグラスを受け取っていただけ。助けてくれる気配はなかった。
それを見たアルはまたムッとしたけど、すぐにフェイさんが間に入ってみんなを止めてくれた。
「皆様、くれぐれもお気をつけて。うっかり羽に触れると浄化されてしまうかもしれませんよ」
もちろん冗談だって分かっていたけど。
でも、あまりにも華やかな笑顔でそんなことを言われたせいか、お客さんはみんな手を引っ込めてくれた。
「どうかご不快に思わないでください、レン様。手に入らないものに憧れの気持ちを抱くのは人も魔族も同じなのです」
どんなに難しい呪文を使っても魔族の背中に生えるのはこういう白にはならないらしい。
フェイさんがクスクスと笑いながらそう教えてくれた。
おかげでその後はあちこちから質問が飛んでくることもなかったけど、僕がテラスを歩くとやっぱりたくさんの視線がついてきた。
じっと見るのは失礼だと思っているせいなのか、扇子やベール越しにチラチラっていう程度だったけど、アルはそれさえ気に入らなかったみたいで、
「レン、二人でさっさとどっかに行こう。こんなところにいたら何されるかわかんないぞ」
そう言ってまた僕の手をギュッと握った。
確かに階段の下には僕らを待ち受けるように魔族の人たちがぎゅうぎゅう固まっていて、うっかり降りていったら大変なことになりそうだったけど。
「でも……紹介してもらうまで待ったほうがいいんじゃないかな」
勝手にどこかへ行ってしまったら、せっかく招待してくれたお父さんに申し訳ない。そう言ってみたけど。
「まともに紹介なんてされたら、みんなあいさつのフリして触りに来るだろ」
そんなの絶対ダメだって。
アルがあんまり真剣な顔で言うから、僕もちょっと困ってしまった。
どうしたらいいんだろうって思いながらチラッと隣にいるフェイさんを見上げたら、
「後はお任せください」
そう言ってまたにっこりと笑ってくれた。
「……いいのかな」
許可をもらうにもお父さんの姿はどこにも見えなくて、僕は本当に心配だったんだけど。
アルはもう出て行く気満々で。
「いいぞ。どうせ『子供だからしかたない』って言われるだけだ」
パーティーの席だから逃げても追いかけてくる人はいないし、すっかり終わったらまた戻ってくればいいからって。
そんな言葉と一緒に、アルは庭を見下ろすテラスの手すりに立って片手を差し出した。
「え……もしかして飛んでいくの?」
「そのための羽だろ?」
でも、白い翼はさっき僕の背中に現れたばかり。
まだぜんぜん自分のものだっていう気がしないのに。
「そんなに急に言われても……大丈夫かな」
万が一ちゃんと飛び立てたとしても、突然うまくいかなくなって落ちてしまうかもしれない。そんなことになったら大変だ。
あれこれ考える間も「どうしよう」という気持ちが頭の中をグルグル回っていたけど。
アルはいつもの自信満々な顔で「大丈夫」と胸を張った。
「途中で疲れたら俺がレンを抱えて飛んでやる」
その言葉がやけに頼もしくて。
「……ありがとう。じゃあ、その時はよろしくね」
おそるおそるつかまったアルの手はいつもと変わらずに温かだったけれど。
もう昔のように小さくなくて、しっかりと僕を握りしめた。
目の前に広がっているのは、星を散りばめた夜空にも溶け込むことのない艶やかな黒い翼。
その時、不意にアルの羽はいつの間にこんなに大きくなったんだろうって思った。
「じゃあ、行くぞ?」
まっすぐに目を見てそう言うアルはなんだかとても王子様って感じで。
僕もしっかりと握り返した。
「うん」
返事と同時につないだ手がグイッと引っ張られ、アルが軽やかに手すりを蹴った。
「このまま飛ぶからな」
僕の身体もふわりと浮き上がり、白い翼はちゃんと羽ばたいて背中から金色の光を降らせた。
「わあっ!」
飛び立った瞬間歓声が上がって。
庭を振り返ると、みんな手を伸ばして羽から零れ落ちる金の粉を掴もうとしていた。
でも、それはまるで雪がとけるみたいにキラキラと光りながら小さくなって、一粒も地上に届くことはなかった。


「な、大丈夫だろ?」
手をつないだまま僕を振り返ったアルはまるで自分のことみたいに得意そうな顔をしていた。
「うん。ありがとう」
招待客でごった返すお城の庭はみるみるうちに小さくなったけど、もう「突然落ちるかもしれない」なんて不安はなくなっていた。
「自分の羽で飛んでるなんてなんだかびっくりだな」
開放的な気分で風を切りながらお城の敷地を出ると、ところどころに不思議な色をした家々の明かりが見えて。
泳ぐようにクルンと体を上に向けると、空にもたくさんの星がきらめいていた。
「気持ちいいね」
「レンが楽しいならよかった」
広い広い世界に、顔一杯に笑うアルと二人きり。
少しひんやりした夜の風の中。
つないだ手だけはいつまでも温かだった。



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