Halloweenの悪魔
王様の椅子が魔王を祝う日


-5-

その後はお城を離れて町の上空に出て、時間を忘れるほどたくさんあちこちを飛びまわった。
そのうちにお腹が空いたことに気づいて、二人でお城の近くまで戻ってきたけど。
「アル、向こうから何か来る」
指を差した先に小さな銀色の光。その後についてくるのは燭台や食器やフォークやナプキン。ちゃんと一列になって空を飛んでいた。
「夕飯の配達だ。ご苦労、ルナ」
アルの言うとおり先頭の銀色はルナで、僕らの前まで来るといつものように恭しくお辞儀をした。
「じゃあ、あっちで食べるか」
食器やフォークには呪文がかかっていて、ディナーの場所となるお城の塔のてっぺんに到着するとひとりでに全部セッティングされた。
「すごいな。帰ったら父さんに話してあげなくちゃ」
テーブルには乗り切らないほどの料理が並び、ふたを開けるとほかほかと湯気が立った。
何時間も遊びまわった僕のお腹はもうペコペコで。
「おいしそうだね。いただきます」
僕らがフォークとナイフを手にしたのを見届けると、ルナは「それでは」と言ってお城に戻ろうとしたけれど。
「おまえ、まだ夕飯食べてないだろ?」
すぐにアルに引き止められ、一緒にテーブルについた。
「ふうん、いつもは門番さんたちと一緒に『竜の実』っていうのを食べてるんだ? ルナは門番さんと仲がいいんだね。僕もいつか会えるかな?」
そう尋ねたら、さすがに今夜は忙しいからムリだけど今度僕が遊びに来る時までに休みの日を聞いておいてくれることになった。
「ありがとう、ルナ。それにしてもいい眺めだね」
もともとお城で一番高い塔だけれど、今夜はさらに特別で。
「魔王さまのサービスでいつもより月の近くになっています」
広い庭が小さく見えるほど高く伸びた塔からの眺めは最高で、本当にお月様に手が届きそうで。
下を向いて町を見れば、ずっと先まで家や街路灯の明かりがキラキラ輝いて、それもとてもキレイだった。
「すごいな。全部アルの国なんだ? もっと向こうも? こっちの先も?」
「うん。あっちも、その向こうも」
お父さんが王様をしている国はとてもとても大きくて、暖かい明かりが灯るたくさんの家がある。
「広いね」
「そうだな」
アルはまだモグモグしていたけど。
でも、いつもよりちょっと真剣な顔でそれを見下ろしていた。



デザートを食べた後、三人でゆっくりお茶を飲んでいたら、突然ドーンという大きな音がした。
「門が閉じたんだ。もう戻っても大丈夫だぞ」
遊びと食事に夢中になって気がつかなかったけれど、塔の時計はあれから何時間も経っていて。
「すごい夜更かししちゃったね」
「今日は特別だからな」
ちょっとびっくりしながらもルナを先頭にしてお城の庭に戻ると、アルが言ってた通り招待客はみんな帰った後で、ニーマさんたちが忙しそうに呪文を唱えながら後片付けをしていた。
そして、庭の隅ではなぜかアルのお父さんがばあやさんに怒られていた。
「何かあったのかな?」
もしかしたら、僕が勝手にいなくなってしまったせいなんじゃないかって心配になったけど。
「怒られて当然だ」
隣に立っていたアルは「ふん」って顔でそんな答えを返した。
大丈夫かなって思いながら聞き耳を立てると、
「とにかく、これからはお控えくださいませ」
ばあやさんの声がちらっと聞こえて。
アルのお父さんは大真面目な様子で「わかりました」と頷いてから、ばあやさんにクルリと背を向け、そのあとはちっとも悪いことなんてしてないみたいな顔でこちらに歩いてきた。
「やあ、レン君。おかげでパーティーはとても盛り上がったよ」
どうして僕のおかげなのか分からなくて首を傾げてしまったけれど、でもみんなが楽しかったならそれでいい。
「みなさんにご挨拶できなくてすみませんでした」
そう言って謝るとお父さんはニコニコしながら僕の頭をふんわりなでた。
「挨拶なんてそのうちいくらでもできるからね。それよりも次回はもっと楽しい衣装を用意して――」
そう言いかけた瞬間、後ろでばあやさんがピッと人差し指を立てた。
お父さんはばあやさんに背中を向けていたはずなのに、ちゃんとそれが分かったみたいだった。
「まあ、そんなに怒るなよ、メリナ。……それで、レン君。空はどうだった?」
「とても気持ちよかったです」
僕がそう答えるのを見届けてから、ばあやさんは「やれやれ」という顔で後片付けの指示に戻っていったけれど。
ばあやさんの人差し指の意図は分からなかったけど、でも、そんな遣り取りもなんだかとても楽しそうでいいなって思った。
でも。
「そう、よかった。飛びたくなったらいつでもまた羽を―――」
そこまで言った時、すぐうしろで咳払いが聞こえて。
振り返ると執事さんがそっと庭の真ん中あたりに視線を送った。
そこにはニーマさんに何かを言いつけているばあやさんの姿があって、だから、それはたぶん『余計なことを言うとまたメリナさんに怒られますよ』という合図なんだろう。
アルのお父さんはちょっと苦笑いしたけれど、やっぱりちっとも反省してない顔でまた僕の髪をなでて、
「王様を叱ってくれる者がいるのは良い国である証拠だと思わない?」
本当にどうってことないみたいにそう言うと、いつものようににっこりと笑った。


その後、アルのお父さんは「今夜の労いに行かないと」と言い残して『椅子の仕事部屋』に行ってしまった。
やっぱり僕はまだイリスさんには会えないみたいだったけど。
それよりも。
「どうしよう、アル……」
困ったことに背中の羽はちっとも消える気配がなくて。
アルに頼めばお父さんを呼んできてくれるんじゃないかって期待したのに。
「椅子の労いも魔王の大事な仕事だからな。呼んでも明日の昼までは部屋から出てこないぞ。俺に言われてもどうもできない」
アルは簡単にそんな返事をしただけで、あとはずっと僕の背中の羽を触っていた。
「でも、こんなカッコで家に帰ったら、びっくりされちゃうよ」
父さんはきっと「すごいな」って笑うだろうけど。
羽をつけたまま学校へ行ったら大変なことになる。
「本当です。まったく、魔王ともあろうお方が。少しはご自分の立場を弁えていただかないと―――」
いつの間に戻ってきたのか、僕のすぐ後ろに立っていたばあやさんはもうお小言を並べる気満々だったけど。
でも、ちゃんと明日お父さんに言って羽を消してもらって、前に遊びにきた時のように家を出てから一時間後に家に帰れるように調整すると約束してくれた。
「じゃあ、レン、一緒にフロ入ろ」
そんなわけで、結局そのままアルの家に泊まることになったのだった。


お風呂のあと、アルと二人でホカホカになりながら「おやすみなさいのお茶」を飲んだ。
その間、ばあやさんは何度かため息をつきながら僕にお詫びを言った。
「レン様、どうかスウィード様を許して差し上げてください。あれでも気を遣ったおつもりなのです」
ばあやさんの話によれば、アルのお父さんは忙しい合間を縫ってずいぶん前からいろいろ考えてくれたらしい。
空を飛べたらきっと楽しいし、他のお客さんも喜んでくれるだろう。
だから、僕をうさぎにして毛色を確かめて、それと同じ色になるはずの羽に似合う服を選んで。
「そのお召し物も、羽が白だったらこのデザイン、水色だったらこれ、と何通りもご用意されていて。いえ、まさか本当に動物に変えてしまうなどとは……」
とにかく、招待状を出す何日も前からあれこれ準備していたのだと聞いてすごくびっくりした。
「でも、どうしてそんなに?」
服なんてちょっとくらい似あわなくてもぜんぜん平気なのに。
「レン様はアルデュラ様の大切なご友人です。お招きするからには皆様全員に歓迎してもらえるようにと」
この先もずっと僕が楽しく遊びに来られるように。
そして、ここが楽しければアルとずっと友達でいたいって思ってもらえるだろうからって。
「そうだったんですか」
このお城はお父さんの工夫がぎっしりで、だから、いつ来てもこんなに楽しいんだってずっと思っていたけど。
一番の理由はみんながこうして僕を歓迎してくれるからなんだってやっと気付いた。
「僕、お礼言うの忘れちゃったな……」
「明日、ご帰宅の前に言って差し上げてください」
ばあやさんの顔を見上げてしっかりと頷いて。
それから「温まった体が冷えないうちに」と言われて、アルとベッドにもぐりこんだ。
「ね、アル。アルのお父さん、ステキだよね」
僕が最初に想像した通り面白くて優しい人で。
何よりもアルのことを深く愛している。
「ちょっと変だけどな」
アルはそんな返事をしていたけど。
でも、その後とても嬉しそうにニッコリ笑った。



翌日の昼、『椅子の仕事部屋』から戻ったお父さんは快く『家を出てから一時間後の呪文』を使ってくれた。
「お招きありがとうございました。とても楽しかったです」
帰り際、お父さんにそう言ったら、笑っていた目がいたずらっ子みたいにキラッと光った。
「じゃあ、来年のために今から素敵な衣装を考えておくよ」
言った瞬間、アルがガブッとお父さんの腕にかみついていたけど。
それでも別にどうってことないみたいな顔で後ろからアルの襟を引っ張って腕から離すと、「また遊びにおいで」と言って僕を見送ってくれた。



家に戻ってすぐ父さんに思い出せる限りの話をした。
うさぎにされたこと、不思議でキレイなお客さんがたくさん来ていたこと、真っ白な羽で空を飛んだこと。
それからアルのお父さんのこと。
「お兄さんみたいなお父さんだったよ」
まっすぐなサラサラの髪で、でも、アルにとてもよく似ていて。
それから、いたずらっ子みたいだったってことも話したら、
「それは会ってみたいな」
父さんもちょっといたずらっ子みたいな顔でニコッと笑った。
「来年もまた呼んでもらえるといいな」
お城の行事はちょっと不思議で楽しくて。
それから。
もしも、もう一度背中に羽を出すことができるなら、その時はまたアルと一緒に手をつないで空を飛べたらいいなって思った。

                                               〜 fin 〜

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