Halloweenの悪魔

-お城で迷子-




-1-

「もうちょっとがんばらないと言われたところまで終わらない」
アルがそう言うので今日は二人で勉強することにした。
今月の終わりに魔術の試験を受けることになっているのだという。
「僕、遊びに来ないほうがよかったかな」
はじめは帰ろうかなと思ったんだけど。
「そんなことない。絶対にない」
アルが真面目な顔でブンブンと首を振るから、僕も同じ部屋で本を読むことにしたのだ。
勉強部屋にある本は人間が読んでも面白くないとばあやさんが言うので、最初に娯楽室で子供向けの『世界のしくみ』という挿絵のたくさんついている本を借りた。
この場合の『世界』はもちろん魔界のことだ。
「面白そうだね」
勝手に動く絵がついた本はペラペラめくっただけでドキドキしてしまうほど。本当に楽しげで、ついつい手を出して触りたくなってしまう。
学校の本もこういうのならよかったのに。
「レン、本は重いから俺が持つ」
これくらいなら大丈夫だよって返したけど、本当の理由はそういうことじゃなかった。
「魔術が使えない者は術のかかった本を持つことができないのですよ」
僕の後ろにいたアスコットタイをしたミミズクがそう教えてくれた。
ミミズクは図書室の管理人で、彼の許可がない本はここから持ち出すことはできない。
うっかり本を持っていこうとしても、ドアは開かないし、万が一開いたとしてもそこを通ることはできないのだ。
しかも、意図的に無断で持ち出そうとした者は図書室の本にされてしまうらしい。
「ふうん。いろんな決まりがあるんだね。でも、自分で読む本くらいは自分で持てるようになりたいな」
僕でも勉強すれば魔術が使えるようになりますか、と聞いてみたら、管理人ミミズクは「もちろん」と答えた。
「じゃあ、少しずつ勉強してみようかな。アル、試験が終わったら簡単なのを僕に教えてくれる?」
「うん、いいぞ」
ミミズク管理人のすすめで、まずは『本と仲良くなる魔術』を教えてもらうことにした。
「そんなの、レンならちっとも難しくない」
アルもそう言ってくれた。
ミミズク管理人は羽ペンで書類を書きながら僕らの相手をしてくれていたけど、不意に何か思い立ったようにアルの顔を見た。
「アルデュラ様もそろそろお一人で修行に出られてはいかがですか?」
西の谷から吹いてきた風の噂によると、年読みの儀式の際に『今年は闇の森が開く』と予言したのだそうだ。
アルは「ふーん」と頷いていたけど、僕にはなんのことなのかさっぱり分からなかった。
「年読みというのは一年の吉凶を占う行事で、闇の森は修行者が魔術や身体を鍛える場所です。ただし、魔界は土地によって一年の期間や始まる日が違いますので、その場所専用のカレンダーを取り寄せる必要があります。算出したい場合は西の谷の空気の温度と雨の回数と―――」
ミミズク管理人はたくさんの説明をしてくれたけど、僕にはやっぱりちんぷんかんぷんで、最後まで聞いても「西の谷の今年」がいつからいつまでなのかさえ分からなかった。
「えっと……とにかく、闇の森で修行するとものすごい力が身につくんだね」
でも、修行は百万匹の妖魔を倒すというとても過酷なもので、一度足を踏み入れると短くて何十年、長いと何百年も出てこられないこともあるらしい。
戻ってこられないまま森を彷徨っている修行者や無事帰ってきても病気やケガのせいで寝たきりになってしまった者もいると聞いて、僕はすっかり怖くなってしまった。
「魔物がどんなのか見たかったら、メリナに頼めばクリスタルに映してくれる」
アルがそう言うんだけど。
「……ううん、いいや」
『眠れなくなると困るから』っていう理由は、やっぱりちょっと恥ずかしいので言わないでおいた。
それよりも。
「アルも『闇の森』に行ってみたい?」
心配になってアルの顔を覗き込んだけど、アルは「うーん」という表情で首をかしげただけ。
「みんなは『絶対行ったほうがいい』って言うけどな」
返事もそんな感じだった。
親戚をはじめ、国お抱えの魔術師や家庭教師たちもみんなが口を揃えて「お父さんが元気なうちに行くべきだ」と勧めるみたいだから、実はちょっと迷っているのかもしれない。
「でも、行かないよね?」
「行ったらレンとあそべなくなるからな」
そんな理由でいいのかどうか僕にはわからなかったけど。
でも、アルが大変な思いをしたり、ケガや病気になったりするくらいなら、そんなところ行かなくていい。
アルはいい子だし、努力家だし。
そんな修行なんてしなくたって、きっとお父さんに負けない悪魔になれるはず。
「約束だよ? 絶対ね?」
そう言ったら、アルはいつものように顔一杯に笑って「うん」と元気よく頷いた。
ミミズク管理人が「やれやれ」という顔で肩をすくめていたけど、それは見なかったことにした。


図書室を出ようとしたら電話が鳴って、アルは魔王の部屋に呼ばれてしまった。
「15分で終わるって言ってたから、勉強部屋で待ち合わせな」
「うん。わかった。お父さんによろしくね」
もうお城の中ならどこでも一人でも好きな場所を歩かせてもらえるようになった僕は、深く考えることもなくそう答えてアルの背中を見送った。

でも。
その後が大変だったのだ。


「えっと、アルの勉強部屋はあっちだったよな」
歩いていってもそう遠くないはずだけど。
せっかく前に教わったんだから、行きたい部屋に直接飛んでみようと思った。
「アルの勉強部屋に行きたい」
そう唱えながら、部屋の様子を思い浮かべた……はずだった。
でも。
「あれ? 勉強部屋って『外から帰ってくるときの部屋』とはどこが違うんだっけ……?」
一瞬、どっちがどっちだったか分からなくなって、「まずい!」と思った時にはもう視界が揺れ始めていた。
「どうしよう……うわあああ……っ!」
突然目の前が急速度でグルグル回転したあと、僕はどっちが上かも分からないような真っ暗な場所にポーンと放り出されてしまったのだった。


「痛……っ」
恐る恐る身体を起こした。
どこかにぶつかったようなゴンッという音がしたせいで、思わず呟いてしまったけれど。
「あれ?……痛くないや」
どうやらどこもケガしていないことにホッとした。
それから、ゆっくりと辺りを見回してみたけれど、どんなに目が慣れてもやっぱりそこはただ真っ暗なだけで何一つ見えない。
「どうしよう……」
歩き出そうとしても足がすくんでうまく動けない。
ずいぶん迷った後で、仕方なく床に手をついて、這うようにして少しずつ前に移動してみることにした。
「どれくらい進んだかなぁ……」
結構長い距離を動いたはずなのに、相変わらず手に触れるものもなく、僕の前には温度も硬さも感じない床と真っ暗な闇が続いているだけ。
もう本当にどうしたらいいのか分からなくて。
そのうちに怖くて怖くてどうしようもなくなって。
「……アル……」
今にも大声で泣きそうになったその時、手探りしていた指先に触れたものがあった。
「なんだろう……ドアのノブみたいだけど……」
手でその形を辿ってみたら、四角い形ではないものの、蝶つがいとノブがついていて、どうやら小さな扉らしいってことがわかった。
「部屋のドアにしては小さすぎるし……食器棚とかそういうのかな?」
それでも、もしかしたらここを開ければ元の場所に戻れるかもしれないというわずかな希望を託して、思いっきりそれを引いてみたけれど。
「……あ?」
前に映画で見たことがあった。
主人公がパラシュートを背負って飛行機から飛び降りようとして、ドアをあけるとゴーッて強い風に押し出されてしまうのだ。
もちろんここは空の上なんかじゃない。
なのに。
「うわあああっ!!」
空気は容赦なく外に向かって流れ出して、今にも僕の体を押し出そうとしていた。
「助けてっ! 誰かっ!!」
両手で必死にドアの取っ手を掴みながら、上から滝のように押し寄せてくる風に耐えた。
落ちたらどうなるんだろう。外はどんな場所なんだろう。
そう思ってチラリと下を向いた瞬間、見なければ良かったと後悔した。
「うあああ……っ!!」
そこにはぱっくりと大きな口を開けている黒い塊がうようよしていて、ギョロリと光る目がこちらに向けられていた。
風が吹いているからこっちに近寄ってこられないだけで、止んだらすぐにでも一飲みにされてしまいそうな感じがパンパンに満ちていた。
「助けて……っ!!」
取っ手にしがみついていた手に力を込めたけど、指はもうちぎれてしまいそうなほど痛くて、どんなにがんばっても次第に力をなくしていく。
「お願い、誰か……っ」

もう、ダメだ―――

そう思った時、不意に軽やかなベルの音が聞こえた。



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