Halloweenの悪魔

-お城で迷子-




-2-

……これ、どこかで聞いたことが―――
なんだったっけ、と思う間もなく、目の前に現れたのは金色の大きなドラゴン。
びっくりするあまり思わず手を離してしまったけれど、それと同時に大きな口が僕の腕をバクッとくわえた。
「……うわっ!」
僕はきっとこのまま食べられてしまうんだ。

お父さん、帰れなくてごめんなさい。アル、ばあやさん、みんな―――

……って思ったけど。
ギュッと瞑っていた目を開けたら、僕はドラゴンの背中に乗せられていた。
その首には金色のベル。
そういえばルナがこんな感じで銀色のをつけてたっけ……
でも、すぐにそんなことを考えている場合じゃないことに気付いた。
風がだんだん弱くなってきて、ドアの向こうから真っ黒くて不気味な塊が襲ってきたからだ。
「こっちに来る! 逃げて、ね、逃げようよ!」
ドラゴンの首に掴まったまま、大きな声で叫んでみたけど。
冷ややかな金色の目はチラリと僕を見ただけ。走り出そうなんてこれっぽっちも思っていないのは明らかだった。
「もしかして、僕の言葉はわからない?」
走って逃げたかった。
でも、足に力が入らない。
もうダメだ。
再びそう思った時、金色のドラゴンはクイッと真っ黒なモヤモヤの方に向き直ってパックリと大きな口を開けた。
「な……何するの?……う……うわあああっ!」
自分に向けられたわけじゃないのに。
でも、僕はものすごく驚いてしまった。
ドラゴンの口から出たのは彼の体の何倍もあるような大きな炎。
オレンジや赤や黄色がゴーッという凄まじい音と共に渦を巻いたかと思うと、次の瞬間にはもう全てが跡形もなく消えていた。
「……すご……」
静まり返った扉の向こうを見ながら呆然としている僕の方を振り返ることもなく、ドラゴンは静かに口を閉じた。
そして、黒いものが一つもなくなった空間に背を向けると、何事もなかったかのようにしっぽで小さな扉をパタンと閉じた。
「あ、あ……あの……っ」
聞きたいことがたくさんあるのにうまく口が回らなくて。
それどころかそれ以上少しでもしゃべったら泣きそうで。
ただ口をパクパクしていたら、またパクッと咥えられて、すごくそうっと床に降ろされた。

―――お礼を言わなくちゃ……

そう思ったけれど声は出なくて。
まずは気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしていたら、壁の方でポッと小さな火が灯った。
「……あ……」
ぼんやりとしていた人影はすぐにはっきりとした輪郭になって、やがて闇の中で銀色の髪がさらりと揺れた。
「レン様、こんなところでどうなさいましたか?」
声と同時に僕を見下ろしたのは優しい笑顔。
「……フェイ……さ……ん」
その姿をすっかり確認した途端、僕はわんわん泣き出してしまった。
「そのご様子だと迷子になられたんですね」
ただコクコクと頷く僕の髪をふわりと撫でて。
それからドラゴンに向き直ると金色で星型の木の実のようなものを渡した。
「ご苦労様、フレア。もう行っていいよ」
ドラゴンはチラリと僕を見たけれど、そのまま何も言わずに消えてしまった。
「もう大丈夫ですよ。フレアが扉を閉じてくれたようですから危険はありません」
フェイさんはそんな説明をしながら僕を抱き上げた。
そして、歩きながら僕が今までどんな状態だったのかを説明してくれた。
「じゃあ、ここは『城の隙間』で、普通は入れない場所ってこと?」
「そうです。レン様は何かの拍子に迷い込んでしまったのでしょう」
さっきの金色のドラゴンは城の警備が仕事なので、不審者――つまり僕のことだけど――が紛れ込んだことを察知して現れたのだという。
「そうなんですか。……でも、助けてもらえてよかった」
怪しい人なんて普通ならポイッと捨てられておしまいだ。
もうちょっと運が悪かったら、今頃はパックリ口を開けていた黒い何かのお腹の中だっただろう。
ほうっと息をついたら、フェイさんが穏やかな笑みを向けた。
「それはご心配なさらなくても大丈夫です。レン様のことは王から従者全員に連絡が行っておりますし、それに―――」
フェイさんの話によると、その指示が出たときにはもう全員が僕のことを知っていたらしい。
「アルデュラ様からレン様のご自慢話を聞かなかった者はおりませんので」
にっこり笑ってそう言われたら、なんだか少しくすぐったくなった。
それと一緒に怖い気持ちも薄くなった。
「それにしても、外界への出入り口は魔王以外の者が開けることはできないはずなのですが……。後ほどしっかりと点検をしておかないといけませんね。レン様のような愛らしいお客様はお腹を空かせていない妖魔にも大歓迎されてしまうでしょうから」
せっかく落ち着きかけていたのに、その言葉でまた黒いモヤモヤやニョロニョロのことを思い出してしまって。
そしたら、急に背筋が凍るような気分に襲われた。
「……これからは普通に廊下を歩いて移動します」
こんな怖いことがあるなら、もう部屋から部屋へ一瞬で飛んだりしなくていい。
ぐずぐずと鼻をすすりながらそう思った。


フェイさんに抱き上げられたまま少し歩いて、その間にも何度も涙を拭いた。
いつ普通の廊下に戻ったのかもわからなかったけれど、気がついたらばあやさんの部屋にいた。
「迷子になられたようですので、お連れいたしました」
フェイさんが声をかけると、なぜかニーマさんや他の召使の女の子から「きゃっ」という声が上がった。
でも、ばあやさんだけは厳しい顔をしていて、
「フェイシェン殿、お客様を怖がらせるようなことを言ってはなりませんよ」
なんだか全てお見通しっていう顔で、フェイさんに人差し指を突きつけた。
「貴方もいつかは導く立場におなりでしょう。その時にあのようなご説明をされては育つ芽も刈り取ってしまいますよ」
ばあやさんにしては厳しい口調だったと思うけど。
怒られているはずのフェイさんはやっぱりにっこり笑って答えた。
「泣いているお顔があまりに愛らしかったので、つい」
普段ならそのようなことはありませんから、と涼しい顔で答えながら、僕をソファの上に降ろした。
「まったく……貴方はとても優秀な魔術師ですが、その性格だけは何とかしていただかないと。イリス様だってまた家出を……」
ばあやさんのお小言はまだ続いていたけれど、
「それではそろそろ仕事に戻りますので」
フェイさんはばあやさんに向かって深々とお辞儀をした後、僕の頬をひと撫でして、
「もう乾きましたね」
そう言うと足元からスッと消えてしまった。



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