Halloweenの悪魔

-お城で迷子-




-4-

気持ちがすっかり落ち着いた頃、お茶会も終わりになった。
でも、そのあとは僕だけがばあやさんの部屋に残されることになった。
「俺も出てかなきゃダメなのかよ」
アルは「魔王の息子なんだぞ」なんて、いつもはあんまり言わないようなことまで持ち出してダダを捏ねたけど、
「アルデュラ様はもうお勉強のお時間ですよ」
ばあやさんの懐中時計に髪を引っ張られながら、しぶしぶ勉強部屋に戻っていった。


アルを見送ってから、ばあやさんは部屋に誰も入ってこないようにと呪文付きの鍵をかけた。
そして、言葉の分かる鏡や燭台には耳と目を閉じるように言いつけた。
「それでは、レン様。これからさせていただくのは、特別なお客様にしか許されていない、とても大切な話です」
どんなすごいことなんだろうと思ったけれど。
「まずは魔界の建築物についてのご説明をいたします」
出だしはなんだか学校の授業みたいだった。
「それでは、こちらをごらんください」
ばあやさんの話では、大切な建物には『隙間』を作るのがこちらの習慣で、お城にもいくつかそれが存在するのだという。
そんな説明と一緒に見せてもらったのは鳥かご。
「これはドラゴンの子がお城に献上された時に入れられていたものですが、このようなものにも隙間は存在します」
こんな小さなものでも――と言っても、普通の鳥かごの何倍も大きいんだけど――ドラゴンの仮の家として、しきたりどおりに作られたのだという話の途中、ばあやさんが何かの呪文を唱えると籠の中の上の部分にぽっかりと二つの穴が空いた。
「これが『隙間』です」
「うわぁ……なんだか不思議な感じ」
覗き込むと、右側の穴には小さな木の実の殻が、そして、左側にはキラキラしたうろこのようなものが見えた。
「これは貯蔵庫に使われていたのでしょう。このように隙間にはいろいろなものがあり、それぞれ役目が異なります」
そんな前置きの後、僕が迷い込んだ場所について説明があった。
「あの扉の周辺は魔王専用の隙間なのです」
本来なら予め許された者しか開くことはできないのだけれど、僕がアルからもらった家紋入りのペンダントをしていたせいで隙間が間違えて入れてしまったのだろう、というのがばあやさんの見解だった。
「扉の向こうは魔王の遊技場で、お休みの日に時々お出かけになります」
そこは術を磨くための修行場で、主に魔物ハンティングなどをする所らしい。
「スウィード様のご趣味のひとつが魔物の邪気を減らしたり、手懐けたりする薬品の開発なのです。お時間のある時にあちらで必要なものをまとめて捕獲し、研究室にお持ち帰りになります」
そう言われて、黒いモヤモヤやにょろにょろを虫取り網で捕まえるところを思い描いてみたけど、僕のイメージではちっとも楽しくなさそうだった。
「……魔王っていろんなことをするんですね」
「国のためになることでしたら、ありとあらゆることをお試しになります」
アルが好奇心旺盛で勉強熱心なのはきっとお父さん譲りなんだろう。
それだけはすごく納得した。
「それでは、次に一番大事な隙間についてお話をいたします」
ドラゴンの籠をクルリと回すと、貯蔵庫になっていた隙間は消えて、代わりに小さな扉が現れた。
「これは非常用の隙間で、魔王の遊技場と同じく、外部に繋がっています」
原則的に建物の中にはどんな隙間を作っても構わないのだが、必ずと言っていいほどどこのお城にも存在するのが避難のための隙間なのだという。
つまり、いざという時のために作られた抜け道だ。
従者や城を訪れているお客さんたちが安全な場所まで一気に飛べるような仕掛けがしてあるらしい。
「じゃあ、お城で何かあってもみんな無事に逃げられるんですね」
避難訓練なんかもするのかな、なんて僕は暢気なことも考えていたけれど。
「はい。ですが、万が一の時はアルデュラ様を待たずにお逃げください」
その言葉でハッと我に返った。
「どうして……ですか?」
聞き返しながら、『アルは魔王の大切な一人息子だから特別安全な方法で脱出するんだ』っていうような答えを期待していた。
でも。
「城の主であるスウィード様と、いずれは主となられるアルデュラ様は避難通路から外に出ることはできないのです」
不測の事態が発生した場合、主は最後までそれに対処する義務がある。
たとえ城が落ちることになっても、その最後の瞬間まで責任を果たさなければならないのだと言われて目の前が真っ暗になった。
「でも……それじゃ……アルは……」

頑張ってなんとかなる時はいいけど。
そうじゃなかったら……?

ズキン、と胸が鳴る。
だってアルはまだ小さいのに。
みんなと一緒に逃げることもできないなんて。
「それが城を継ぐ者の役目。アルデュラ様も重々承知されているはずです」
そのために毎日勉強しているのですからってあっさり言われて、僕はなんて答えたらいいのかわからなかった。
アルはいつだって「がんばって強くなる」と言い続けていた。
今よりももっと小さな頃からずっと。
「そんなお顔をなさらなくても大丈夫ですよ。そのようなことが起きないようお父君がいらっしゃるのですから」
「でも―――」
お父さんはよく外出をしていて何日も帰らない時だってある。
それなのに、そんな簡単な言葉で片付けてしまうのか……って。
反感に似た気持ちで見上げたけれど。
「お気持ちはよく分かります。けれど、たとえ退路をご用意したとしても、アルデュラ様は逃げ出したりなさらないでしょう」
その時、ばあやさんはとても悲しそうな顔をしていて。
だから、自分が投げかけようとしていた問いがとても酷いものだってことにやっと気付いた。
「……ごめんなさい。僕……」
当たり前だ。
アルに何かあった時、ばあやさんやお城のみんなが悲しまないはずはない。
なのに、僕は心の中でアルにいろんなものを背負わせることを認めているばあやさんを責めてしまっていた。
ばあやさんだってそんなことくらい分かっていただろう。
なのに、
「レン様」
少し屈んで僕の顔を覗きこみながら、いつもと同じように優しく笑った。
「何があってもわたくしより先にアルデュラ様を死なせるようなことはしないと約束いたします」
だから、どうか末永くアルの支えになってほしい、と。
そう言われて涙がこぼれた。
何をしたらこの期待に応えられるのか見当もつかなかったけれど。
「僕に……できることがあれば」
そう答えながら。
でも、一つだけ思ったことがあった。
アルのためだったらきっと頑張れる。
いつも僕にそうしてくれたように、僕だってきっと何か一つくらいはできるはず。
「……じゃあ、僕も勉強しにいきます」
少しずつでいい。
こっちのことも一生懸命勉強して、ちゃんと覚えて。
いつか少しでも役に立てるように。
ずっとアルと一緒にいられるように―――


「では、お勉強部屋までお送りいたしましょう」
「すみません」
ずずっと鼻をすすり上げて、涙を拭く。
「いいのですよ。すぐそこですから」
ばあやさんは僕の頬がすっかり乾いたのを確認してからドアを開けた。
「さあ、どうぞ」
そこは廊下のはずなのに。
「話、終わったのか?」
目の前にある大きなテーブルにはアルが待ち侘びた顔で座っていた。
「あ……うん」
ぐるりと見回してみたけど、そこは確かにアルと落ち合う約束をした勉強部屋だった。
僕が迷子にならないよう、ばあやさんが自分の部屋のすぐ隣にもってきてくれたんだろう。
「ここに座れよ」
アルが自分の隣を指し示す。
それを待っていたみたいに、向かい側にあった椅子がアルの指の下に移動してきた。
「いつも思うけど、ホントにすごいよね」
「そうか?」
「うん」
顔を見合わせてちょっとだけ笑って。
その後はアルと二人、時々お互いの本を覗き込んだりしながら勉強をした。
「試験、大丈夫そう?」
「たぶんな」
次はもっと難しいのを教えてもらえるから、僕が迷子にならない方法か、迷子になっても楽しめる方法を見つけられるはず。
そんな話をしながらアルが楽しそうに笑う。
「そしたら、好きなだけ移動に失敗できるからな」
「そうだね。ありがとう、アル」
「別に、そんなのあたりまえのことだ」
お父さんが留守の間はこの城のことは自分がやらなきゃいけないんだから、って。
そう言ってアルはまっすぐに僕を見た。
「……アルはすごいね」
初めの頃、アルの家はちょっと変わっているけれど、いろんな仕掛けがしてあって遊園地みたいだって思ってた。
ばあやさんや他のみんなも優しくて、とても居心地のいい場所で。
けれど、何度も遊びに来るといろんなことが見えてくる。
魔王の息子は王子様だけど、ただみんなに大事にされていればいいわけじゃなくて、本当はとてもいろんなものを背負っているってことも。
僕だったらきっとそんな立場はすぐに苦しくなってしまうだろう。
でも、アルはいつだってちゃんと自分の進む先を見ていて、どんなに大変でも、すごく怖いことがあっても、逃げ出したりはしない。
「……僕も頑張らなくちゃ」
自分より小さいはずのアルがなんだかとても頼もしく見えて、眩しいような悔しいような、ちょっと複雑な気分を味わいながら、長くて短い午後を過ごした。


そのあと僕に元気がなかったのは、迷子になったのが怖かったからじゃなかったけれど、その夜、お城に泊まった僕にアルはとても優しくしてくれた。
夜中にトイレに行くときも、わざわざ起きて一緒に来てくれるほど。
「ごめんね、アル」
「もう怖くないだろ?」
「うん。大丈夫だよ。ありがとう」
でも、それは次の朝になってもずっと続いて、洗面室に行く時もダイニングルームへ向かう時も、移動の間はずっと僕が迷子にならないように手をつないでいてくれた。
「それでは、レン様。お気をつけて」
みんなに見送られて家に帰る時になってもアルはまだとても心配そうで。
周りには聞こえないような小さな声でそうっと「また来るよな?」って尋ねた。
「うん。また来週ね」
そんな返事をしたらやっと。
「じゃあ、金曜日に迎えに行く!」
ぱあっと顔いっぱいに笑ったアルの後ろで、ばあやさんやニーマさんたちが顔を見合わせて微笑んでいた。


                                               〜 fin 〜

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