Halloweenの悪魔
-番人のノート-




-1-

約束の金曜日。
『お迎えに上がりました、レン様』
頭の上にそんな文字を飛び散らせながら僕を迎えに来たのはルナだった。
アルは忙しくてこられなかったのかなと思いながらお城を訪ねてみると。
「……どこかへ行くの?」
ポンッと軽い音とともに現れたアルはなんだか冒険の旅に出かけるような恰好をしていた。
「レンのこと頼みに行ってくる」
「え?」
アルの説明によると、『城の番人』にちゃんとお願いをすれば、うっかり迷い込んだ場所で変な扉を開けてしまっても外に吐き出されたりしなくなるらしい。
「レンはメリナじゃなくて俺の友達だからな」
つまり、『自分の友達なのにメリナさんに任せるわけにいかない』っていう意味なんだろう。
「ありがとう」
きっとあの後いろいろ考えてくれたんだろう。
嬉しいのと同時になんだか申し訳なくなった。

アルの持ち物はカバンが一つと、お母さんが使っていたという剣。
でも、アルにはまだちょっと大きすぎて引き摺っている。
「お母さん、そんなに大きな剣を使ってたんだ?」
女の人なのにすごいなって思ったら、もっとすごい返事があった。
「前の魔王付きの剣士だった」
「うわあ、格好いいな」
貴族のお姫様なのに国で一番腕の立つ剣士で、前の魔王の二十番目のお妃様か、その息子の奥方になるだろうと言われていたらしい。
「でも、アルのお父さんと結婚したんだね」
「そうだ」
「お父さん、優しくてカッコいいものね」
それにとても楽しくて素敵な人だ。
そう言ったら、何故かアルはちょっと不機嫌そうに口を尖らせたけど。
今はそれより大事なことが。
「でも……アル、剣なんて使えるの?」
魔術の練習はたまに見せてもらうけど、剣の稽古をしていたことはない。
大丈夫なのかなって心配になったけれど。
それについてはニーマさんがちょっと自慢げに答えてくれた。
「アルデュラ様は奥様の血を色濃く受け継いでおられますので、剣はお得意でいらっしゃるのですよ」
「へえ、そうなんだ」
アルの剣のお稽古は週末がお休み。だから、僕は見たことがなかったけれど、腕前は相当なものらしい。
「お城の衛兵よりずっと強いんですよ」と言われてもそれがどれくらいなのか見当がつかなかったし、「すごいね」なんてことも言わないでおいた。
だって、剣は戦いの道具。使えば必ず相手を傷つける。
自慢できることだと思えなかったからだ。
「……僕、そういうのはちょっと苦手だな」
正直にそう言ってしまったけれど、アルはそれも分かっていたみたいで、すぐにパッと笑った。
「大丈夫だ。これには術がかかってるから」
必要に迫られれば呪文は解けるけれど、そうでなければ相手を傷つけることさえできないんだって教えてくれた。
「それに、決められたこと以外に使うとみんなに説教されるからな」
お父さんにも執事さんにも、もちろんばあやさんにも。アルは何度も叱られたことがあるらしい。
罰は窓拭き一ヶ月なんだと言って顔をしかめた。
「そういう事情で、これは戦える剣の中では一番弱いものでございますから」
執事さんが説明すると、アルは僕を見たまま「うん」って頷いた。
「一番強くて大事な剣は『王妃の棚』に預けてある」
そう言いながら指し示したのは壁にかかっている鏡。
多分、本物はまだ僕には見ることができないから鏡経由なんだろう。
青いクリスタルのケースの中に収められているのは深い紺色の鞘の、黒い剣。
アルが今持っているものよりもさらに大きくて、剣自体がとても強そうだったけど、僕にはなんだか棺の中で眠っているように見えた。
「アルデュラ様はまだそれをお持ちになることはできませんので」
『本物の剣』を携えるのは分別がついてから、というのがこちらの決まりらしい。
だから、ケースにはとても大きな鍵がついている。
でも、本当に必要な時には勝手に開いてアルの手に収まるように呪文がかけられている。
それも含めて、お母さんの形見なのだという。
大きくなったアルがちゃんとみんなを守れるように。
そして、できることなら誰の命も奪うことなく、穏やかな日々を過ごせるように。
「優しいお母さんだったんだね」
「俺はぜんぜん覚えてないけどな」
アルはあっけらかんとしていたけど。
執事さんやニーマさんたちが涙ぐんでいるのを見て、これ以上その話をするのはやめておこうと思った。
「……とにかく、これから行くのは怖い場所じゃないんだよね?」
相手を傷つける剣は持たずに出かけるくらいだから、心配することなんてない。
自分に言い聞かせながら尋ねると、アルは元気よく頷いた。
「ピクニックみたいなもんだな」
「そっか」
それならよかった……って言いかけたけど。
後ろを振り返ったら、ばあやさんとニーマさんが「ふう」と肩を落していて、アルが言うほど気楽なものでないってことはすぐにわかった。
「……ね、それって、どうしても行かないとダメなのかな?」
僕がこれから迷子にならないように気をつければいいだけのこと。
そう思ったんだけど。
「絶対に行くぞ!」
やっぱりアルは僕の言うことなんて少しも聞いてくれなくて。
それどころかすごく楽しそうに旅支度の続きを始めた。
「だったら、僕も―――」
止めることができないなら一緒に行こうって決めたのに、それもあっさりと却下されてしまった。
「レンはムリだ」
「どうして?」
『危ないから』とか『一人で大丈夫だから』とか。
そういう理由なら、「絶対一緒に行く!」って言い張るつもりだったけど。
「人間は番人の領域に入れない」
そんな返事にパンパンだった僕の意気込みはプシューッとしぼんでしまった。
「……そう」
がっくりしてうつむくと、アルが僕の顔を覗きこんでにこっと笑った。
「すぐに戻るから待ってろ。これを渡してくるだけだから」
取り出したのはクリスタルよりもずっとキラキラした玉。
そこに僕の名前と姿を吹き込み、それを持って『城の番人』の元へ行って、『城が守るべき者の登録』をしてもらうのだという。
「簡単だろ?」
確かにアルが言うとたいしたことじゃなさそうに聞こえるんだけど。
ニーマさんたちはやっぱりため息を吐きながら顔を見合わせた。
せめてお城の番人が優しい人なら……って思って聞いてみたけれど。
「この前イリスのところに来たときはヒゲの長いじいさんだった」
アルの返事はそんなで、いい人かどうかまでは分からない。
「うーん……おじいさんなのか」
少なくともイリスさんとは仲がいいんだろうけど。
無意識のうちにちらっとメリナさんを見てしまったら、目が合った瞬間にっこり笑って、僕の聞きたかった説明をしてくれた。
「『城の番人』は厳密には王の臣下ではございませんが、代々の王が所有する全ての建物の管理人で、大変徳の高いお方です」
城に特別な守護の力を与え、その時の王に仕える者を守るのが仕事で、王様の椅子と同じく何者の支配も受けない存在なのだという。
「圧政や間違った行いが続くと、王は番人に見放されて城が落ちると言われています」
つまり、椅子に認められて王位に即いても、番人に王様失格の烙印を押されると失脚してしまうのだ。
アルのお父さんはいつも優しく笑っていて、ちっとも困った様子なんて見せないけど。
「……やっぱり王様っていろいろ大変なんだなぁ」
すごいよね、って同意を求めたけど、アルはぜんぜん分からないって顔で「悪いことしなきゃいいだけだぞ?」って首をかしげた。
まるで何かの呪文がかかってるみたいに、アルが言うと全部がとても簡単なことに思えてくる。
でも、それはきっとアルがとても努力家で、決めたことをちゃんとやり遂げる性格だって分かっているせい。
だからこそ、これから番人に会いにいくというアルを僕も強く止めないのかもしれないけれど。
「だとしても心配なことに変わりはないよなぁ……」
でも、アルはぜんぜん平気みたいで、鼻歌交じりにおやつを選びはじめた。
「どうしても会いにいかないとダメなんですか?」
ばあやさんや執事さんたちから止めてもらえたらって思ったけれど。
「そうですね。『城が守るべき者』の申請は、通常なら主が専用の帳面に相手の名前を記すだけなのですが……」
つまり、この城の主である王様が申請するなら簡単なのだけれど、それ以外の人が守護のお願いをしたい場合は、番人に面会して承諾を取り付けなければならないらしい。
申請者が危険を冒しても守りたいと思う相手ならば許可。何かあった時に少しでも逃げ腰になるなら却下。
わかりやすい判断方法だってニーマさんは言うけれど。
「そのような事情で、番人が用意した『そこそこの危険』が潜むのは往路だけなのですが、何分アルデュラ様はまだお小さいですので……」
もちろんメリナさんたちはかなり必死に止めたのだけれど、アルはやっぱり全く聞こうとしなかったらしい。
そういう性格だってことは僕もよく分かっているから、メリナさんたちを責めようなんて少しも思わなかったけど。
「陛下はたいした説明も聞かずに『そうか。気をつけて行きなさい』などとおっしゃって……」
さすがにそれには少し驚いてしまった。
でも、逆に考えれば、お父さんが『ぜんぜん大丈夫』って思うんだから、そんなに心配することはないのかもしれないけれど。
「ですが、今は『闇の竜』が現れる少々厄介な時期ですし……」
番人の庭に住む黒い竜はこの間たまごを産んだばかり。
いつもはもっと暗くて深い所で暮らしているけど、生まれてくる子供の食料を調達するために外に出てきているのだという。
「それって、もしかしてアルが……?」
竜のご飯になってしまうのかと心配したけれど、さすがにそういうことじゃなかった。
子供のご飯は僕が前に見た黒いモヤモヤやニョロニョロ。
それを保存できる『種』の状態に変えて溜め込むらしい。
「竜は本来とても気高い種族ですから、たとえ争うような事態になっても自分に対して敵意を持たない者を傷つけるようなことはありません」
要するに、アルが卵のある場所にズカズカと入り込んだりしなければ大丈夫ということだ。
「だったら―――」
安心だね……と言いかけたその時、うしろではひそひそ話す声が。
「問題はアルデュラさまですね」
「ええ、本当に。そういうところまで奥方さまにそっくりで……」
「いや、もう、あのご気性だけはどうしたものか……」
「一度頭に血が上ったら誰にもお止めすることはできませんし……」
それについてのみんなの意見は同じらしくて、なんだか一気に心配がふくらんでしまった。
だって、もともとは全部僕のせい。
あのとき迷子になったりしなければ、こんなことにはならなかったのだ。
「……アルに何かあったらどうしよう」
ずーん、と落ち込んでいたら、ルナが慰めるように僕の肩に乗った。
『ご心配にはおよびません。フレアと二人でアルデュラ様のお供をいたしますので』
「ありがとう、ルナ」
今でもルナをうさぎコウモリだと思っていたら、少しも安心しなかっただろうけど。
スラリとした銀色のドラゴンのルナと口から大きな炎を吐くフレアを思い浮かべたら、やっと苦しい気持ちが少しだけ収まった。
「じゃあ、もしもの時はルナとフレアが戦うの?」
それも大変だなって思いながら小さな声で聞いてみると、答えは少し離れたところにいたアルから返ってきた。
「戦わない。ただのお守りだ」
『銀色と金色のドラゴンを従えて』なんて、まるで物語の勇者みたいだけど。
「……すごくゴージャスなお守りだね」
『勇者の一行』というにはアルたちはなんだかちょっとかわいすぎる。
腰の剣は引き摺ってるし、出かける準備で一番時間をかけたのはおやつを選ぶことだったし。
それに、ルナとフレアだって、何もない時は手乗りサイズのうさぎコウモリだし。
やっぱり心配だなって思った矢先。
「そろそろ時間だ。行ってくる!」
元気一杯にそう言われて、僕までちょっとため息をついてしまった。
『いってらっしゃい』って明るく手を振ったほうがアルだって気持ちよく出かけられるって分かっているのに。
「お願いだから無茶はしないで」
ただ、何度も何度も「気をつけて」と繰り返すことしかできなかった。



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