Halloweenの悪魔
-たまごの寝床-




「ただいま! 怒るなら好きなだけ怒れ。俺はぜんぜん平気だ」
元気よく戻ってきたアルはまっさきにそんなことを言った。
それが約束を破って剣を思いっきり使ってしまったことについてなのか、番人の庭のものを勝手にカバンに入れてしまったことに対してなのかは分からなかったけど。
でも、ばあやさんも執事さんも今回は何も言う気がないみたいで、少しだけため息混じりにアルの口についていたジャムを拭いてあげただけだった。
「じゃあ、もういいな?」
力強く一回うなずくと、アルはいきなり床に座り込んでノートを取り出した。
「ほら、レンの名前だ」
そう言われても、僕には番人の書いた文字は読めないんだけど。
でも、アルの気持ちがすごく嬉しかったから、ギュッと抱きしめてお礼を言った。
「ありがとう、アル」
返事は「たいしたことじゃない」だったけれど。
でも、やっぱりアルは顔いっぱいに笑ってた。

石版はそのあと、「しまいやすいように」という理由で普通のノートに変えられた。
番人の領地を出た後なら、ちゃんと呪文が効くらしい。
表紙にはアルの名前も書いてあった。
やけに大きくて不ぞろいな文字ってことはアルが自分で書いたものなんだろう。
そんなことを考えて思わず笑っていたら、いきなりクイッと服を引っ張られて。
「もらってきた」
今度はものすごい勢いで反対側のカバンから取り出した黒いたまごを手の上に乗せられた。
アルからは何の説明もなかったけど、みんな事情を分かっているので、すぐに僕の手の中を覗き込んだ。
「こうして見ると案外真っ黒なんですねぇ。それにちょっとキラキラしてるみたい」
「最初は灰色だった。でも、帰ってくる間に黒くなった」
「あら、そうなんですか?」
お城にはたくさんのドラゴンがいるけれど、こんなに真っ黒なたまごは初めてだと言いながら、ニーマさんや執事さんが珍しそうに眺めている。
「重くはないですか?」
ニーマさんに聞かれたけど。
「ううん、そんなには……。でも、すごくあったかい」
たまごって冷たいのかと思ってたけど。
黒いたまごは僕の手より温かくて、生きてるって感じがした。
「さあさあ、お話はあとでゆっくり伺うとして、まずはたまごの寝床を作らないと」
風邪を引いてしまいますからって。
ばあやさんがパンパンと手を叩くと、みんながサッと姿勢を正した。

たまごの寝床。
竜の巣と同じように作るのか、そうじゃなかったら、アルのベッドみたいな感じでふかふかのクッションなんだろう。
そうやってあれこれと思い巡らせていたら、アルとばあやさんが。
「俺が卵だった頃のじゃダメなのか?」
「いけません。ちゃんとその子のために用意して差し上げないと」
「ふーん」
そんな話をするから。
まだ黒いたまごに夢中になっているニーマさんたちと違って、僕だけはアルの顔に釘付けになってしまった。
「……アルって卵から生まれたの?」
どうやって生まれたかなんて今まで考えたことはなかったけれど、無意識のうちに自分と同じだと決めつけていたのに。
「当たり前だろ。羽があるんだぞ」
羽のある魔族は基本的にみんな卵から生まれると聞いて改めてびっくりした。
僕の周りでも鳥は卵から生まれるけど。
でも、コウモリはそうじゃなかったと思うし、ほかにもそういう種類がいるかもしれない。
なにより、アルは見た目が僕らとあんまり違わないから、なんだか不思議な感じがした。
「レン様の世界とはいろいろ異なりますので」
ばあやさんの話では、結婚して跡継ぎが必要になったら寝室に寝床を用意すると、そこに宝石のような小さな結晶ができて、それがだんだん大きくなってたまご状になるらしい。
つまり、ニワトリがたまごを生むのともぜんぜん違うのだ。
「……そうなのかぁ……」
なんだかピンと来ないままだったけど。
考え込むより先にアルに手を引っ張られてしまった。
「俺の殻、見せてやるぞ」
まだとってあるって言われて案内されたのは、アルのお父さんの書斎。
扉の真ん中に填め込んである両手で抱えるほどの大きな鍵を外し、同じ形をした穴に差し込むと、勝手にまわってシュルルル……カチッという音がした。
「あれ? 鍵は?」
そこに刺さっていたはずのものは、いつの間にかパッと消えてなくなっていた。
「ドアが開くと鍵は見えなくなるんだ。用が済んで部屋を出るとカギはまたここに戻る」
アルの指が大きな鍵の形に凹んでいるドアの表面をなぞった。
大切な部屋はそれぞれみんな開け方が違うらしい。
どう違うのか気になるし、ちょっと考えただけでとてもわくわくするけれど、全部覚えなければいけないとしたら結構大変かもしれない。
そんなことをあれこれ考えながらぼんやり立っていたら、急にぐぐっと背中を押されて、そのまま部屋の中へ入れられた。
「これだ」
アルが指差した場所。
そこにあるクリスタルのケースの中にとても大切そうに収められていたものはちょうど赤ちゃんが入るくらいのたまごの殻だった。
「うわぁ……キレイだなぁ」
半分くらいまるい形が残ったままのカラは深く澄んだ紺色。
星のようなキラキラした粒が散りばめられていて、小さな破片の一つ一つまで全部が夜空みたいだった。
「レンのだったら昼間の空みたいだろうな」
アルがそんな予想をしてくれたけど。
「でも、僕は人間だから……」
子供はお母さんのおなかから生まれるんだよって説明して。
でも、アルはちゃんとそれを分かっていて、それでもまだ「大丈夫」って答える。
何が大丈夫なんだろうって思っていたら、また説明が付け足されて。
「悪魔の血の方が強い。レンもこっちで結婚すれば子供はタマゴから生まれると思うぞ」
どうやら、アルが心配してくれているのは僕の子供のことらしい。
「じゃあ、たとえば僕とニーマさんが結婚したらタマゴから赤ちゃんが生まれるの?」
すごいなって思ったけど。
それはどうやら外れらしかった。
「私は羽がありませんから」
ニーマさんの種族はパンッとはじける種から生まれるらしい。
綿ぼうしが散ってとてもきれいなのだと言う。
「そうなんだ……不思議だなぁ」
アルは見たことあるのって聞いてみたけど。
「そんなのどうでもいいだろ。俺とレンの話をしてるんだぞ」
なぜだかちょっと不機嫌だった。
「えーっと……でも、僕とアルだと、結婚するのはちょっとムリなんじゃ……」
そう言ってみたけど。
アルはその言葉の意味が判らなかったみたいで、クルンとばあやさんを振り返った。
「レン様の世界では男性同士では跡継ぎが生まれませんので、たいていの場合、婚姻は認められていないものなのですよ」
黙って聞いていたアルは、一度だけ首を傾げたけれど。
しばらくしてからちょっと呆れたような顔でつぶやいた。
「変なの」
でも、そのあとすぐにパッと笑った。
「じゃあ、やっぱりレンがこっちに来るんだな!」
何が『じゃあ』で、どうして『やっぱり』なのか僕にはちっともわからなくて。
その前に、僕がこっちに来るとどうなるってことなのかもわからなくて。
「あー……うーん……?」
全体的に不明なことが多すぎて、なんて返事をすればいいのか悩んでいたら、ばあやさんが僕の耳元でこっそりささやいた。
「アルデュラ様のご結婚のお話が現実になるのは、まだ当分先のことですから」
もしかしたら百年くらいはそんなこともないかもしれないので、わからなければ聞き流しておいてくださいって言われてちょっとホッとした。
でも。
「……うん」
頷きながら、なぜだか心の半分は少し悲しい気持ちになってしまった。
百年も先だったら僕は絶対にアルの子供に会えないし、それどころかお嫁さんだって紹介してもらえないに違いない。
僕だけ先に大人になってアルよりずっと早く年をとって。
あっという間にお別れを言わなければいけない日が来るのはもう決まってる。
「レン、どうしたんだ?」
そんなのずっと前からわかってたことなのに。
「……ううん、なんでもない」
どうしてこんなに悲しいんだろう。
今よりずっと小さかった頃は、『僕が死んだら母さんと同じように悪魔の窓口にお願いに行くから』って当たり前のように言っていた。
あの時アルは僕を責めるように大きな口を開けて泣いたっけ。
自分があんまり悲しくなかったのはきっと死んだらまた母さんに会えるからいいやって思っていたせい。
でも、今は違う。
まだ何十年も先のことなのに、アルと会えなくなるって思っただけでズシンと重い何かが僕の気持ちを押しつぶそうとした。
「なんか……考えることがたくさんあるなって……」
アルにうまく説明できる自信がなくて、ごめんねって思いながらそんな言葉でごまかした。
「難しいことじゃなければ俺も一緒に考えるぞ」
真っ黒な瞳が僕の顔を覗き込む。
でも、それはいつものいたずらっ子っぽい感じじゃなくて、なんだか少し心配そうに見えたから、僕は思っていたのと違う言葉を返した。
「じゃあ、次に何して遊ぶかを決めようかな」
「そういうのなら得意だ」
あの時と同じことを言っても、アルはもう泣かないかもしれないけど。
でも、お別れの話はもっとずっと先でいい。
アルを悲しませたくないからじゃなくて、自分のためにそう思った。


その後、黒いたまごはアルの寝室の隣の部屋に寝床を作ってもらい、執事さんの予想通りフレアが世話係に任命された。
たまごが孵るのはまだもう少し先だけど。
僕やアルはもちろん、お城のみんなも今からその日をとても楽しみにしている。


                                               〜 fin 〜

Home   ■Novels   ■悪魔くんMenu      << Back     Next >>