Halloweenの悪魔
-誰もいない家-




-2-

その夜は少ししょんぼりした気分のままお城に泊まった。
遅くまで眠れずにいた僕をアルは一生懸命励ましてくれたけど、悲しい気持ちはいつまでも抜けなかった。

泣きながら歩いてきたせいなのか、夜更かししてしまったせいなのか、翌日はいつもの時間に起きられなかった。
「あれ……アルはトイレ? それとももう先にご飯を食べにいっちゃったのかな」
大きなベッドで目を覚ました時、僕は一人きりで。
ただ、脱ぎ散らかしたアルのパジャマだけが絡まって床に落ちていた。
ぼんやりそれを眺めていたら、ノックの音が響いてニーマさんが「おはようございます」と言いながら入ってきた。
「よくお休みになれましたか?」
「はい。寝坊しちゃったんですね、僕……」
起きると決めた時刻から5分ごとにカラフルな小鳥が一羽ずつ出てくる大きな時計。
その周りにはもう十羽以上がパタパタと羽を広げていた。
「たまにはそんなこともありますよ。お支度が済んだら朝食のお部屋にお越しくださいね」
「はい、すぐに行きます」
ベッドから飛び降りながらアルの居場所を尋ねると、ニーマさんは「それなら」と言って楽しそうに笑った。
「え……釣り?」
「はい。夕べ、レン様がお休みになった後で糸を取りにいらっしゃいましたから」
にっこり笑ったニーマさんが左手の人差し指を立てると、その爪の先からシュルッと透明な糸が飛び出した。
「すごいなぁ。ニーマさん、糸が出せるんだ」
「お裁縫はあんまり得意じゃないですけど」
ニーマさんの家の人たちはその糸を使って釣りや狩りをするらしい。
その説明から僕がイメージしたのはクモだったんだけど。
「一番の自慢は花が綺麗なことなんですよ。咲いたらレン様にもお見せしますね」
そこでやっと種から生まれるって言ってたことを思い出して、なんとなくちょっと安心した。
花が咲くのに釣りや狩りをするっていうのもなんだか不思議な感じだったけど。
「あら。だって、一応魔族ですもの」
それもこちらでは当たり前らしくクスクスって笑われてしまった。
「それにしてもアルデュラ様は何を釣るおつもりなんでしょうね?」
「うーん……そうだなぁ」
昨日の鳥のエサかとも思ったけど、でも、食べなくても光があれば生きていかれるって言ってたはず。
「だったら何だろうなぁ」
そんなことを考えながら朝食部屋に行くと、ほかほかのスクランブルエッグを運んできた人と一緒にアルが入って来た。
「つかまえたぞ」
抱えていたのは両手が回り切らないくらいの大きな鳥籠。
中には小さな鳥がちょっとふてくされた感じで丸くなっていた。
「あら、アルデュラ様ったら、あちこちにお怪我を……木の枝にでも引っ掛けたんですか?」
ニーマさんに言われるまで気が付かなかったけど、よく見ると手足にはたくさんの傷ができていた。
他にも頬と羽にいくつか。
髪にもつるや葉っぱが絡んでいる。
アルは別になんでもないような顔で「一回落っこちただけだ」って説明してたけど。
「どうしてそんな高いところまで……陸で暮らしているものにすれば動きも遅いですし、簡単に捕まえられたでしょうに」
呪文でアルの手当てをしながら、ばあやさんはちょっとため息をついていたけど。
「下で遊んでるのには仲間がいたからな」
一羽だけ連れ去ってしまうのは可哀想だから止めたみたいだった。
アルはいい子だからなって思ったんだけど、みんなの反応はぜんぜん違っていた。
「あら、アルデュラ様にしてはずいぶんとお優しいことを」
「大変、明日は紫色の雨かもしれませんね」
「虹色の雪なら素敵ですけど」
ニーマさんたちに冷やかされると、アルはちょっとだけ口を尖らせて、
「だって、レンが」
そう言いかけたけれど。
「レン様がどうかなさったんですか?」
聞き返されると、きゅっと唇を結んで。
それから。
「なんでもない」
そう答えた後はよそ見をしたまま、すっかり口を噤んでしまった。

食事の間、籠は窓際の日当たりのいい場所に置かれていたけど。
アルに追いかけられて疲れてしまったのか、鳥は巣の代わりに入れてもらった箱の中に隠れてしまった。
「眠いのかな。よく見ると色は違うけど昨日のと同じ形なんだね」
お屋敷にいたキアは翼とくちばしが黄色で残りは白だったけど、アルが連れてきたのはくちばしと翼が水色で残りはクリーム色。そして、少しだけ黄緑色のところがあって、ついでにちょっと小さかった。
「同じ種類でも地上にいるのは茶色っぽいですし、空で生活しているのは青っぽいんですよ」
もっとずっと長い間、空ばっかりで生活しているともっと真っ青になるらしい。
「そうなのかぁ。でも、こんなに違うのにちゃんと仲間だって思ってもらえるのかな?」
ちょっと心配だったけれど、アルは自信満々に「大丈夫だ」と言い切った。
「レンの向かいの家のは白くてふかふかだけど、店に行く途中のは真っ黒だろ?」
それはたぶん近所の犬の話だ。
確かに毛色も大きさもぜんぜん違うけど、そういえばどちらも犬ってことに変わりはない。
たまに公園で見かけても二匹で仲良く遊んでるし、他の犬が交じって追いかけっこをしても一匹だけ仲間はずれになったりはしない。
もっとよく考えてみると、学校の帰りに通る家では犬と猫がいっしょに昼寝をしているんだから、種類なんて違ってもちゃんと仲良くなれるってことなんだろう。
「じゃあ、きっと大丈夫だね」
僕がうなずくとニーマさんも同意してくれた。
「ええ、こんなにキレイな子ですものきっと大丈夫。それに少しくらい違っているほうが楽しいでしょう?」
自分と違うと『どこが違うのかな』って気になるから、お互い興味を持つかもしれないって言われて。
「あ、そっか」
「相手にたくさん関心を持って、じっと見つめちゃったりしますよね。ほら、たとえば今のアルデュラ様のように」
ニーマさんがクスクスって笑うから、つられて隣りに目をやるとアルがじーっとこっちを見ていた。
もっと小さな頃、僕の髪や目をとても珍しがっていたけど、今でもまだ気になるのか時々こうやって僕の顔を見る。
人間の基準だとどちらも変わった色じゃないけど、悪魔の人たちの目にはちょっと不思議な感じがするらしい。
「綺麗だなと思ったらもっと近くて見てみたくなるし、側に行ったら今度は話しかけたくなると思いませんか?」
「うん、そうだね」
だったらいいなって思うけど。
でも、アルでさえ捕まえるのにあんなに手間取ったんだから、きっとすごく警戒心が強いに違いない。
うちとけてくれなかったらどうしようって心配はまだ消えていなかったけど。
「大丈夫ですよ。警戒心が強いのは家族がいなくてずっと一人で自分の身を守ってきた証拠。でも、お屋敷の中でしたら敵が襲ってくる心配もないですから、のんびりできますし」
遊ぶなら誰かと一緒のほうが楽しいでしょうって言われて、また隣を見たらアルが力強く頷いていた。


つかまえてきた鳥には「ルピ」という名前をつけて、アルのノートに書き記した。
『キュールルルピ』という感じで鳴くから、最後のほうだけをとって「ルピ」になったのだ。
「これでこいつも庭に入れるはずだ」
知らない場所へ連れていかれるとまた機嫌が悪くなってしまうかもしれないからと、鳥かごには呪文つきの布をかけてもらった。
「外すまでは眠っておりますので」
それでもそっと運んでくださいねという言葉に二人で元気よくうなずいて。
「じゃあ、いってきます」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
出かける僕らを見送る人たちの中からは「それにしても、気の強そうな子を連れてきましたねぇ」って声も聞こえたけど。
その時もアルはふふんって得意気に笑った。
「大丈夫だ。一番さみしそうなやつにしたから」
「そうなんだ?」
僕の目にはちっともそう見えなかったけど、アルはいつもと同じく自信満々。
「さみしいほうがいいのかな?」
「当たり前だろ」
それなら友達ができるのは嬉しいはずだって言われた時、僕はなぜだかクリスタルの中をじっと見つめていた小さなアルの後ろ姿を思い出した。
広い広い部屋の真ん中。
床にペタンと座り込んだまま、僕と母さんが遊ぶ庭を眺めていた。
「……そっか。そうだよね」
自信満々なのはそんな理由なのかもしれないって思うのと同時に、アルと友達になれて本当に良かったって思った。


昨日と同じ道を、でも、今度は寄り道せずにお屋敷へ向かった。
「こんにちは、キア」
僕らが着いた時も、キアは昨日と同じように飼い主が座っていた椅子のほうを向いて明るい声でさえずっていた。
「部屋からは出ないように言われてるみたいだな」
朝の運動の代わりなのか籠を飛び出して近くを一回りした時も、一度主の椅子の上に降りただけ。すぐにまたもとの場所にもどっていく。
そんな様子を眺めた後、ルピのかごに掛けておいた布をそっと外した。
しばらくの間は二羽ともちょっとびっくりしたようにじっとお互いを見つめていたけど。
「あ、出てきた」
先にキアが自分の巣を飛び出して、ルピがいる籠の前まで飛んできた。
その後はまるで何かを話しかけるようにルピに向かってさえずっていた。
ルピはまだちょっと不機嫌が残っていたのか、知らん顔して自分の羽をつついたりしていたけど。
そのうちにチラチラとキアのほうを気にしはじめた。
「大丈夫そうだな」
「うん」
お互い遊びたそうなのを確認してからルピを外に出してやると、キアがすぐに近くまで寄ってきてルピの毛繕いをはじめた。
最初はなんだかくすぐったそうに首をすくめたりしていたけど、その後はすっかり仲良くなって一緒にぐるりと部屋の中を飛び始めた。
「よかった。キアもルピも嬉しそう」
楽しそうに追いかけっこをする様子にホッとしながら微笑んだ時、
「レン」
突然、後ろから呼ばれて。
振り返ったら、アルがすごく真面目な顔で僕を見ていた。
「なに?」
いつになく真剣な表情だったから、何事かと思ってドキドキしてしまったんだけど。
「もう泣くなよ」
言われたのはそんな言葉で。
「あ……うん」
なんだかはっきりしない返事をしたあとでやっと、アルがすごく心配してくれてたんだってことに気づいた。
僕が寝るのを待って、ニーマさんのところに糸をもらいにいって。
いつもは朝寝坊なのに、すごく早起きして鳥を捕まえてきてくれた。
そんなアルの頬や腕についているたくさんの傷を見ながら。
「ありがとう、アル」
いつも本当にありがとうって。
そう思いながらにっこり笑うと、アルはちょっとだけ困ったみたいな顔で「別に」って答えた。



それから何度もあのお屋敷に遊びにいった。
ルピももうすっかり馴染んで、今では最初からそこでキアと育ったみたいに仲よくしていた。
三回目に行った時には、籠の中に黄色と水色がかった白のマーブル模様が4つ。
五回目に遊びに行ったときにはそれが4羽のヒナに変わっていて。
そして、七回目の今日。
ヒナたちはもう楽しげに部屋中を飛び回っていて、巣の中にはたまごのカラしか残っていなかった。
「大きくなるの早いんだね」
「よく日が当たるからな。この分だとあっという間に鳥だらけになる」
「そっか。にぎやかになりそうだね」

軽やかなさえずりが降り注ぐ窓辺。
椅子に残っていた主の影は、いつの間にかすっかり薄れて。
今はただ、ときおり舞い降りる小鳥たちといっしょにやわらかな陽射しを浴びている。


                                               〜 fin 〜

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