Halloweenの悪魔
-アルと市場へ-


-5-


その後ルナは僕が無事に見つかったことを知らせるために市場に戻った。
本当なら自分で心配させたお詫びをしたかったけど、途中でまた迷子になると困るので、今日のところはまっすぐお城に帰るように言われてしまった。
どうして僕はいつもいつも違う場所に入ってしまうのだろう。
自分でも呆れてしまう。
ルナを見送ってから、こっそりため息をつくと、ポケットの中からシャラシャラと軽やかな音がした。
「あ、そうだ。アルにお土産があったんだ」
小さな袋を取り出してそっと開き、中身を半分だけ自分のハンカチに包んだ。
「市場で会った片方だけメガネの人にもらったんだ」
何の種かはまだ決まっていないらしいという説明を聞きながら、アルは渡されたハンカチの中をじーっと見つめていた。
「なんかすごい呪文がかかってるぞ」
そういえば、難しそうな言葉を唱えてから袋に入れてたっけ。
「何の呪文かわかる?」
「たぶんな」
そう言った後、アルは真剣な顔で種をつつき、その指で空中をひとなでした。すると、光でできたような明るい文字が浮かび上がった。
「なんて書いてあるの?」
僕には読むことのできない不思議な文字は、図書室の棚の一番上に収められた分厚い本の背表紙と似た形。
「えーと……『自らが望んだ旅も、予期せぬ迷いも、すべてが幸運に結びつきますように』だな」
すごく高度な呪文みたいだぞって、アルが感心したように言う。
「そういえば大学の先生みたいな感じだったよね」
きっといろいろ勉強している人なんだろう。
薄れていく文字を眺めたままアルは「そうかもな」とあいまいな返事をした。それから、
「レンはきっと冒険者になるって思われたんだな」
ボソリとそんなことをつぶやいた。
「っていうか、僕が迷子になってばっかりだってバレちゃってたんだよね」
市場で誰かに聞いたのかと思ったけど。
アルの話だと、難しい修行をたくさんすると相手の性質が見えるようになるからそのせいかもしれないってことだった。
冒険者はカッコいいと思うけど、剣はもちろん簡単な呪文さえ使えない自分にはどう頑張ってもムリっていうのも分かってる。
だから、それが本当ならちょっと困るかもしれない。
そんなふうに僕が悩んでる間もアルは二種類の種に興味津々。
「どうやって使うんだ?」
わざとシャラシャラと音を立てて遊んでいた。
「騒いだら蒔いてあげるといいらしいよ」
「ふーん。簡単だな」
クンクンと匂いをかいだ後、「あんまりおいしそうじゃないな」って言ったけど。
でも、なんだかとても楽しそうな様子で種を包んだハンカチをてるてる坊主みたいにすると、呪文でペンダントに変えて首から提げた。



お城に着くと、ばあやさんと執事さんとニーマさんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。お疲れになったでしょう」
「すぐにお茶の用意をいたしますね」
ルナももうすぐ帰ってくるらしいと聞いて、お茶のカップを一つ増やし、席に座った。
「この風船の中はお土産なんだ。市場の人にたくさんもらったよ」
お菓子や果物もあるから一緒に食べようと思ってテーブルに出したけれど、多すぎて全部は並べられなかった。
「まあ、こんなにたくさん。レン様、本当に大人気でしたものね」
取り出したお菓子の箱を開け、大きなお皿に並べながらニーマさんが笑う。
「どうして知ってるの?」
アルが番人のところに行った時みたいに、こっそりどこかで僕らを見てたのかと思ったけど。
「メリナの鏡に聞いたんだろ」
アルが指差したのは壁にはめ込まれた大きなクリスタル。
それほど遠くない場所ならどこでも映し出せるらしい。
「もちろんよその家の中とかはムリだけどな」
ということは、お菓子屋さんのようなお店の中のことはわからないけど、市場みたいに通りに並んだワゴンの下とかは見えるわけだ。
「ふうん。鏡っていろんなことができるんだね」
僕の家にあるのとはぜんぜん違うから、同じ「鏡」という呼び名なのがなんだか不思議だ。
「楽しいお散歩でよかったですね」
「うん、みんなすごく優しかったよ」
今日も迷子になってルナに面倒をかけてしまったのに、ばあやさんも執事さんもニコニコ笑って頷いているだけだ。
「ジェフリー殿にお電話いただいた時は、庭木の植え替えのことかと思いましたが」
町にある大きな温室の管理人をしているというジェフリーさんは草や花のことにとても詳しくて、お城の庭師さんやその手伝いをしているサンディールもとてもお世話になっているらしい。
「僕が会ったときは大きな虹色の果物を持ってたよ」
あれもきっと新しい品種か何かなんだろう。
他のとは色が違ってたし、「おいしそう」っていうよりは、すごくきれいな感じだった。
「お優しい方なのでお城でも評判がいいんですよ。レン様とは同じ種族同士ですし、お話が合ったんじゃありませんか?」
「え、そうなの? ぜんぜん気が付かなかったな……」
ジェフリーさんは別に何も言ってなかったけど、どうやら何十年か前にこちらにきた人らしい。
「ここの国の名前とかお城の名前とか、いろいろ教えてもらったんだ」
そう話したら、みんながぷっと吹き出した。
「そういえば誰もお教えいたしませんでしたね」
「アルデュラ様も、ご自分のお友達なんですから、いろいろ話してさしあげたらよかったですのに」
ニーマさんにクスクス笑われてもアルはまったく気にとめてないみたいで。
「遊ぶのに忙しくて忘れてた」
お皿を覗き込んでおやつを選びながらそう答えた。


「いただきます」
お土産のお菓子がとてもたくさんあったので、今日はばあやさんたちにもお茶に付き合ってもらった。
うさぎコウモリ姿で戻ってきたルナもテーブルの隅にちょこんと座った。
話題は僕の迷子について。
「扉から落っこちない方法ですか……そうですねぇ……」
「お城の中と違って町では番人の力は効かないですものね」
カップを持ったまま、みんなが一斉に首を傾げる。
「町の子は僕みたいに迷子になったりしないのかな」
自分だけだったらちょっと恥ずかしいって思ったけど。
「そんなことないですよ。扉に慣れていないような小さな子ならよくあることです。だから、たいていの親は子供に糸をつけておくんですよ」
「糸?」
首を傾げたら、ルナが手の先でクイッと何かを引っ張った。
透明な細い糸に釣られるようにして、突然目の前にうさぎコウモリサイズのフレアが出てきた。
そういえば、前にもそうやってフレアの予定を聞いてたっけ。
「親兄弟でしたら、このように糸さえつけておけば引き寄せることができるのでとても便利なんですよ」
こうしておけばよほど相手が特殊な場所にいない限り、いつでも連絡しあうことができる。
「就寝中とかプライベートな時間など、そっとしておいて欲しいときは糸を中断させておくこともできますし」
「それなら安心だね」
でも、僕の家族はこちらにはいないので糸をつけることができない。
「他の方法ってないのかな?」
「そうですね……では、バジークを呼んで移動しにくくなる術をかけてもらいましょうか」
魔術師で冒険者のその人は、メリナさんの弟子で、アルのお父さんの親友で、フェイさんの後見役らしい。
「後見役って何?」
「そうですね、まあ、保護者のようなものでしょうか」
フェイさんはどこの国の戸籍もなかったので、仕事をみつけることも家を借りることもできずにフラフラしていたらしい。
「でも、フェイシェン殿は術者としては大変優秀でしたので」
見かねたバジークさんが後見人になり、自分の知り合いのところに弟子入りさせたのだという。
それがイリスさん専属の魔術師だったというわけだ。
「フェイとバジは仲悪いけどな」
「そうなんだ?」
後見役というのがどんなものなのかはまだよく分かってなかったけど、普通そういうのは仲が悪かったら引き受けないんじゃないだろうか。
バジークさんのことはぜんぜん知らないからなんとも言えないし、他に何かものすごい事情があるのかもしれないけど。
「フェイさんって仲の悪い相手なんかいないって感じなのになぁ……」
すごく紳士的だし、誰とでもうまくやっていけそうだからと言った瞬間、ニーマさんが「えー」という顔をして、ばあやさんと執事さんが顔を背けたままふうっとため息をついた。
「……違うんだ?」
「城にいる時はカンペキに従者になりきってるから、レンが言うのもハズレじゃないけどな。ホントのフェイは違うぞ」
「そうなのかぁ」
みんながそういうなら本当なんだと思うけど、優雅なフェイさんしか知らない僕にはなんだかピンとこなかった。
「じゃあ、バジークさんは?」
「フェイと違って見た目と性格がおんなじだな」
体が大きくて、見た目が大雑把そうで、実際に大雑把だというアルの説明に今度はニーマさんもばあやさんも執事さんもルナもフレアも同時に頷いた。
「では、今夜スウィード様にご相談申し上げ、それからバジークを呼びつける手配をいたしましょう」
とりあえずバジークさんが来るまでの間は、自由に歩ける範囲を決めて、そこから絶対に出ない呪文をかけてもらうことになった。
「ごく狭い場所になってしまいますが」
「はい。お願いします」
そこからちょっとでもはみ出ると自動的に引っ張られてお城に戻ってしまうらしい。
「レンにゴムをつけてはじっこを城に結んで、めいっぱい遠くまで引っ張ったあとに手を離した感じだな」
「……なんかものすごいスピードで帰ってきそうだね」
でも、ジェットコースターみたいでちょっと楽しいかもしれない。
「どこまで行ったらそうなるか、やってみようっと」
思わずつぶやいたら、執事さんとばあやさんが困った顔でこっちを見たので、慌てて話を逸らした。
「えっと……でも、迷子になった時もいいことがたくさんあったよ」
ちょっと外に出ただけなのに、見たことのないものがたくさんあって、自分がなんにも知らないってことも実感した。
何が足りないのか、何を勉強すればいいのか、少しだけど具体的に考えられるようになった。
「ルナやお城の人たちがとっても人気があるってこともわかったし」
今日行った市場も町も、とても明るくて賑やかで。
こんなところなら何度でも迷子になってみたいって思ったくらいだ。
「本当は工場とかも行ってみたかったんだ。家を借りてそこに住んで、あちこち歩いてみたいなぁ」
オレンジの屋根の家がいいなって話したとき、アルはなんだか神妙な顔で聞いてたけど。
しばらくしてから、いきなり「大丈夫だ。まかせておけ」とニッカリ笑った。
でも、何が大丈夫で、何を任せておけばいいのかってことについては、最後まで話してくれなかった。

お茶の後、アルと二人でお城の中を歩き、庭師さんやコックさんやメイドさんや図書室のミミズク司書さんたちに今日の話をした。
「そうでございましたか。先ほど市場から何名か夕食の材料を届けにきましたが、お二人の楽しいお話でもちきりでした」
本当は市場の仕事をジャマしてたんじゃないかとちょっと心配だったから、それを聞いて安心した。
「もう一人でも買い物にいけるから、お使いがあったら言ってね」
お金も使ってみたいし、電話もかけてみたい。
荷車を引いていた動物にもさわってみたいし、できるなら背中に乗ってみたい。
やりたいことをあれこれ考えていたら、隣りにいたアルが口を尖らせた。
「『一人でも』ってなんだよ。俺もついてくぞ」
そんな言葉に厨房にいた人たちが一斉に笑う。
「では、お二人にお願いしましょうね」
みんなにたくさん話を聞いてもらって、風船袋から取り出したものをおすそわけして。
一度迷子にはなってしまったけど。
でも、今日はとても良い一日だったなって思った。


                                               〜 fin 〜

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