Halloweenの悪魔
-- 優しい子 --



-1-


次の日、アルとばあやさんは『扉の部屋』にこもってしまった。
王様の持っている大きな地図と扉を使って、バジークさんを探すらしい。
「バジーク殿はいつも諸国を放浪しておりますので、城にお呼びするためにはまず探し出すところから始めなければならないのです」
もちろん国の一大事なんて時には呪文でむりやり呼びつけることもできるけれど、今回は僕の迷子対策だからそういうわけにもいかない。
まずはバジークさんを見つけ、すぐにお城に来られる状態なのか、この先の予定に差しさわりがないかを確認した上で、ちょっとだけ戻ってきてもらえないかと頼んでみるのだ。
「そうだよね……」
わざわざお城まで来てもらうなんてすごく申し訳ない。
でも。
「こんなことでもないとちっとも顔を出さないんですから、たまにはいいんじゃないですか?」
ニーマさんも執事さんも同じ意見だったので、それに甘えさせてもらうことにした。

王様が不在の間に地図や扉を開けられるのは、アルと王様の椅子のイリスさん、そして、一番の側近であるばあやさんだけ。
イリスさんにそんなことを頼むわけにはいかないので、アルとばあやさんの二人でバジークさんを探すのだ。
「ということですので、見つかるまでの時間、レン様は図書室でご本でもお読みになるか、あるいは近場でお散歩でも……」
執事さんの丁寧な説明を聞きながら、すぐにこの後の予定を決めた。
一人で市場に遊びにいくことにしたのだ。
「城にご連絡をなさる場合は、こちらのコインに直接お願いしてください」
渡された硬貨の中で一つだけ小さくて星の形をしているのが電話専用のコイン。
これなら間違って使ってしまうこともないし、「お城につないで」と頼むだけで、あのベルのような機械がないところでもすぐに繋がるから安心だ。
「携帯電話だと思えばいいんだよね」
市場より遠くへは行かない。何かあったらすぐにお城に電話する。
その二つを約束してから、僕は元気よくお城を飛び出した。


白い花びらの降る小さな門をくぐり、少し歩くと市場への入口がある。
「そうそう、そこのカーテンみたいなやつだ」
風にふわりとめくられた『扉』から覗いたのは確かにあの市場の石畳。
すぐ脇にはペンギンのぬいぐるみみたいな受付係さんが―――
「……いるはずだったんだけどな」
僕の手が開けたのは、あのカーテンとは別のものだったんだろうか。
目の前にはまったく見たことのない景色が広がっていた。
ゆるやかにカーブした細い一本道の先には点々と小さな家。
足元を埋め尽くすのは真っ白な砂。
ところどころに薄いグリーンの草が生えているけど、他は砂と小石ばかり。水のない海岸のような印象だった。
それにしても。
「……どうしてこうなっちゃうんだろう」
迷ってしまったものはしかたない。
これ以上わけのわからない状態になる前に一旦お城に戻ろう。
そう思って来た道を引き返そうとしたけれど、今くぐったばかりのはずのカーテンはもう消えてしまっていた。
それもこの間と同じだ。
しかも一本道は僕の足の下で終わっていて、それより後ろには何もない。
いや、正確には10メートルくらい向こうが絶壁になっていて、土地そのものが終わっている感じだ。
崖の先は白いもやに包まれていて、どんなに目を凝らしても対岸のようなものは見えなかった。
「塔のてっぺんみたいなところに町があるのかな」
そっと近づいて、ちょっと背伸びをして。
おそるおそる谷底を覗きこんでみたけれど。
「やっぱり何にも見えないや」
10メートルくらい下は雲のような白いもわもわしたものに覆われていて、崖からは絶えず白い砂がサラサラとこぼれている。
「……どうしようかな」
とりあえず迷子だというのは確定しているのだから、今すぐここで電話をかけたほうがいいのかもしれない。
「でも、すぐそばに町があるしなぁ」
ちょっと散歩するくらいなら大丈夫だろう。
一番近い家までは歩いてもきっと5分くらいだから、とりあえずそこまで行ってから考えることにした。
「危ない町じゃないよね?」
襟元からペンダントを取り出して聞いてみると、キラキラと明るく光る。
こういう時はたいてい「大丈夫」って意味。
しゃべるわけじゃないけど、なんとなく通じるように光ってくれるからとても便利だ。
「市場から見てどっちの方向にある町なのかな?」
こんどは鈍い色でぼんやり光った。
分からないってことなんだろう。
少なくとも僕が今立っているところからはお城らしき建物は見えないけど、遠かったらゴム状態で自動的に戻ってしまうはずなので、そんなに離れてはいないんだろう。
「まあ、いいや」
本当は市場から出ない約束だったけど、こうなってしまったらどうしようもない。
これ以上遠くへ行かないように気をつけながら、町まで歩くことにした。


細いデコボコ道を辿りながら一番近い家を目指す。
広々とした土地は乾いた砂で埋め尽くされていて、背の高い植物はぜんぜん見当たらない。
ところどころにひょろっとした草やつる草が砂地を這うように延びているだけで、どれも生き生きした感じはなかった。
「あんまり水がないせいかもしれないな」
まっ平らで遠くまで見渡せるのに川も池もない。
陽射しが強く、当たりは真っ白なのに不思議と肌寒い。
すごく変な感じの場所だった。
「でも、暑かったらすぐにのどが渇きそうだし、これくらいでいいのかもなぁ」
鳥の声も聞こえない。動物も虫もいる気配がない。
目に入るものといえば、白い砂とまばらな緑とポツンポツンと置かれている薄灰色の石だけ。
「これって何かの目印なのかな」
一メートル間隔くらいで三つ石が並んでいる場所に行ってみると、表面に絵文字のようなものが刻まれていることに気づいた。
やっぱり僕には読めないけれど、文字数も同じで絵柄もほとんど同じ。
きっと似たような言葉が書かれているんだろう。
ぜんぜん分からないのに、じっと見ていたらなんだか寂しい気分になった。
それを吹き飛ばそうとして、ふうっと大きく息をしてみる。
結構歩いたつもりなのに、町はまだまだ遠い。
「見た目より離れてるんだな」
もっとさくさく歩かないと日が暮れてしまうかもしれない。
そう思った時、大き目の石の向こうに座り込んでいるおじさんを見つけた。
日時計のような機械で何かを測っているみたいだった。
「こんにちは。何を調べてるんですか?」
不思議に思いながら声をかけると、驚いたような顔が僕を見上げた。
「こりゃあ、人の子じゃないかね。どっから来なさった?」
その質問はちょっとうれしい。
この間の迷子の成果で、今日はちゃんと答えられるからだ。
自分はアルの友達でお城から来たのだと答えると、おじさんはまた一段とびっくりした目になった。
「アルデュラ様の……そういやあ、誰かがそんな話をしてたっけねえ」
何度も頷いたあと、今度は丁寧に機械の説明をしてくれた。
おじさんが測っているのは地面の端っこがどれくらいの速度で崩れているのかということ。
何年経つと町のどの辺りまで消えてなくなるのかを王様に知らせるのが仕事なのだという。
「崖から砂が落っこちてたろう?」
「うん」
「ここは浮島だからな、ああやって崩れていくと、土地がだんだん小さくなってしまうのさ」
昔はもっとずっと先まで町が続いていたけど、今はずいぶん端に追いやられてしまったらしい。
「今は向こう側にある牧場を少しずつ削って、そこに家を建てなおしてるんだ」
住んでる人の数は変わらないのだからそうするより仕方ないんだっておじさんがため息をつく。
「牧場にいた動物はどうなるの?」
その質問にはちょっと苦い表情が返ってきた。
「土地が狭くなると子供は生まれなくなるもんだから、家畜も減る一方さ」
当たり前みたいにそう言われたけど、やっぱり僕にはよく分からない。
正直にそう話すと、おじさんはもっと詳しい説明をしてくれた。
「いいかい、坊主。狭い土地なのに住む者ばっかり増え続けたら、どっかから土地や食べ物を奪ってこなけりゃならなくなるだろう? そうなれば当然争いが起きる」
そんなことにならないように『世界』が住人を調整する。
環境に見合った数だけの命を与え、万が一、多く生まれてしまっても土地が養えない分は育たないようにする。
「おかげで赤ん坊はもう何年も生まれてないのさ」
そういえば、市場のおばさんたちもそんなことを言ってたっけ。
「そっかぁ……」
争いがないのはいいことだ。
でも、子供が欲しい人は残念だろうなって思う。
「どうにかならないのかなぁ」
何か良い方法があるんじゃないかって期待したけど、おじさんはため息と一緒に首を振った。
「すべては『世界』の決めることだ。わしらにはどうすることもできねぇんだよ」
こちらの人が『世界』と呼んでいるのは、きっと神様みたいなものなんだろう。
王様でもイリスさんでもどうしようもない、そういう絶対的なもの。
それだけはなんとなく分かった。
「せめてもうちょっとばかり雨が降ってくれたらねぇ」
土が乾ききって砂粒になり、地面が崩れることが防げるかもしれない。
おじさんのため息はとても深かった。
これ以上狭くなったら誰も住めなくなってしまうんだから当然だ。
「草も少ないし、木もぜんぜんないもんなぁ」
町の人たちが使う水だけは、王様が派遣してくれた魔術師のおかげで確保できているけれど、地面全部を潤すほどの水はさすがに呼ぶことができないのだ。
「死んだ爺さんが子供だった頃は飲み水さえままならなくて、許可なく外からきたもんには水なんて分け与えなかったらしいから、今のほうがずっとマシだがね」
突然迷い込んで来るのはたいてい旅人や冒険者と言われる人たち。
当時は町へ入ることもできないまま水を求めて再びどこかへ流れていくしかなかった。
「ほら、そのあたりの石。それが全部墓だって話だ」
刻まれた文字は名前じゃなくて安らかな眠りを祈る言葉だという。
「名前なんて聞く前に死んじまってたんだろうな」
今ならイリスさんの加護が届くからそんなことはない。
でも、王様の統治下にない場所ではまだそんなことがあるかもしれない。
「おまえさんも外を歩く時は気をつけるんだぞ。人間を嫌う土地はまだたくさんある。そんなところに迷い込んでしまったら、それこそ水だって恵んではもらえんよ」
人間は嫌われる。
自分で抱えきれないほどたくさんのものを欲しがるから。
誰かが良いものを持っていると、奪ってでも手に入れようとするから。
「こっちじゃ、みんなそう思ってるんだよ」
「……そんな人ばっかりじゃないんだけどな」
「もちろんそうだろうとも」
自分がそうじゃないなら気にすることはない。
おじさんはそう言ってくれたけど、なんだか悲しくなってしまった。
「……じゃあ、僕もう行くね。いろいろ教えてくれてありがとう」
お礼を言って再び町を目指し始めたけれど、向こうに見えている最初の家はちっとも近くならない。そのうえ、靴にまとわり付く砂が足取りを重くする。
道の脇にポツポツと置かれた石も半分くらい地面に埋もれていて、今にも沈んでしまいそうに見えた。
何かを成し遂げることもできないまま、家族も友達もいない場所で死んだ人たち。
お城から迎えがこなかったら、僕も同じになってしまうのかもしれない。
大きさも形もふぞろいの石の下。
名前も刻まれないまま白い砂に埋もれて眠っている。
そんな最期はどれほど寂しいだろう。



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