Halloweenの悪魔
エーネの空




-1-

お城に帰ってすぐにばあやさんのところへ行った。
もちろんひよこのことを聞くためだ。
「お帰りなさいませ」
いつも通り、ばあやさんと執事さんとニーマさんが出迎えてくれる。
テーブルにはすっかりお茶の支度が整っていて、ふんわりといい匂いが漂っていた。
「あの、僕、ばあやさんに聞きたいことがあって」
席に座ることなく尋ねると、少し驚いた顔で僕を見た。
「お急ぎのご用ですか?」
そう聞かれて初めて挨拶さえ忘れていたことに気付く。
「あ、ううん。そんなこともないんだけど」
あわてて「ただいま」を言ってから、抱えていたものをテーブルに置いて、それから、ゆるく丸めていたパーカをそっと開いた。
「きゅぅ?」
ちょっと眠そうな顔でもそもそと出てきたひよこは特に具合が悪そうな感じではなかったけど。
ずっと包まっていたせいであちこちが寝ぐせだらけ。
全体的にちょっと変な形になっていて、なんだか笑ってしまった。
「あらあ、なんてかわいらしい! どうしたんですか?」
一番興味津々だったのはニーマさんだ。
「森で拾ったんだ。っていうか、僕のあとから落っこちてきたんだけど……あれ?」
説明をしながらひよこをなでて寝ぐせを直している途中で変なことに気付いた。
「どうかしたのか?」
「……手がある」
小さなかわいらしい前足にはちゃんと爪もついていた。
「あら、本当に。鳥のヒナかと思いましたのに」
「飛びウサギに似ているような気もしますが……それにしては変わった色ですな」
執事さんもすごく不思議そうにひよこの顔を覗き込んでいた。
アルは指先で背中をつついたり、羽をつまんだり忙しい。
「トゲもキバもないぞ」
「やっぱり鳥なのかな?」
小さな足は先が3つに分かれてたけど、ニワトリやアヒルと違って全体的になんだかフカッとしている。
羽付きぬいぐるみの人と同じで、なんとなくフェルトっぽい感じだった。
「飛竜の子だったら面白いのにな」
似てるだろって言ってアルがルナたちを指差す。
確かにうさぎコウモリの時のルナにちょっと近い感じって僕も思ってたけど。
ルナとフレアは思いっきり「え?」っていう顔だった。
無理もない。だって、どう見ても水色で小さな手のあるひよこだ。
そりゃあ、手があるのはちょっと変だけど。
でも、ドラゴンとひよこのどっちに似てるって聞かれたら、きっとみんなが「ひよこ」って答えるだろう。
「どう思う?」
ばあやさんに聞いたら軽く首を振った。
「アルデュラ様は竜使いの血筋なのですから、もしも竜の子ならすぐにお解かりになるでしょう」
見誤るはずはないからきっと違うだろうって。
きっぱりと結論を出されて僕は困ってしまった。
結局、何の子なのか分からないってことなのだ。
「どうしたらいいんだろう」
テーブルに乗せた水色ひよこをミニサイズのルナが心配そうに覗き込んでいた。
「お城に連れてきちゃったけど、今頃お父さんやお母さんが探してるかもしれないね」
兄弟だっていたかもしれないのに。
家族と離れて一人きりなんてきっとすごくさみしいだろう。
「その点についてはご心配無用です。何の種族であれ、親がいればこのようについてきたりはしないものですから」
「そうなの?」
そもそも底が破れて落ちてしまうような巣に大事なたまごを置いておくはずがないという。
「大きな鳥か何かが親のいない間にたまごを攫って、運んでる途中で落っこちたとか……そんな感じじゃないですか?」
そういえば、近くには巣らしきものは何もなくて、ひび割れたところからたまごだけが降ってきたんだ。
もっとも空にヒビが入るのも僕からしたらかなり変なことだけど。
「とにかくこれからはレン様がこの子の主となります。大切になさってください」
みんなに「おめでとうございます」って言われて嬉しかったけど、ちょっと心配になった。
種類も分からない赤ちゃんなのに、ちゃんと育てられるんだろうか。
「そうですね。レン様のご自宅で育てるのは難しいでしょうから、お帰りになっている間はこちらでお預かりいたします。あちらに運ぶことができたとしても食べるものがあるとは限りませんし、なによりも空気が違いますので」
予想外に大きくなってしまって三ヵ月くらいで僕の部屋に入りきらないなんて可能性もあると言われ、それはさすがに困ると思った。
「後ほどスウィード様にご相談して世話係をお付けいたします」
まだ赤ちゃんだから親がいないのは心細いだろうし、突然具合が悪くなったりするかもしれないので夜も誰かと一緒のほうがいい。
そういうことだった。
「サンディールにお願いしたいところですが、ここまで小さいとうっかりしっぽで踏んでしまったりするかもしれませんし……」
話をしながらもばあやさんはサラサラと空中にペンを走らせる。
それをペラってはがして封筒に入れ、表に「報告書」と書き込んでから王様に飛ばした。
その間に執事さんが専門家に問い合わせをする。
もちろんこれが何の赤ちゃんなのかを尋ねるためだ。
でも。
「誰も分かる者がおらぬようですな」
よほど珍しい種類なんだろうってみんなで話していたら、王様から返事が届いた。
「ずいぶん早いな。ひまなら城に帰ってくればいいのに」
王様が最近ずっと留守だからか、アルはちょっと不満そうだ。
「お時間に余裕があるわけではないでしょうけど……いつにも増して落ち着きがありませんね」
キラキラしながら弾んでいた手紙の文字は次々に書面からこぼれ落ちて、読んでいたばあやさんが顔を顰める。
僕らが覗き込んだ時にはもう残っている文字のほうが少なくて、アルがちょっとあきれていた。
「ぜんぜんわからないな」
忙しくてなかなか会えないお父さんからの手紙だ。
アルだって読みたかったに違いない。
それに気付いたばあやさんがすぐに呪文で文字を広い集め、最初と同じように紙に並べなおした。
「さあ、どうぞ」
手渡された長い手紙の右側を僕が、左側をアルが持つ。
大きな紙なのに内容はとても簡単だった。
「新種かもしれないし、ぜひジアードの子になってもらおう。世話係は私が、と言いたいところだが、きっとメリナが怒るのでルナに頼むことにした」
手紙のあとから送られてきたのは、星型の木の実が二つ。
どこかで見たなと思ったら、ルナがいつも食べてる竜の実の大きいやつだった。
「これは『大竜の実』といいます。どの種族の赤ん坊にも与えることができる万能食です」
ばあやさんが上のほうをちょっと切り落とすと甘い匂いが広がった。
中味はミルクみたいな白っぽい色で、ヤシの実みたいな感じだった。
隣りを見たら、いつの間に穴を開けたのか、アルがもう一つの実の中味をちゅーっという音を立てて飲んでいた。
「うまいぞ」
ひよこのご飯なのに食べてしまっていいのか迷ったけど、よく見ると実の外側にとてもきれいな文字でアルと僕の名前が書いてあった。
二つのうち、一つは僕らへのプレゼントなのだ。
「じゃあ、いただきます」
口をつけたとたん甘い匂いが広がった。
「な、うまいだろ?」
「うん。すごく」
少し冷たくてとても優しい味だった。
「これ、ほにゅう瓶みたいなものに入れてあげたらいいのかな? それともお皿?」
たまごから出てから何時間も経った。お腹だってずいぶん空いているだろう。
早く飲ませてあげたいなって思ったんだけど。
「お待ちください。その前に―――」
ばあやさんの言葉と同時にアルが「わかった!」という顔で大きく飛び上がった。
「カラだな! 俺のを食べさせてもいいぞ!」
「カラ?」
天井にくっつきそうなアルを見上げると、すぐに真横に降りてきてくれた。
「たまごのカラだ」
そう言われて思い出したのは王様の書斎に飾ってあった夜の空みたいなたまご。
澄んだ紺色の上にキラキラしたカケラが星のように散っていた。
「食べさせちゃうのはもったいないよ」
あんなにキレイなのに、って思ったのは僕だけで。
他のみんなは違う理由でアルを止めた。
「おやめください。そんな刺激の強いものを与えたらどんなことになるか分かりません」
ばあやさんの口調もいつもよりちょっとあわて気味だ。
どうやら他の人のカラは食べないほうがいいらしい。
「ふーん。まあ、いいか。たいしてうまくなかったしな」
アルはやっぱり残念そうだったけど。
「食べたことあるんだ?」
「もちろん」
生まれた後、一番初めに口にするのは自分のたまごのカケラなのだという。
「そうすると元気に育つと言われているんですよ」
アルの話だと口に入れたとたんシュワッとはじけたらしい。
「おいしいの?」
「味はあんまりしない」
少なくともたくさん食べたくなるような感じではないという。
「そっかぁ」
僕は「よかった」って思った。
だって、おいしかったら全部なくなっていたはずだから。
「じゃあ、とりあえずこの子にもカラをあげようっと」
ちゃんと持って帰ってこられたのは森で会ったぬいぐるみみたいな人のおかげだ。
今度会ったらお礼を言わないと。
「あれ?」
カケラまで全部拾ってきたはずなのに。
「ちょっとなくなってる」
走ったときに落としてしまったらしい。
これがたまご型のパズルだったとしたら、けっこう大きな穴があいてしまうに違いない。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。食べさせるのは少しだけですから」
残りは寝室に飾っておきましょうって、ニーマさんがちょうどいいケースを探しに行ってくれた。
その間に水色ひよこを手のひらに乗せて、小指のツメの半分くらいの小さなカラを口元に差し出した。
「ちゃんと食べてくれるかな?」
言葉も通じないし、僕の気持ちが伝わらなかったらどうしようって思ったけど。
ひよこは当たり前のようにカラの切れ端をパクンと食べた。
「わあ、食べたよ! 口もちっちゃいなぁ。まだ歯は生えていないみたいだけど」
パリポリと心地いい音を聞きながら顔を近づけてみると、ふわふわの鼻先に小さな水色のカケラがくっついていた。
今僕が食べさせたものよりちょっと青っぽい。
「たまごの上のほうと同じ色だ。実はもう食べてたのかも」
「あら、本当。お腹が空いちゃってたんですね」
ニーマさんが指先で頭をなでると、まんまるい目を細めて「くぅ」と鳴いた。
カラを出てから何時間も経っているんだから当然だ。
僕が何も知らないばっかりにかわいそうなことをしてしまった。
「こんなに小さいのに意外と食いしん坊なんですね」
「そうだね」
たくさん食べるのはいいことだ。
きっと元気に育つはず。
……って思っていたら。
「レンといっしょだな」
アルがそんなことを言った。
「え? 僕、お城ではちょっとだけ遠慮してるよ?」
だって一応よその家なんだから、それくらいは当たり前だ。
なのに。
「あら、そうだったんですか? ちっとも気付きませんでした」
確かに父さんにはいつも「よく食べるな」って笑われているけど。
「……僕、みんなに食いしん坊だって思われてたんだ」
まさかお城で言われるなんて。
ちょっとショックだ。
「あら、そんなお顔をなさらないでください。おいしそうに召し上がっていただいたほうが料理する者だって喜びますし、何よりレン様にはこちらの食事に馴染んでいただいたほうが後々―――」
話の途中でばあやさんの咳払いが聞こえたけど。
執事さんもルナもフレアもみんなが「そうですよ」ってうなずいてくれたから。
「じゃあ、いいや」
これからは安心してたくさん食べることにした。



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