Halloweenの悪魔
光る蝶




-2-

ルシルさんと別れてから廊下のすみっこでお祈りをした。
「でも、一人で行くことになったりしたらすごくさみしそうだなぁ」
『果ての地』なんて名前からしてなんにもない荒地に風がびゅうびゅう吹いている感じだ。
図書室にたどりついたあとも頭の中はそればかり。
宿題はぜんぜん進まない。
だったら先に疑問を解決してしまおうって思って、ニーマさんたちがいる部屋に駆け込んだ。
「どうしたんだ、レン?」
剣のお稽古にいったはずのアルがちゃっかり座っていた。
ルナが急用で出かけて延期になったので、お菓子を用意してから僕のところに向かおうと思っていたらしい。
「ちょっと気になることがあって……『果ての地』ってどんなところか知ってる?」
アルに聞いたつもりだったけど、答えてくれたのは執事さんだった。
「新しく北方につけられる予定の開拓地ですな。確か『まやかしもの』が出没するとかで、術に秀でた者が赴くことに決まっていたはずですが」
天井につきそうなほど高く積まれた手紙を振り分けながら、険しい顔でうなずいた。
「なんだか大変そうだなぁ……」
『開拓地』というのは、冒険者が旅の間に見つけた場所のことだ。
正式な領土としてジアードにくっつけられるまでの間、「果ての地」とか「西の片隅」みたいに仮の名前で呼ばれるらしい。
たいていが荒野なので、そんな感じのネーミングばかりだという説明もしてくれた。
「そういえば、ルシルさんがスウィード様に謁見希望を出されてから兵の宿舎ではその話で持ちきりみたいですよ」
ニーマさんはお城に友達が多いからいろんなことを知っている。
特に噂話は得意ジャンルだ。
「ルシル殿が任地の希望を出すなど、まったくもって珍しいことですな」
いつもならどんな場所でも「お任せください」と笑顔で答えるだけ。
東へ行きたいとかあそこは嫌だとか、そんなことは一度も言ったことがないらしい。
なのに今回だけは違うのだ。
いったいどんなところなんだろう。
執事さんの話からすると、特別いい場所というわけではなさそうだからよけいに気になる。
「ね、アル。『まやかしもの』って何?」
「妖魔と似てるけどちょっと違うとか、変なのがいるけどなんだかよくわからないとか、そういうヤツだな」
正体不明なので退治方法もわからない。
だから、普通よりむずかしいらしい。
「だったら、お願いが叶うお祈りなんてしないほうがよかったかなぁ……」
なんだか悪いことをしてしまった気がしてちょっと落ち込んでいたら、ニーマさんがパッと何かひらめいた顔をした。
「でしたら、レン様の御髪をひとふさお守りとして差し上げたらいかがでしょう?」
「僕の?」
伸びた前髪をつまみあげながら、「えー?」って思った。
ぜんぜん効き目がなさそうだからだ。
「それは良いですな」
「俺も欲しいぞ」
アルはともかく、執事さんも同意したので、お守り袋二つ分の髪を切ってもらうことにした。
「こんなに切ってしまいましたけど、大丈夫ですか?」
ニーマさんのきれいな手のひらに僕の髪。
でも、「こんなに」というほどは多くなかった。
「ぜんぜん平気。どうせ明日には短くするつもりだったから、ちょうどいいよ」
ルシルさんのは薄い紫の布に銀色の糸で刺繍した袋。
トルグのは銀の布にきらきらした黒い糸。
どちらもとてもキレイで、袋だけなら僕も欲しいくらいだ。
「では、早速お届けしましょう。……リピピア!」
ニーマさんに呼ばれて出てきたのは頭に小さな角のある薄みどり色の鳥。
すごく鳥っぽい名前なのですぐに覚えられそうだなって思った。
「これをお願いしますね」
お守りを渡された時は普通に一回うなずいただけだったのに、届け先を聞いたら「え?」という顔になった。
なんだか困っているみたいに見えたから、「お仕事ふやしてしまってごめんなさい」って謝ってみたんだけど。
「いいえ、ありがとうございます!」
小さな首をふるふる振って、ぺこりと頭を下げたあと、受け取った包みと一緒にパッと消えてしまった。
ちゃんとしゃべれるんだってことにちょっと驚いたけど、よく考えたら配達係をしているくらいだから話せて当たり前だ。
それよりも。
「なんで『ありがとう』なんだろう?」
振り返ったら、やっぱりニーマさんが答えてくれた。
「リピピアはトルグのことを慕っておりますから、会いにいけるのが嬉しかったのでしょう」
子供の頃に大きな鳥に襲われて巣からこぼれたところをトルグに拾われたらしい。
というか、僕と同じでトルグの背中に落っこちたらしい。
「怪我の手当てをして、親鳥が帰ってくるのを一緒に待ってくれたらしいですよ」
「優しいんだね」
「トルグは子供が好きなんです」
そういえばルシルさんの子守もしたって言ってたっけ。
歯型が残るくらい噛みついたアルにだってとても優しいし。
「……いいなぁ、トルグ」
「あら、レン様もトルグがお気に入りですか? でも、トルグと同じ種類のものはもういませんからねぇ」
「どうして?」
「古い種ですから、彼以外は残っていないんですよ」
最後の一頭だって聞いてびっくりした。
僕がトルグならきっとすごくさみしく思うだろう。
「トルグは結婚しないのかな?」
子供がたくさん生まれたら、一匹くらいはトルグに似てるかもしれないのに。
「そうですな。ルシル殿が家庭を持たれたら考えるのでは?」
「……じゃあ、僕ルシルさんに『早く結婚したほうがいいよ』って言わないといけなかったんだ」
「しまった」って思ったけど、もう遅い。
「でも、まあ、とにかくこれで安心ですね」
ニーマさんが指先に糸をしまいながら満足そうにうなずいた。
「そうですな。ただでさえルシル殿は先王の血筋。兵を闇へ引くような妖魔がいる土地は避けねばならないはずですから」
「どういうこと?」
執事さんの話から、前の王様の親戚だってことはわかったけど。
それ以外はさっぱりだった。
「先王は失政により世界から罰せられ、闇に落ちたのです。ああ、『失政』というのは、間違った政治をすることですな」
前の王様の家族も王様に従っていた領主も兵隊も、みんな吸い込まれてしまって今は誰もいないらしい。
「先王の血筋の者は大半がそうして葬られました」
ただし、王様に味方していなかった人たちは別で、今でもどこかで普通に暮らしている。
ルシルさんはお母さんの方のおばあさんが親戚だったけど、王様やその周辺の人たちとは付き合いがなかったので助かったみたいだ。
「そっかぁ。よかったね」
でも、安心するのは早かった。
「ですが、残った者も決して暮らしやすくはないでしょう。『末裔まで罰を受ける』と言って忌み嫌う者は多いと聞きますし」
もちろんそんなものは迷信だ。
「罪を犯していないやつを世界が罰するはずがない」ってアルもいつになく真面目な顔でうなずく。
「どこにでも口さがない者はおりますのでな……それに、どんなに細くても『血』という糸が繋がっている以上、闇に足を引かれやすいのは本当ですので」
おかげでルシルさんが騎士になるときの審査は普通よりずっと厳しかったらしい。
なかなか試験に合格しなかったのもそのせいだろうってニーマさんがぷんぷん怒っていた。
「でも、今は隊長さんなんだよね?」
「ルシル殿は優秀ですからな。陛下もとても頼りにしていらっしゃるようですし、部下にも慕われております」
「それに、お綺麗ですしねぇ」
ニーマさんはルシルさんのような顔が好きらしい。
特に王騎士姿のときのちょっとクールな感じが最高だって言って楽しそうにクルリと回った。
「怒ると怖いけどな」
そう言ったのはアルだ。
きっとトルグにかみついた時にルシルさんから怒られたんだろう。
「そういえば、アルデュラ様はルシル殿が召還した獣騎士(じゅうきし)と大ゲンカなさったことがありましたね」
「ケンカってほどじゃないぞ」
おおげさな話にするなってアルが口を尖らせたけど。
「あれはアルデュラ様がお悪いのですよ」
ちょうど部屋に入ってきたばあやさんがちょっと厳しい口調で言った。
うしろにはきちんと畳まれた布巾や食器の入った箱が列になって弾んでいて、とてもにぎやかだ。
「けど、百頭も召還するのはずるいだろ」
普段トルグたちはルシルさんが持っている島で暮らしている。
住民はぜんぶ獣の姿をしているから、「獣騎士」と呼ばれているらしい。
「全部ルシルさんのナイトなの?」
「そうですよ。その気になれば大きな隊がいくつも組めるほどです」
ルシルさんの私設部隊は島の名前をとって『ラグドの獣兵』と呼ばれていて、王様もびっくりするくらい強いらしい。
「ルシル殿をお守りする獣騎士たちの姿を一度ご覧になってください。それはもう圧巻ですから」
「そうなんだぁ……」
トルグみたいのがいっぱいいるのなら、すごく強そうだし、頼りになるだろう。
もっといいのは、ふかふかであったかいことだ。
一緒に寝たら気持ちよさそうだし、いつも自分の側にいてくれるなんてすごくうらやましかった。
「でも、ラグドにはなんでそんなにたくさんいるの?」
ものすごいスピードでどんどん増えるのかなって思ったけど、そうではなかった。
「よそで捕まえたり拾ったりしたやつを島で育ててる。毛の色がみんな違うぞ」
「種類も違うのかな?」
「小さいのも大きいのもいる。たまにケンカしてる」
いろいろな種類がいたら育てるのは大変だろうけど。
牧場とか森とか公園とか、そういうところに大きさと色の違うふかふかがたくさん遊んでいるのを想像してみたらなんだかわくわくした。
「俺がもう少し大きくなったらひとつもらう約束をしてる」
「そうなのかぁ。いいなぁ」
僕も欲しいなって思ったけど、エネルが食べられちゃったりすると困るのでやめておいた。
「トルグは何歳なの?」
ようやく手紙を振り分け終えた執事さんに聞いたら、思いっきり首をかしげた。
「さあ……かなりのお年だろうということくらいしかわかりませんな。ルシル殿とは老騎士と孫娘のような間柄でしょう」
だからトルグはルシルさんの結婚の心配をしているんだ。
僕のおじいちゃんやおばあちゃんもときどき「レンはどんな子と結婚するかな」なんて話をしているから、それと一緒なんだろう。
「そうそう、そういえばトルグはルシル隊の副官殿が気に入らないんですね」
その話をするニーマさんは今までで一番楽しそうだった。
「オーレストですな。まあ、まだ若いですから、多少至らない所があったとしても無理はないですが」
ルシルさんの周りの人たちに関してトルグの評価はとても厳しいらしい。
「オーレストさんってどんな人?」
「騎士の中ではかなり優秀ですな。多少不躾なところはありますが、誠実で良い気質です。ただ……」
隊長であるルシルさんがルナと競うほどの腕前だから、副官としていつもすぐそばにいるオーレストさんはどうしても比較されてしまうらしい。
「つまり、見劣りするってことだな」
アルはいつでも正直なのできっとそれも本当のことだと思うけど。
「そんなはっきり言ったらかわいそうだよ」
オーレストさんだってすごくがんばってるかもしれないのに。
悪い噂ばっかりされたら、誰もルシルさんのところの副官にならなくなってしまう。
「そうですねえ。今でも『ルシル殿の補佐はちょっと』って方はいるようですよ。まあ、補佐役ならトルグがいれば十分ですから、嫌がる気持ちもわかりますけど」
たいていの騎士よりトルグのほうが強いんだからしかたないってニーマさんが笑う。
「じゃあ、オーレストさんもほんとは嫌なのかな?」
だったらかわいそうだって思ったけど。
「そんなことないだろ。あいつはルシルのことが大好きだからな」
周りからどう言われても絶対うれしいはずだって、アルは自信満々だ。
「そっか。安心した」
たとえ仕事でも好きな人の近くはきっと楽しいし、たくさん頑張れるだろう。
「アルってなんでも知ってるね」
「なんでも教えるやつがいるからな」
それが誰かは言わなかったし、特別誰かの顔を見たりもしなかったんだけど。
「あ、そろそろキッチンの様子を見てまいりますね」
あっという間にひらりと消えたので、たぶんニーマさんのことだったんだろう。
「ねえ、アル。王様はルシルさんに『行ってもいいよ』って言うと思う?」
「決める時はみんなで相談するからな」
「そうだよね。大事なことは王様ひとりで決めるわけじゃないよね」
なんて返事をしたのかすごく知りたいんだって言ったら、アルが自分の鏡に頼んでくれた。
アルから王様への伝言を預かる役目をしているらしい。
「これで大丈夫だ。けど、正式な任命書がルシルに渡されるまでは教えてもらえないぞ」
「うん。もちろんそのあとでいいよ」
自分のことじゃないんだけど。
なんだかドキドキしてしまって落ち着かなかった。



王様がルシルさんのお願いをきいてくれたと知ったのは歯みがきを終えてベッドに入る時。
鏡はとてもうやうやしくアルに伝言を渡した。
「トルグも一緒に行くんだよね?」
「もちろんだ」
「よかった」
一人じゃさみしそうだけど、トルグがいるなら安心だ。
「レン、何してるんだ?」
「お祈り。ルシルさんとトルグの仕事がうまくいきますように」
アルも隣に座って真似をしたけど、顔は上を向いていて目もぱっちり開けていた。
「今、空で何か光ったぞ」
「ほんと?」
僕には見えなかったけど、「うまくいく兆しだ」ってアルが大きくうなずくから、きっと大丈夫だって思うことにした。
「おやすみ、アル」
「寝てる間に明日何して遊ぶか考えておくからな」
「ほんと? 楽しみ」
ふんわりしたベッドに並んでもぐりこみ、二人で大きく伸びをした。


果ての地。
目をつむってもまだ僕の頭の中はルシルさんが行きたがっていた場所のことでいっぱいで。
だから、その時にはもう次の迷子先は決定していたのかもしれない。



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