Halloweenの悪魔
光る蝶




-7-

走ってその場をはなれたオーレストさんは、しばらくするとちょっと変わった形の細いシャベルを持ってもどってきた。
「先ほど倉庫の前で倒れているベーネを発見しました。村の警護に当たっていた者からも異常はないとの報告が。影響があったのはこの周辺だけのようですから、一回りして闇と繋がっていた穴が全て塞がったか確認してきます。隊長はこのままこちらで最終報告をお待ちください」
ちゃんと丁寧な言葉だったし、なによりもルシルさんをとても気づかっているのがわかる優しい話し方だった。
「……すまない、オーレスト」
「どういたしまして」
あんまり薄情な上官じゃ部下もついていく気がしないから、たまにはこんなこともあったほうがいいんじゃないかって。
オーレストさんは軽く肩をすくめた後、ちょっと離れたところで待機していた隊の人たちを率いて見回りに出かけた。



地面に挟まった片足を掘り出す作業は僕もトルグも手伝ったけど、土がすっかり固まっていたせいで20分くらいかかってしまった。
トルグがテントから運んできた呪文つきの布の上に影を横たえると、表面についていた黒いのが少しだけ剥がれて服が覗いた。
荒く織られた生地は、ところどころすりきれて色も褪せている。
ほころびは自分で縫ったのか少し大ざっぱな感じがした。
「レン様、せっかくいただいたお守りですが、使ってしまってもよろしいでしょうか」
「うん、もちろん」
真っ黒になった顔の上に髪をまいてあげるのだという。
少しでも安らかに眠れるように、って。
小さな声でそう言ったルシルさんはなんだか今にも泣きそうに見えた。
つまみあげた髪をパラパラと落とすと、シュワッと小さな音がして真っ黒な影が薄いグレーに変わる。
しばらくしてからそっと払うと、灰に似た粉がポロポロと剥がれ落ちた。
ルシルさんとトルグ、二人のお守りの中味を全部使い切ったとき、ようやく顔全体が見えた。
「……死んだ時のままなのね」
ウェルティ、と小さくつぶやいた。
ルシルさんの口調は、お城にいるときとも隊にいるときとも違っていた。
「わたくしの弟です」
ルシルさんが足を掘り始めたときから、きっとそうなんだろうって思ってた。
オーレストさんもちゃんとわかっていて、ルシルさんだけを置いていったんだろう。


横たわっている男の子は中学生くらいで、とてもやさしそうな顔立ちをしていた。
頭に包帯が巻かれていて、何かの事故でケガをして死んだらしいってこともわかった。
「痛み止めを飲んで眠ったまま亡くなったのでしょう。穏やかな顔で安心いたしました」
前に弟の話をしてくれたとき、ルシルさんは悲しそうだった。
なのに、今は泣くこともなく、ひざまずいたまま静かに見下ろしているのがとても不思議だった。
長く会っていなかったら忘れてしまうんだろうか。
そしたら悲しくなくなるんだろうか。
そんな疑問がわいたとき、うつむいた唇が震えていることに気づいた。
小さく開いた口が言葉を刻む。
「……こちらでは、死んだときに誰も泣く者がいなかったら、もう生まれ変わることはないと言われています」
二度とこんな辛い生涯を送らずに済むように。
最期を看取ることになっても泣かないと決めていたのだと告げた声は凛としていたけれど。
全部聞かないうちに、僕はどうしてもがまんできなくなった。
「……ごめ……んなさ……い。だったら、僕、泣いちゃ、ダメ……だっ……た、のに」
驚いた顔で振り返ったルシルさんは、こちらを見るなり少し困ったように笑った。
そして、スカーフをはずしてそっと僕の頬を拭ってくれた。
「弟には最後まで何一つしてあげられませんでした。いつか生まれ変わってもきっとまた辛い目に遭うだけだと。でも―――」
レン様が泣いてくださるのでしたら次はきっと幸せになれる気がいたします、そう言って僕を抱きしめたルシルさんの頬にも涙が伝わった。
「レン様」
「……は……い」
「ありがとうございます」
お礼を言う声が震えていて、それを聞いたらもっと悲しくなった。
「ごめ……んなさ……い」
「どうして謝られるのです?」
「だっ……て」
たとえずっと前に死んでいたのだとしても、悲しくないはずはない。
あんなに大事そうに弟の話をしてくれたんだから。
たった一人の家族だったんだから。
なのに、僕はどうしてルシルさんの気持ちを疑ってしまったんだろう。
「あの、黒いの、全部、きれいにして、あげよう」
しゃくりあげながらやっとそう言ったとき、ルシルさんは「すぐにお墓に埋めてしまうからこのままでいい」って首を振ったけれど。
「ううん。どうせ、今日切るつもりだったから」
作業用の短いナイフを借りてザクザク髪を切った。
弟の頭のてっぺんから足の先までパラパラと蒔いて、表面にこびりついた黒い皮が灰色に浮いてきたら手で払う。
トルグも大きな手で弟の手や足を拭いた。
とても大事そうに、そっとそっとなでてあげていた。


体についていた妖魔の残骸を全部落すのに三人がかりで30分くらいかかった。
「ありがとうございます、レン様。すっかり綺麗になりました」
荒れた手、少し日に焼けた顔。
髪も茶色だし、羽もなかったけど。
「……ルシルさんとよく似てる」
ひとりごとのつもりだったけど、隣りにいたトルグがうなずいた。
ルシルさんはただじっと弟の顔を見つめている。
汚れた手で涙を拭いたせいで頬が少し灰色になっていた。
「ウェルティ……ごめんなさい」
手紙を書くためのペンさえ満足に買えないような貧しい生活。
毎日一生懸命働いたけれど、ルシルさんが待っている家に帰ることはできなかった。
「……少しでも幸せだったことがあったかしら」
どうして何もしてやれなかったんだろう。
どうしてあのとき騎士の勉強を放り出して探しに行かなかったんだろう。
夢さえ諦めていれば、なんとか二人で生きていくことはできたかもしれないのに。
ルシルさんの後悔が僕にまで押し寄せてきて、どんどん苦しくなる気がした。
でも。
「ルシルさん、つらいことがたくさんあっても、一緒に暮らせなかったとしても、大好きなお姉さんがいるのは、それだけでとても幸せなことって、僕は思います。この髪飾りだって―――」
弟が大事に握りしめていた光る蝶。
体にはりついた妖魔を払い落とした時だって、ほんの少しも動かなかったけれど。
ルシルさんの指がそっと触れると、蝶はすぐにその手を離れた。
生きていたなら、「ありがとう」って笑ったルシルさんの顔が見れただろう。
そう思うと残念でならなかったけど。
「……やっと渡せたね」
最後だけでも大好きなルシルさんに迎えにきてもらえてよかった。
僕が弟だったらきっとそう思うだろう。


ルシルさんはそのまましばらくの間、大事なものを温めるみたいに両手で髪飾りを包んでいた。
「あの、ルシルさん」
頬も唇も鼻の頭も全部ぬれていたけど。
真っ赤になった目はいつもと変わりないやさしさで僕に向けられた。
「寂しくなったらお城に来てください。僕、お茶入れます。いつ来るかわかってたら、お菓子も焼いておきます」
ばあやさんにもニーマさんにもおいしいってほめてもらったから多分大丈夫だって説明する間、ルシルさんは少し微笑んで僕を見ていた。
「ありがとうございます、レン様」
そんな短い返事の間にも、涙は何度もあふれてこぼれ落ちる。
「前に陛下がおっしゃっていました。アルデュラ様の一番の才能は見る目があることだと」
どうして突然アルの話になったのか、僕にはよくわからなかった。
「そういえば、アルはまだたまごなのにルビーの目の色が赤いってわかるんだって。それに、箱を開けなくても中のお菓子が何なのか当てられるし」
きっとそういうことなんだって思ったけど、ルシルさんは泣きながらクスクスって笑った。
「レン様」
「はい」
「どうかお健やかにご成長なさってくださいませ」
弟の分まで。
そう言われたとき、また思いっきり泣いてしまいそうになったけど。
ギュッと口を結んでから、大きく一つうなずいた。
涙と一緒にルシルさんの泣き顔もポロリと落ちていく。
お城で会う時はすごく落ち着いていて大人っぽいけど。
今、僕の前で泣いているルシルさんは、本当に「おねえちゃん」って感じだった。


朝らしい光が葉っぱの間を通って森に降り、丘からはやわらかい風が吹いてくる。
向こうに見える山も、崩れてはいたけど、朝日に輝いてとてもきれいだと思った。
たくさんの人がいて、賑やかで楽しくて。
『今日もいい天気だからがんばって仕事をしよう』って起きるたびに思う、そんな毎日が繰り返される。
昔はきっとそういう場所だったんだろう。
通りに並んだたくさんのお店。
もらったお給料を握りしめて中に入って髪飾りを選んで。
家に帰ってからルシルさんの喜ぶ顔を思い浮かべながら手紙を書く。
「……うん、そうだよね」
大丈夫、きっと弟にだって楽しいことはたくさんあったよって思いながら。
涙は止まっていなかったけど、できるだけにっこり笑ってみた。

弟の前に座り込んだ僕らを照らしながら、日はだんだん高くのぼっていく。
お互いに涙を拭いてあげながら、少し笑って、また泣いて。
その間、トルグのふかふかの手はずっと僕らの頭をなで続けていた。



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