次の週にお城に来た時にはもう果ての地は表側にくっつけられ、ベル・エルリという名前がつけられていた。
果ての地を見つけた人のおばあさんの苗字から取ったらしい。
争い事があって闇に沈みかけた場所だから、新しく命名しなおしたほうがいいってことになったのだ。
「レンも見つけたら好きな名前をつけられるぞ」
『レン』にしてもいいし、マンガのキャラクターでもいい。
本当になんでもいいんだって言うアルはすごく楽しそうだけど。
「そうなのかぁ」
自分の名前はなんとなく恥ずかしいし、僕の好きなマンガはこっちの人にはわからないだろうし。だからといって新しく考えることにしたらすごく悩んでしまいそうだ。
「……まあ、いいや」
そのときになったらばあやさんかバジ先生に相談してみよう。
第一、冒険者にだってなれるかどうかわからないんだし。
「レンならすぐになれる。ルシルのところへ行って前より冒険者っぽくなった」
「そうかな? あ、でも、なんとなく迷子のはじっこをつかんだ気がするんだ」
「はじっこってどのへんだ?」
まん中と違ってはじっこはたくさんあるからなってアルが首を傾げる。
「ええと……迷子がたまごの形だとして、うしろからちょっとだけ出てるうさぎみたいな短いしっぽの先って感じかな」
「なんでたまご型なんだ?」
「転がってあっちこっち行くんだけど、まっすぐは進まないから」
「しっぽもついてるのか?」
「たぶん。すごくたまにならつかめるけど、いつもはつかむところが見つからない感じ」
そんな話をしながら大きなお菓子の箱を持ったニーマさんのあとをくっついて歩いていたら、声をかけられた。
「ごきげんよう、アルデュラ様、レン様、ニーマ殿」
ルシルさんだった。
「俺は朝にも会ったぞ」
「そうでしたね」
つまみぐいをするためにキッチンへ行った時らしい。
僕はまだ寝ていたから起こさなかったんだって説明までしてくれた。
「トルグは一緒じゃないの?」
「はい。わたくしはこれから会議ですので、その間は散歩でもしているからと」
たぶんまた庭師のおじいさんとボードゲームをするつもりなんだろうって笑ってた。
「何の会議なんだ?」
「ベル・エルリについての最終報告会です。オーレストはもう来ていますか?」
「ううん、僕はまだ会ってないよ」
「俺もだ」
僕らの返事を聞いたあともルシルさんはなんとなく周りを気にしていた。
「他にも誰か探してるの?」
「いえ……ただ、フェイシェン殿からイリス様が今日は灰色ではないとお伺いしたものですから」
ばったり会えないかと朝からずっと期待しているんだって話してくれた。
「え、そうなの?」
「俺も見てないぞ」
灰色じゃないとすると何色なんだろう。
すごく気になったけど、それについてはルシルさんも教えてもらえなかったらしい。
「ルシルさんは本当のイリスさんが何色か知ってる?」
「いいえ、わたくしは……ただ陛下が最初にイリス様にお会いした時のご様子を『呼吸するのを忘れるほど美しかった』とおっしゃっていましたので」
それ以来気になってしまってしかたないんだって、ちょっといたずらっぽく笑った。
「僕も会ってみたいなぁ。息するのを忘れちゃうってすごいよね?」
わくわくしながらアルを見たら、意外と涼しい顔をしていた。
しかも。
「イリスとは関係ないけど、俺もたまに忘れることがあるぞ」
「本当? どんなとき?」
僕も一緒のときだったら教えて欲しいなって思ったのに。
「いろいろ」
アルが何かをごまかすときはいつも「いろいろ」だ。
聞いて欲しくないんだろうって思うから、それ以上は確認しないことに決めているけど。
今日みたいにじっとこっちを見ながらニコニコしていると、とても気になる。
噂のオーレストさんはこの間よりちゃんとした騎士の服で現れた。
長い廊下のはじっこからゆっくり歩いてきて、僕らに気づいたとき、ちょっと顔を赤くした。
ドレスのルシルさんがあんまりキレイだからびっくりしてしまったんだろう。
「……まあ、わりといいんじゃねえか。髪飾りとも合ってるし」
そんなことを言う間もちゃんとルシルさんの顔を見なかった。
「当然だ。弟が選んだものだからな」
オーレストさんと話すとき、ルシルさんはいつだって男の人の言葉だ。
騎士同士だからしかたないのかもしれないけど、隊長と部下って感じのままだと仲良くなるのはむずかしいかもしれないなって思っていたら。
「ダメだな、オーレストは。そういうときは『さすがは弟君のお見立てですね。美しい髪にとてもよくお似合いです』って軽くひざまずいて指先にキスくらいするもんだ」
アルが真顔でそんなアドバイスをした。
「まあまあ、アルデュラ様ったら。どこで覚えていらしたんですか?」
ニーマさんは笑っていたけど、僕はびっくりだ。
そりゃあ、アルは王子様だから、お城に来た女の子にほめ言葉であいさつをすることもあるかもしれないけど。
なんだかアルらしくないって思っていたら。
「朝、フェイがやってた」
ルシルさんは「ああ、そうでしたね」ってうなずきながら笑いをこらえていたけど、オーレストさんは思いっきり顔を引きつらせた。
しかも、そのあとでもっと心配になるようなことが。
「おや、どなたかと思えば、フェザード殿ではないですか。このたびはベル・エルリの件、ご苦労様でした」
現れたのはたまにお城に本を借りに来ている男の人だ。
「ごきげんよう、ブラウイッシュ様」
朝ごはんのあとも図書室で会ったけど、本人は王立大学の学生で、お父さんが王様の友達で、おじいさんがとても偉い人らしい。
他にもたくさん自慢話をしてたけど、もう忘れてしまった。
『ルシルにだけちょっとなれなれしい』っていうのはアルから。
『トルグ殿がご一緒の時は会釈程度なのに、ルシル様お一人の時はしつこいくらいあれこれ話すんですよ』っていうのはニーマさんから。
それぞれこっそり聞いたことだけど。
「そんな他人行儀な……どうかハドニーと」
今まさにそんな感じだった。
僕らのことなんてぜんぜん見えていないみたいな態度なのに、ルシルさんには髪飾りはもちろんドレスや靴や手袋まで全部をほめまくりだ。
隣に立ったり、手を取ったり、ひざまずいたり忙しい。
「よろしかったら、このあとご一緒に庭を―――」
そんな誘いまでしていたけど、「報告会に出席しなければなりませんので」と、あっさり断わられていた。
それでも、ぜんぜん落ち込むこともなくて、
「せっかくお会いできたのに残念ですが仕方ありません。いずれお時間のあるときに改めて」
そう言うと、王子様みたいなフリルの袖口をなびかせながら手を振って、玄関の方へ歩いていった。
「あいつはルシルのことが好きなんだな」
アルがなんとなく不満そうに口を尖らせる。
「ブラウイッシュ様ですか? 名門のお家柄でお相手を選ぶのも大変だとおっしゃっていましたし、そのようなことはないと思いますが」
自分に声をかけるはずがないってルシルさんは信じているみたいだった。
「でも、もしそうだったらどうする?」
僕もちょっと心配だったけど、ルシルさんは「まさか」って顔で笑い飛ばした。
「どうもいたしません。ブラウイッシュ様はわたくしよりずいぶんお若いですし、もともと年下の殿方にはあまり興味がなくて」
女性だったら年下もかわいくて好きだけど、ってにっこり笑ってそれで終わり。
少なくともさっきの人のことはまったくなんとも思ってなさそうだったからホッとした。
「それでは、アルデュラ様、レン様、ニーマ殿。私は陛下のところにご挨拶に伺いますので。オーレストは先に会議場へ行って準備をしておいてくれ」
くるりと背中を向けたルシルさんはあっという間に騎士の服になって、そのままひらりと消えていった。
なんとなくいい匂いが残った廊下で、僕とアルはうなずき合った。
「あいつには興味ないって言ってたな」
「うん」
二人そろって「よかったね」ってオーレストさんを見上げたんだけど。
「……俺も年下なんだよ」
複雑な表情のまま「はあ」と深いため息をついた。
「残念だったな」
あっさりそう言ったあと、アルがオーレストさんの背中をポンポンたたく。
ニーマさんは口を挟んだりしなかったけど、どうやら笑いをこらえているみたいで、ときどき口元がふにふに動いていた。
「僕は大丈夫だって思うよ。ルシルさんだってオーレストさんのことはすごく信頼してるって言ってたし、トルグだって他の騎士の人たちよりはずっと―――」
でも、僕のなぐさめなんてちっとも聞こえていないみたいで、オーレストさんはルシルさんが消えた方向を眺めながらもう一度ため息をついた。
「……じゃ、俺も仕事してくるかな」
「いってらっしゃい」
僕に手伝えることは何にもなさそうだけど。
心の中で「がんばれ」って応援だけしておいた。
〜 fin〜
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