Halloweenの悪魔
王様の息子


-3-

部屋に戻ってきたとき、アルは王様に抱きかかえられて眠っていた。
「寝ちゃったの?」
せっかくお父さんが帰ってきたっていうのに、たぶん30分も話してない。
目を覚ましたらきっとがっかりするだろう。
「たっぷり君の自慢をして満足したんだろう。ほら」
王様が少し屈んでアルの顔を見せてくれた。
ニコニコしたままスースー息を立てている。
だっこしてもらっているのに平気で寝返りを打とうとするから、落っこちそうになったりしていたけど、王様は慣れているのかあわてることもなく抱えなおした。
「ベッドに寝かせてくるよ。その後でお茶にしよう」
こちらに向いたアルの背中。
閉じていた羽がゆるんで、いつかのケガの痕が目に入った。
王様も同じところを見ていたんだろう。
大きな手でそっと傷を包んで羽を畳みなおした。


もう一度戻ってきたとき、王様は普通の服に着替えていた。
真っ白なシャツにシンプルなパンツ。
王様にもお父さんにも見えないけれどすごくかっこよくて、アルも大きくなったらこんなふうになるのかなと思ったら、なんだか不思議な感じがした。
自分たちのお皿を下げたあと、ニーマさんがお茶を、ばあやさんがお菓子の用意をする。
「さすがニーマのお茶は絶品だね。いい香りだ」
こうやって王様とお茶を飲むのは2回目。
一度目はシィとケンカしたとき。
なんとなく気まずいのはあの時と同じだ。
「ひどいことを言ってすみませんでした」
最初にあやまった。
でも、王様は「どうして?」って感じで少しおどけた顔をした。
「いつも穏やかな君が、アルデュラのためにあんなに一生懸命怒ってくれるんだ。父親としてこんなに嬉しいことはないよ」
「ありがとう」とつけたした王様の笑顔は今までで一番やさしかった。
すごくうれしかったし、本当にホッとしたけれど、僕は勢いに任せて怒っただけ。
実際はぜんぜん役に立ってないってことはわかってた。
アルはいつだっていろいろしてくれるのに、僕は一度だってアルに何かをしてあげられたことがない。
お城の番人のところで闇の竜と戦った時も、庭の家に連れていくためにルピを捕まえてきてくれた時も、アルはあちこち傷だらけになっていた。
僕と友達を悪魔から守ってくれた時なんて、運が悪ければ死んでしまったかもしれないくらいのケガをしていた。
アルはもうぜんぜん平気だって言うけれど、羽の痕を見るたびにあの夜のことを思い出してしまう。
「ケガのことも、僕、ずっと気になってて……」
王様だってきっと悲しかったはず。
そして、どんなに心配しただろう。
正直に尋ねたら、にっこり笑ったままうなずいた。
「そうだね。戻ってきた時には本当に驚いたよ」
「……ごめんなさい」
アルはいつだって「大丈夫だ」とか「たいしたことない」ばっかりで、「大変だった」なんて言ったことはない。
「だから、僕もたまにはなにかしてあげたいって思ったんだ。でも、なんだか頭にきちゃってうまく言えなくて、先生のことも怒らせてしまって、そしたら……」
こんな簡単な説明さえ、話せば話すほどなんだかわからなくなる。
王様だってあきれているに違いない。
そう思ったら顔を上げられなくて、もやもやとゆれる湯気ばかり見ていた。
王様は隣でお茶を飲んでいたけれど、しばらくするとカップを置き、握った左手を僕の前においた。
なんだろうって思わず顔を上げたら、ぽふっと音がして。
「きゅ!」
開いた手から現れたのはエネルだった。
そういえば、もうお昼寝はとっくに終わっている時間だ。
エネルが退屈そうだったから、アルをベッドに運んだ帰りに連れてきてくれたんだろう。
ふわふわの頭には今日もねぐせがついていたけど、エネルはとてもごきげんだった。
どんなに忙しくても王様はみんなにやさしい。
なのに、僕は心配させるようなことばかりしている。
またうつむいてしまいそうになったけど、王様の人差し指が僕のあごの下でそれを止めた。
「レン君、アルデュラの羽のことは気にしなくていいんだよ」
「でも―――」
王様が指先で空中に描いたのはアルの羽の傷と同じ形。
「治療の時にね、痕をすっかり消してしまうこともできた。そうしなかったのは、あれがいつかあの子自身を守ると思ったからだよ」
翼を広げればアル自身にも裂け目は見える。
そのたびにきっとあの日のことを思い出すだろう。
大切な相手を自分の手で守れたという喜びと誇りを忘れずに大人になって欲しいから、わざとあのままにしておいたんだって言っていた。
「相手をひざまずかせて嘲笑うためではなく、誰かの幸せのために身につけた力は自然と信頼や好意を集めるものだ。いつかあの子が成長してこの城の主となった時、大事なのは魔力でも武力でもないからね」
本当に大切なものが何なのか、この先もずっとアルの傍でアルと一緒に考えて欲しい。
そう言われた。
「僕でもがんばれば役に立てるのかな……」
お城の中でさえまっすぐ目的地に辿りつくことができなくて、迷子になってばかりで。魔術はもちろん剣だって使えない。
アルの味方をしてあげたくても、言いたいことをちゃんと伝えることもできなかった。
ここにはすごく頼りになるばあやさんもニーマさんもルナもフレアもフェイさんもいて、僕なんてぜんぜんいらない感じなのにって思ったけど。
王様はまっすぐこちらを見たまま、とてもよく通る声で言った。
「共に成長し、悩み、笑い、助け合う。その役目を君にお願いできたらどんなに心強いだろう。アルデュラが君を連れてきた日から私はずっとそう思っているよ」
たくさん勉強をして、いろんな経験をして。
アルと一緒に大きくなって欲しい。
そしていつか、アルと一緒にこの世界を見守って欲しい。
王様のお願いはとても大変そうで、本当に僕にできるのか心配だったけど。
「王様、あのね―――」
ソラに何もしてやれなかったこと。
いつもアルに助けられてばかりなこと。
あちこち迷子になってみんなに迷惑をかけてしまうこと。
こちらで過ごす時間が長くなると数え切れないほどいろんなことがあって。
何もできない自分を悔しく思う回数も増えていくけど。
「僕もアルに負けないくらいたくさん勉強して、自分にできることを探します」
悔しいままでいたくないから。
今すぐじゃなくていいから、何か一つくらいは見つけたいって思った。


王様は大きく一つうなずいたあと、パッといたずらっ子のような顔になった。
「それじゃあ、まずは楽しい話をしよう」
たくさん頑張るためにはいつも明るい気持ちを持つことが大事なんだよって笑う。
「何がいいだろうね?」
いい機会だから聞きたいことあったら遠慮なくどうぞって言われたとき、まっさきに思い浮かんだのは自分にぜんぜん関係のないことだった。
「ええと……ずっと気になってることがあるんですけど」
本当になんでもいいですかって聞いたら、王様は「もちろん」ってうなずいた。
「じゃあ、えっと……もともとのイリスさんは何色なんですか?」
僕が会ったときは灰色だったってことも話した。
灰色じゃない日があることも聞いているけど、誰も何色なのか教えてはくれないってことも。
「ああ、それは確かに気になるね。レン君以外にも同じことを思っている者は多いだろうな」
テーブルに肘をつき、脚を組んで体を半分僕の方に向けた王様は本当に楽しそうにくすくす笑った。
「答えてあげたいが、それは実際に自分の目で確認したほうがいいだろう」
イリスさんと最初に会った時、あまりの美しさに思わず呼吸を忘れたんだって話もしてくれた。
ルシルさんが前に教えてくれたとおりだ。
「そんなにすごいのかぁ……」
「ああ、とても綺麗だよ。だが、レン君の髪と瞳もイリスに負けていない。わが子ながらアルデュラはなかなか見る目がある」
王様が僕の髪をちょっとつまむとキラキラと光がこぼれた。
エネルを手のひらから出したときもそうだったけど、王様のはものすごく「魔法だ!」って感じがする。
「髪や目の色はきれいなほうがいいんですか?」
「そうだね。王の立場で答えるなら、たとえただの友人であったとしても容姿性質ともに出来の良い子がいい」
美しさや聡明さは多くの者を惹きつける。
何かあったときには周囲から助けてもらえるだろう。
「その力をアルデュラに借してもらうこともできるからね」
味方は一人でも多い方がいい。
アルはいつかお城を継ぐのだからなおさらだ。
「民に慕われない領主がいると王も困るんだ」
「そっかぁ……」
確かにそうだ。
みんなと仲が良いほうがいいに決まってる。
そう思いながらうなずいていたら、王様がまた僕の髪からキラキラを飛ばして、「でもね」ってニッコリ笑った。
「父親として言うなら、髪も目も種族も出身も何も問わない。あの子を大切に思ってくれるなら他は何も必要ない」
だから、ずっとアルのそばにいて欲しい。
そう言ってくれた。


壁に埋め込まれている大きな時計と何かの相談をしてから、ばあやさんはまた席に着いた。
ニーマさんもみんなに違う色のお茶を入れたあとでふんわりと椅子に座った。
「それにしても、まさかアルデュラがハンカチを持っているとはね」
王様がおおげさに驚きながらみんなを見回す。
僕と違ってアルはいつも欠かさずポケットにハンカチを入れているのに。
それもおいしそうな匂いつきだ。
どうしてそんなことを不思議に思うのか僕にはぜんぜんわからなかったけど。
「レン様がお見えになる時はきちんとご用意されています」
ばあやさんはとてもよく分かってる顔でそう説明した。
「そうか。本当に知らないことばかりだな」
もっと小さな頃はハンカチなんて持ったことがなくて、自分の服はもちろん、近くにいた人の上着の裾、王様やフェイさんの髪の毛で手を拭いてしまうこともあったらしい。
僕なら誰かの髪で手を拭くことなんて絶対に思いつかないだろう。
「アルっておもしろいなぁ」
みんなでたくさん笑ったあと、今度は僕が最近のアルのことを話した。
ハンカチには毎日違うお菓子の匂いがついているけど、月曜日だけは何の匂いかちっともわからないこと。
この間、フェイさんの真似をしてオーレストさんにほめ言葉のアドバイスをしていたこと。
歯みがきはちゃんと寝る前にするようになったこと。
「でも、目が覚めるとまっさきにキッチンにつまみぐいに行くんだ」
「そういえば、ずいぶん背も伸びたね」
「うん。僕、もうすぐ追いつかれちゃうかも」
王様は僕の髪を2,3回なでたあと、しばらくの間、その手のひらを眺めていたけれど。
スーツのような服を着た角つきの鳥が戸口から恭しく声をかけると、パッと仕事の服に戻って立ち上がった。
「慌しくて申し訳ないが、そろそろ戻らないといけないようだ」
僕たちよりも王様のほうがずっと残念そうだったけど。
「楽しい週末を」と言ったあと、クルリと背中を向けた。
すぐにニーマさんが立ち上がってうやうやしくお辞儀をした。
僕もあわてて真似をしたら、椅子をひっくり返しそうになってしまった。
部屋を出ていくちょっと前。
見送るために後ろからついていったばあやさんに向かって、王様が楽しそうに話していたのはこんな言葉。
「ねえ、メリナ。10年もしたら、かなり背が高くなりそうだ。伴侶の椅子は少し大きめが―――」
そこでドアが閉まってしまったので、つづきは聞けなかったんだけど。
「……『はんりょの椅子』ってなんだろう?」
イリスさんの友達かなと予想しながら、部屋に残っていたニーマさんの顔を見上げてみたけれど。
「え? えー……と、それは、また……レン様がもう少し大きくなられたら、スウィード様かアルデュラ様からご説明があるかと……」
いつも思うけれど。
こちらのしきたりは複雑で、こんなふうにすぐには教えてもらえないことがすごく多い。
「それも内緒なの? それともバジ先生に教わったらわかること?」
今すぐ知りたいと思っても。
「えええと……お勉強とは関係なくて、もう少し大きくなられたら、ということですね」
やっぱりどうにもならないらしくて、ちょっと残念だ。
「じゃあ、それまで待ってようかな」
知りたかったことはずっと忘れないように。
ポケットにしまっておいた小さなメモ帳を取り出して、『はんりょのいす』と書いておいた。
その間、ニーマさんはホッとしたような、それでいてちょっと困ったような顔で笑っていた。

                                     fin〜


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