Halloweenの悪魔
エンデの森


-1-

今日はアルが妖気祓いの儀式をする日なので、僕も一緒に早起きをした。
昨日の夜、「レンも行くぞ!」って言われたからだ。
はじめ、エネルはお留守番の予定だったんだけど、そう言ったらすごく悲しそうな顔をしたのでいっしょに連れて行くことにした。
「移動用のバスケットでございますか?」
「うん。エネルのベッドの代わりになるようなのがいいんだけど」
本当は肩の上がいいみたいなんだけど、長い時間になると途中で眠くなって落っこちてしまうのだ。
「大きさはこれくらいでよろしいですか?」
「うん!」
朝ごはんのあとで執事さんから渡されたのは、窓のついたランチボックスのようなカゴ。
中にはふかふかのタオルが敷いてある。
呪文がかけられているので、たとえば僕が思いっきり走ってしまっても中は揺れないようになっているのだと教えてくれた。
「ありがとう。エネルも気に入ったみたい」
「それはようございました」
かごを抱えてアルのクローゼットに行った。
クローゼットと言っても僕の家のリビングよりずっと広い。
ずらりと並んだ洋服の間でかくれんぼができそうなくらいだ。
「おはようございます、レン様。お食事はもう済みました? でしたら、お召し替えをお願いしますね」
ドアを開けた途端、ニーマさんに捕まった。
僕の今日の服装は襟のついたシャツとハーフパンツ。
「これじゃダメ?」
いつもより少しちゃんとしてると思ってるのは僕だけだったみたいで。
「アルデュラ様は式典用の礼装ですし、それに合わせてレン様もフォーマルなお召し物にしましょうね」
ニーマさんが持ってきたのは薄い水色のシャツと白いハーフパンツ。
上着も白で、水色の線で縁取られている。襟元のリボンは白。
あとは、足首のところを折り返したバスケットシューズみたいなブーツ。
それも白と水色だった。
「妖気払いのゲストですし、晴れた空の色にしてみました。お気に召さなければ、以前のパーティーの時に陛下がお作りになったのがまだまだありますから」
いくらでも違うのを用意するし、この先たくさん式典やパーティーに出ることになってもちっとも困らないですよって言われたけど。
「僕、ちゃんとした所はあんまり得意じゃないんだけどな……」
考えただけでちょっと緊張してしまう。
「大丈夫ですよ。アルデュラ様がご一緒ですから」
鏡の前で執事さんに首のボタンをとめてもらっているアルは、襟の高いスーツに長いマント。
どちらも黒っぽい色だけど、マントの裏側だけは明るい水色だった。
なんだかとても魔術師って感じだ。
「アルは王子様だからそういうのは得意かもしれないけど」
ちゃんとした服で行く場所では、ちゃんとした振る舞いが必要だ。
ぜんぜんそういう経験がない僕には心配なことだらけなんだって正直に話したら、ニーマさんは大きく一つうなずいてからさっきの言葉を言い直した。
「大丈夫ですよ。王子様なのに、今ひとつお行儀がよろしくないアルデュラ様がご一緒ですから」
しかも『王子様なのに今ひとつお行儀がよろしくない』の部分だけちょっと声を大きくしてニッコリ笑う。
ついでに「仮にレン様が何か失敗なさってもアルデュラ様に比べたらぜんぜん目立たないですから平気ですよ」って励まされたけど。
「……そうかなぁ」
テキパキと僕の服を整えたあと、ニーマさんがお裁縫道具の置かれた作業台に小さな布を並べる。
僕らが着替える間、ボタンを転がしたりリボンにからまったりしていたエネルも白いベストを着せられた。
「そんなにご心配なさらなくても、レン様はお生まれになったお国も違いますし、何よりまだお小さいですし」
きちんとした作法ができなくても可愛らしいって思われるだけですって言いながら、エネルに小さな蝶ネクタイをつける。
でも、首元がふわふわすぎてリボンが埋まってしまい、もう一度やり直した。
今度は呪文付きなので、毛に隠れたり回ったりすることなく、あごの下にちゃんと収まった。
「あ、でも、この機会にお勉強なさるのもいいかもしれませんね」
次までにたくさん招待を受けて慣れてしまえばいいって言って、ポンと手を叩く。
「うん……じゃあ、呼んでくれる人がいたら、アルと一緒に出かけてみようかな」
お城に遊びに来る人たちはみんなとても優しくて親切だから、僕でもきっと大丈夫だろう。
「では、メリナ様が戻られたらお話しておきますね。スウィード様と親しくなさっている方のお屋敷でしたらそれほど堅苦しいことはありませんので」
王様はとても友達が多いので、お茶会くらいなら行き先には困らないらしい。
「最初はバジ先生の家でもいい?」
それならフェイさんだっていてくれるかもしれない。
失敗したところは何がダメだったのか正直に教えてもらえるって思ったんだけど。
「ええ、でも……エルクハートでお作法が学べるかどうかは……」
城主があんなご様子ですからねぇ、ってニーマさんが肩をすくめた。
確かにそのとおりだ。
バジ先生なんて、まるで自分の家のように王様のお城に入ってきて、挨拶もなしに「フェイシェンは?」って尋ねるのだ。
お行儀の勉強をしているとは思えない。
「でも、フェイさんはちゃんとしてるよね」
いつだってどこかの王子様みたいにカンペキだし、って思ったけど。
イリスさんと話すときだけはぜんぜん違ってたっけ。
「そういえば、エルクハートのお城を取り仕切っている方はものすごくきちんとしていらっしゃるとみなさんおっしゃってて……でも、肝心のバジーク様はあんなですよねぇ」
噂はあまりあてにならないかもしれないと思ったのか、ニーマさんは「あとでフェイシェン殿に確認してみましょう」って言ってその話を終わらせた。
「じゃあ、バジ先生の家じゃダメかな?」
「そうですねぇ……でも、遊びに行くならエルクハートはとても良いところですよ。きれいなお水がたっぷり流れていて、緑が多くて明るくて、何より食べ物がとても美味しいんです。土地の制約がなければ、あのお水とミル・ロワのはじっこをジアードに引っ張ってきたいくらいです。あ、『ミル・ロワ』っていうのは、エルクハートにある大きな果樹園ですよ」
毎日お城のご飯を食べているニーマさんがほめるくらいだ。
ものすっごくおいしいに違いない。
「そっかぁ。行ってみたいなぁ」
バジ先生の家ならアルと二人で行っても平気だから、それも併せてばあやさんに聞いてもらえることになった。
「とにかく、今日のお茶の席は祓いの儀式のおまけみたいなものですから、あまり難しく考えなくて大丈夫ですよ。町長さんはリドレッド様とお親しくなさってたとかでアルデュラ様にも甘いですし、きっとお城よりカジュアルな雰囲気だと思います」
「うん、わかった」
それなら普段どおりにしていればいい。
ちょっと安心だ。
「では、アルデュラ様の付き添いのお役目、頑張ってきてくださいね」
「はい」
「あら、頼もしいお返事。今日のは小さな町の行事ですけど、こうやって少しずつご出席なさればあとあと役に立つことも多いと思いますし、城の者もみんな期待して―――」
そこでまたいつもの咳払いが聞こえたから、ニーマさんは「あ」という顔のあとですぐに話を変えた。
「ええと……その礼服、とてもよくお似合いですよ、レン様。エネルもおそろいにしてよかったです。並ばれるといっそうお可愛らしくて」
「ありがとう」
それよりも。
今までずっと咳払いはばあやさんだと思ってたのに。
「……今日ってばあやさんは留守だよね?」
「ええ。お戻りは来週ですね」
だったら、あれは誰なんだろう。
また新しい疑問ができてしまった。



すっかり支度ができてから、会場までの道順を聞いた。
石切り場がたくさんある町で、お城からはけっこう遠いらしい。
「扉を3つくぐって、そのあとはドラゴンに乗っていくぞ」
みんなとても忙しいので、お城の人の付き添いはなしだ。
ということは、僕とアルと、僕らを乗せてくれるドラゴン二人で合計4人……って思ったけど。
「あれ?……なんかたくさんいる」
アルに連れられて庭に出たら、ズラリと長いしっぽが並んでいた。
「式典だからな。賑やかなほうがいいだろ」
たくさんのドラゴンはみんな薄いキャラメル色。
ルナやフレアのような竜騎士ではなくて、普段はお城の修理とか道路の工事とか橋作りとかをしているらしい。
「兵隊さんじゃないんだね」
「大きいものばかり作る大工ってところだな」
ドラゴン隊は全部で16名。
体は大きいけど、強そうというより優しそうな感じだった。
今日の役目は僕らを無事に町に送り届けることと、万が一アルの呪文が失敗して何かを壊した場合の修理、それから「ファンファーレ」なのだと、アルが説明してくれた。
「ファンファーレ?」
小さい声でつぶやいたら、アルがドラゴンの前に置いてあるスーツケースみたいなものを指差した。
「式典用の音楽のことだ」
「あー、それかぁ」
うなずいた僕の目の前。
ジアードの旗と同じ青と銀に塗りわけられたラッパやシンバルをケースから取り出し、みんなで並んでいそいそと磨きはじめた姿はなんだか可愛かった。


ピカピカになった楽器がすべて箱にしまわれたのを確認してから、アルが片手を上げた。
「出発するぞ!」
隊長さんらしき一番大きなドラゴンが先頭に立ち、残りは大きい順に後ろについた。
アルは2番目、僕は3番目のドラゴンの背中にそれぞれ乗せてもらって、お城の門を出る。
行き慣れた市場とはぜんぜん違う方向に歩きながら扉を3つくぐると、目の前は一面の草原となった。
「うわー、広いね」
黄みどり色の中にある広い一本道。
ときどきザーッと涼しい風が吹きぬける。
そこを2列になって走っていった。
体が大きいんだからドタドタと足音がするんじゃないかって思っていたのに、みんなびっくりするほど軽やかで、聞こえるのは風に揺れる背の高い草の音ばかり。
雲の上を歩いているみたいにふわふわしながら、青い空の下を進んでいった。
「気持ちいいね!」
「そうだな!」
僕の頭の上にのっかっていたエネルも楽しそうに「きゅう!」と鳴いた。
ずっとこのまま走ってくれたらいいのにって思ったけど、目的地は意外とすぐに見えてしまった。
「あそこだ」
アルの人差し指の先には大きな門。
すでにたくさんの人が待っていて、しかも恭しくお辞儀をしていた。



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