Halloweenの悪魔
エンデの森


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「遠い所をようこそお越しくださいました」
ドラゴンに乗った僕とアルを見上げながら笑顔で迎え出てくれたのは町長さん。
ばあやさんくらいの年の女の人で、ふんわりしたグレーの髪がとてもいい感じだ。
見た目のとおりとても優しい人なんだろう。
僕がドラゴンから降りるとき、エネルが転げ落ちないように手を添えてくれた。
アルが僕とエネルの紹介をして、みんなで簡単なあいさつを交わしたあと、町長さんと隣りに立っていた補佐役の人が片膝をついて片手を胸に当てた。
「本日はよろしくお願いいたします」
見ていた町の人たちもいっせいにそれにならう。
白とか黄色とか水色とか、誰もが明るい色の服を着ているのは儀式の日だからなんだろう。
家の門や柵も明るい色の布や花で飾られていてとても賑やかだった。
「大丈夫だ。任せておけ」
アルは今日も自信満々だ。
でも、みんながすごくむずかしいって言ってる呪文を使わなければならないのだから、これくらいのほうが安心するだろう。
町長さんも補佐の人もにっこり笑って立ち上がった。
「早速ですが、アルデュラ様はあちらでご準備をお願いします」
すっと上げられた手が神殿のような場所を指し示すと、アルは大げさにうなずいて見せた。
「わかった。レンを頼むぞ」
「お任せくださいませ」
町長さんはそのまま見送ろうとしていたのに、そばにいた補佐の人がちょっと困ったように引き止めた。
「あの、アルデュラ様……主賓席は、いつもより心持ち離れた場所にしたほうがよろしいですか?」
たいしたことじゃないのにどうしてこんなに言いにくそうなのか不思議だったけれど、アルにはちゃんと分かったみたいで。
「もっと前でもいいぞ。そのほうがよく見えるからな」
クルンと振り返るとグンと胸を張った。
ついでに。
「安心しろ。この程度の呪文で失敗することはない」
ふふんって顔で笑うと、先に神殿の前に並んでいるドラゴン隊のところに歩いていってしまった。
残された補佐の人は「どうしましょう」という顔をこちらに向けたけれど、町長さんはぜんぜん気づかなかったみたいで、微笑んだままアルの後ろ姿を見送っていた。
「本当に頼もしくご成長なさって。お母君によく似ておいでです」
そういえば、町長さんはお母さんと仲が良かったってニーマさんが言ってたっけ。
「リドレッド様も一度口にされたお約束を違えたことはありませんでした」
そういう時のお母さんと話し方も表情も瓜二つだって。
懐かしそうに目を細めた様子はどこか誇らしげだった。
「アルはいつでも自信満々だけどな……」
なんとなくつぶやいてしまってから、「あっ」って思ったけど。
「ええ、そういうところもそっくりでいらっしゃいますね」
町長さんはとても楽しそうに笑ってドラゴン隊に向けて小さく手を振った。


アルたちの姿が見えなくなってから、後ろに控えていた人に目で何か合図をすると、目の前に大きな扉が現われた。
「では、お席にご案内いたしましょうね」
「はい」
僕がうなずくとエネルも真似をして「きゅっ」と鳴く。
町の人たちもまだみんなそこにいて、ニコニコしながら僕らのほうを見ていた。
エネルが珍しいんだろう。
ときどき、「ふわふわだねえ」とか「小さくてかわいらしい」という声が聞こえてきた。
「儀式の舞台は少し遠いですので、レン様にはあちらのテラスからご覧いただきます」
門を背中にして、真正面の位置に町長さんの右手が向けられる。
丘と言うには少し高くて、山と呼ぶにはちょっと低い感じの頂上に白っぽい建物が見えた。
両脇には三角の塔が二本ずつ。
絵本に出てきそうな可愛いお屋敷だ。
それにしてもずいぶん遠いんだなって思ったけど。
「扉を3つほど使えば3分程度ですから」
そう言われてほっとした。
町の人たちにいったんお別れをして、最初のドアを抜ける。
「エネルちゃんは大人しくていい子ね。おそろいのお洋服もかわいらしくて」
町長さんは僕の歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、ときどきエネルにも話しかけてくれた。
全部をちゃんとわかっているわけじゃないと思うけど、エネルはすごく楽しそうに「きゅっきゅ」と返事をしていた。


3つ目は小さな門のようなドア。
開いた瞬間、目の前に空が広がった。
「本当に丘のてっぺんなんだなぁ」
下を見ると、左側にそら豆みたいな形の町。
右側には濃い緑の森と大きな岩山。
「ここは町も石切り場も両方見渡せるのでとても便利なのです」
並んだ家はどれも真四角で小さなアパートみたいな形。
屋上には椅子やテーブルが置かれている。
あざやかなテーブルクロスや椅子に巻かれた布のせいで、なんだかカラフルなおもちゃみたいに見えた。
「儀式はあちらで行います」
指し示されたのは森と山の間にある見張り台のようなもの。
飾りのついた鉄の枠組の上に真っ白な石の板がのっけられている。
アルはあんな高いところに立って呪文を唱えるんだと思ったら、心臓がバクバクしてしまった。
「かなり遠いですからアルデュラ様のご様子はあまり見えないかと思いますが、終わるまではあちらにご用意いたしました主賓席でお待ちください」
振り返ると幅の広い階段つきのテラスがあって、その一番上には王様が座るみたいな豪華な椅子が二つと、小さなテーブルが。
片方が僕の席で、もう片方はアルが戻ってきたときに座るらしい。
階段の下にはごく普通の椅子とテーブル、そして、かなり大きな椅子とテーブルがセットで並んでいた。
普通のほうは町長さんや他の役員の人たちのもので、大きいほうはドラゴン隊用だ。
「町の者たちもそれぞれの自宅から拝見することになっております」
もう一度左ななめ前を見下ろすと、さっきまで門の側に立っていた人たちが家族そろって屋上に出ていた。
お天気がいいからとても気持ちよさそうだ。
「後ほど道にもテーブルや椅子が並べられます。皆で食べたり飲んだり、歌ったり踊ったりするんですよ」
「わぁ、楽しそう!」
祓いの儀式が終わった日は一番安全だから、一晩中大騒ぎするのだという。
「レン様ももう少し大きくなられたら、ぜひまたお越しください」
そしたら夜通し遊べるからって言われて、ものすごく大きな声で「はい!」って返事をした。
歌ったり踊ったりしている人たちを思い浮かべながら、うきうきした気分で空を見上げる。
まっ白い雲がそれぞれ違うスピードで流れていて不思議な感じだった。
こうしている間もアルは準備をしているのになんだか悪いなって思ったけど。
儀式はきっと大丈夫だから、戻ってきたらすぐに「大きくなったらまたいっしょに来たいな」って誘ってみることに決めた。
「レン様」
考え事をしていたせいで町長さんが呼んだことに気付かなかった。でも、エネルが代わりに「きゅう」って返事をして、僕のほっぺをつついてくれた。
「あ……ごめんなさい」
「どうかお気になさらず。はじめての土地でお疲れでしょう。支度が整うまで、こちらでお茶でもいかがですか?」
「ありがとうございます」
すぐ側のテーブルにきれいな花模様のカップが置かれる。
いきなりテラスの上の王様椅子に座るのは緊張しそうだったから、ちょっとほっとした。
補佐の人に椅子を引いてもらって腰を下ろし、町長さんと同じテーブルで温かくて甘いお茶を飲んだ。
町の話を聞く間、お屋敷のほうをよく見たら、壁と同じ白い柱や床に薄いマーブル模様が入っているのに気づいた。
しかも太陽が当たっている場所はかなりキラキラしている。
「この石、中に宝石が入ってるの?」
首を傾げて角度を変えてみると、中にある粒が光ってとてもきれいだ。
「宝石と呼ぶには小さいのですが」
キラキラ大理石は町の特産品で、森に囲まれたあの岩山から切り出されているらしい。
「このおかげでほかの土地に比べると暮らし向きは良いのですが、そのせいで妖気がたまりやすくて……」
お金になるものが採れる場所には欲が生まれやすい。
定期的にお祓いをしないと、町ごと闇に飲まれてしまうのだという。
そういえば、ルシルさんが妖魔退治に行った場所もそんな感じだった。
「前回の儀式は5年前で、アルデュラ様もメリナ様とご一緒にいらっしゃいました」
ばあやさんが『勉強のため』と言って連れてきたらしい。
「でも、アルはまだすごくちっちゃかったんじゃ……」
「ええ。それはもうお可愛らしくて、お元気で」
そのとき式を行ったのはこの町で生まれ育った男の人。
妖気祓いを仕事にしているけれど、一度では済まなくて四回くらい呪文を唱えたんだって言っていた。
「何度やってもいいの?」
「表向きは一回限りってことになっておりますが、大きな失敗さえしなければ分割して片付けても問題はないようです」
だったらもっと強い魔術師の人を呼んでくればいいのにって思ったけど。
そうしないのにはちゃんと理由があった。
「実は、この土地に対して責任がある者でなければ祓えないと言われているのです」
だから、どうしても町と縁のある人が行うことになるのだ。
「その点、アルデュラ様でしたら申し分ありません」
責任の順番は、一番が王様で、次が領主。
でも、ここはジアード領なので王様も領主もアルのお父さんだ。
「こんな小さな町の儀式に、ご領主自身がわざわざお見えになるなんてありえませんし、ご親族が代わりにいらっしゃることだって普通なら考えられません」
王様や領主やその家族が忙しいっていうのも理由の一つではあるけれど、何よりも祓いの呪文はとても難しいので、たとえ領主や親族でもどうにもならない場合がほとんどだという。
「たいていは領主付きの魔術師か、土地に縁のある祓い師が代行いたします。陛下のご子息で次期領主のアルデュラ様に執り行っていただけるなんて、とてもありがたいことなんです」
「そっかぁ」
やっぱりアルはすごいんだなって感心した。
「ずいぶんとお時間を割いてお勉強なさったんでしょうね」
「うん。ずっとこればっかりやってました」
昨日の最後の練習のときは、ばあやさんからもカンペキだってほめられてたから絶対大丈夫ですって言ったら、少し離れたところで聞いていた人たちもみんな「うんうん」って感じでうなずき合っていた。
「あとは、そうですね……緊張なさらなかったらいいんですけど」
ここからでは表情までは見えないからちょっと心配ですって町長さんは言うんだけど。
「きっと平気です。アルは本番に強いタイプだから大丈夫だって」
「それもメリナ様が?」
「ううん。お城の人みんなが」
僕もそう思うよって言ったら、町長さんは「そういうところもお母君似なのですね」ってにっこり笑った。
岩山の前にある見張り台のほうに顔を向けると、アルの服がなびいているのが見えた。
僕らがいるところと違って風が強いんだろう。
こちらに背中を向けているはずなのに、ときどき黒いマントがすっかり裏返って水色になった。
それでもアルは少しも揺らぐことなく、岩山の方を向いてしっかりと立っていた。
「次の儀式の時には、お二人ともずいぶん大きくなっていらっしゃることでしょうね」
「また5年後ですか?」
だったら、僕は高校生。
大人にはなってないけど、今よりはずっと大きいだろう。
「時期ははっきりとは決まっていないのですが、だいたいそれくらいだと思います」
こうやって儀式をしたあとは、年に3回か4回くらい魔術師の人が様子を見にくる。
妖気がたまっていないか、変わったことはないかをチェックして、「そろそろですね」と言われたらまた祓いの呪文をやるのだ。
検査の当番がフェイさんのときは、町の人みんながちょっとだけ仕事を休んでお茶会に顔を出すらしい。
「お顔を拝見できる機会などめったにありませんから、若い者など一週間も前からそわそわしてしまって……」
この町からも秀でた魔術師が出ればよいのですがって言って、町長さんがちょっと残念そうな顔をした。
「子供が生まれなくなってずいぶん経ちますので、若い者が少ないことのも原因の一つなのですが、それにしても王立大学どころか予備校にさえ合格する者がいないというのは……」
僕はこちらの学校のしくみを知らないので、王立大学がどれくらいすごいのかもぜんぜんわからないんだけど。
「魔術師になるには王立大学に入らないとダメなんですか?」
「そういうわけではありませんが、素晴らしい先生がたくさんいらっしゃいますので」
アルのお父さんが王様になったあと、王立大学は貴族以外も入れるようになったけれど、小さい頃から優秀な家庭教師をつけてもらえるお金持ちの家の子と違って、町や村の学校に通っているだけの子供たちにはとても難しいらしい。
「王立大学の中でも魔術科は特にレベルが高いですから、なんとか入学できたとしても卒業するのは困難なのです。何年もかけてやっと合格しても、途中でやめてしまう者も多いと聞きます」
「じゃあ、普通のうちの子で大学を卒業した人はあんまりいないんですか?」
「そうですね。……もっともフェイシェン様のように、もともとは貴族のご出身でなくても主席で卒業なさる方がいらっしゃいますから、やはり努力次第ということなのでしょう」
フェイさんが大学を受けた時はもうバジ先生の家の子だったらしいけど、それでもみんながびっくりしたらしい。
一年や二年勉強したところで魔術科にすんなり入れるものではないからだ。
「そっかぁ。でも、フェイさんって苦手なことなさそうだもんなぁ」
魔術も執事見習いとしての仕事もかんぺきで、王様の軍の中でも大活躍だってルシルさんも言っていた。
イリスさんと対等に話せるのもすごくいいと思う。
自分のお兄さんだったら、すごくいっぱい自慢するのに。
「ところで、レン様」
こほん、という控えめなせき払いのあと、もっと控えめな声で質問があった。
「フェイシェン様はエルクハート公とはまだご結婚なさらないんでしょうか?」
ひそひそ話くらいの感じで聞かれたのに、思いっきり「え!?」って返してしまった。
だって、エルクハート公というのはバジ先生のことだ。
バジ先生はいつだってフェイさんをかわいいって言ってるけど、結婚とかそういう方向だとは思わなかった。
僕がびっくりした顔のまま固まっていたせいだろう。
町長さんはあわてて口を押さえて「申し訳ありません」って謝った。
「下世話な噂話でしたね。今のはお聞きにならなかったことに」
「あ……ううん、大丈夫です。僕こそ、ぜんぜんわからなくて……ごめんなさい」
なんだかドキドキしながら答えたあとで、頭の中を整理してみた。
バジ先生はフェイさんを「家族みたいなもの」って言ってた。
でも、あんまり仲は良さそうじゃないなって思ってたのに。
「……婚約してるって意味だったのかな」
思わずつぶやいてしまったら、町長さんがもっと困った顔になった。
「どうかそのことはお忘れになってください。私の早とちりのようですから」
でも、町長さんの他にもバジ先生とフェイさんの仲が気になる人はたくさんいるみたいで。
さっきまでじっとこちらに耳を傾けていた人たちが急に隣の人とお天気の話を始めたりしていた。



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