Halloweenの悪魔
エンデの森


-5-

金色と銀色の花火を合図にお祭りが始まる。
最初はお茶会。
それも儀式の日のお作法として決まっているらしい。
やすらかな気持ちで今日の成功を祝い、平和な日々がつづくことを願うのだ。
「夕方まで飲酒は控えるという慣わしなのですが……」
手順の本にはっきり書かれているわけではないので、お茶に果実酒を入れてしまう人もいるし、ハーブティーを一杯飲んだらすぐにワインを開けてしまう人も多いらしい。
「待ちに待った祝い事ですから、楽しい気分を満喫したいという気持ちも分かるのですけれど」
おかげで、夜からはお酒のトラブルもけっこうあって、それが悩みなのだとため息をついた。
僕らはお茶会が終わったらお城に戻る予定なので、酔っ払った人がケンカをしたり、道で吐いたりしている場面に出くわすことはないはず。
それはいいことなんだけど、通りに出るお店をのぞいたり、町の人といっしょに踊ったりできないのがとても残念だ。
次に来るときにはもっと長くいられたらいいなって思う。
お茶のカップを持った町の人たちがお祝いの言葉を交わしている間を縫って、ドラゴン隊長さんが町長さんのところに後片付けの手順の確認に来た。
なんだかむずかしい言葉だったし、なにより長くかかりそうだったので、ちょうどいいやと思ってアルの袖を引っ張った。
「……あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
両手にお菓子を持って交互に口に運んでいるアルが、もぐもぐ口を動かしながら僕を見る。
「フェイさんとバジ先生って結婚するの?」
椅子にすわったままアルのほうに体をかたむけて、すごくすごく小さな声で尋ねたのに。
「申し訳ありません。私が下世話なことをお聞きしたばかりに……」
びっくりするほどすぐに気づかれてしまった。
しかも、近くにいた人たちも全員がお菓子を取り分ける手を止めて、こちらに注意を払っている。
どうやらこの町の人は耳がいいらしい。
そして、よほどフェイさんのことが気になるんだろう。
「実は、これには理由がございまして……この町がジアード領に入るときに少し揉め事がありまして、その折りにフェイシェン様にとてもお世話になりました。いつかささやかながらもお礼ができればと、町の者みなが思っておりますので」
うなずく僕の隣でアルもしばらく「ふうん」って顔をしていたけど、そのあとでさっきの返事をしてくれた。
「ふられてるところなら何度も見たことあるぞ」
それがけっこう大きな声だったから、今度はちょっと遠くにいる人までみんな振り返ってしまった。
町長さんなんて目をまんまるにして5秒くらい固まっていた。
「あ、その、なんと申しますか……エルクハート公は何がお気に召さないのでしょう。フェイシェン様は魔術師としての腕はもちろん、とても誠実でいらっしゃいますし、ご容姿だってあれほど―――」
話を聞きながら、僕とアルは顔を見合わせてしまった。
ものすごく予想外だったからだ。
だって。
「ふられてるのはバジのほうだぞ」
「え?!」
「なんで驚くのかわからないぞ」
アルの言うとおり、二人でいるところを一度でも見たことがあれば、ぜったいそんなふうに思わないだろう。
僕なんて、びっくりしている町の人たちにびっくりしてしまった。
「そうでございますか。その、エルクハート公は市井では大変人気がありますので、なんだか意外な気が……お優しいと評判ですし、冒険者としても憧れの的ですし、そのような方からのお申し込みをお断りする理由があるとは……」
エルクハートは気候も良くて豊かな土地。
ジアードみたいに水に困ったり、子供が生まれなかったりもしない。
バジ先生は冒険者という仕事上お城にいないことが多いけれど、とても優秀な補佐役の人が全部やってくれるから、結婚した人が代わりに任されることもない。
そういう条件も全部ひっくるめて、今まで独身なのが不思議なくらいの人気らしい。
「ご本人に何か問題があるというならともかく、背もお高くてとても素敵な方だと伺っておりますのに……フェイシェン様は女性のほうがお好きなんでしょうか。それとも、もっと違うタイプの殿方が――」
町長さんがとても真剣だからできれば答えてあげたかったけど、どんな人が好きかなんて僕にはぜんぜんわからない。
なんて返事をしようか迷っていたら。
「バジはしつこいからいけないんだろ」
アルがまたものすごく正直に答えてしまった。
「え?!」
今度は町長さんだけじゃなく、近くにいた人全部が驚いた。
しかも、僕に「本当なの?」って顔を向けるから。
「えっと……そういえば前にフェイさんがそんな感じのことを……言ってたかも」
バジ先生が嫌な人だと思われてしまったらどうしようってドキドキしていたんだけど。
ドラゴン隊の隊長さんが大きな体を縮めながら申し訳なさそうに話の輪に入ってきて、すぐにフォローしてくれた。
「エルクハート公とフェイシェン様はお年が離れておりますので、ついつい構ってしまわれるようでして……」
シーンと静まり返っていたお茶の席がその一言で「ああ」「そうね」「やっぱりね」なんて、急ににぎやかになった。
「そうですか。それでしたら分かる気がいたします。フェイシェン様は素のときが存外お可愛らしいですから」
とても男の子らしい感じなんですよって言葉を聞いて、イリスさんと話しているフェイさんが頭の中いっぱいに浮かんだ。
僕とアルがうなずき合っている隣で、ドラゴン隊長さんがお茶を注いでもらいながら説明をつづけた。
「フェイシェン様とは時折り仕事でご一緒させていただくことがあるのですが、エルクハート公が差し入れなどをご用意して様子を見にいらっしゃることがあって、傍から拝見しますと、それはもう微笑ましい限りなのですが、フェイシェン様の反応は今ひとつという感じで―――」
お土産を持って遊びに来るバジ先生と仕事中のフェイさん。
授業参観みたいで楽しそうだし、僕ならうれしいけど。
アルはまったく正反対の意見だったみたいで。
「それは確かにうっとうしいな」
遠慮なく顔をしかめるものだから、聞き耳を立てていた町の人たちもみんな「ぷっ」って小さくふき出した。
「そっかぁ……じゃあ、僕も気をつけなくちゃ」
アルが勉強している時は近くにいかないねって約束したんだけど。
「俺は別に嫌じゃないからな」
フェイさんとは違うからぜんぜん大丈夫だって言ってブンブン首を振る。
「でも、きっと気が散るし、忙しいときにジャマされるのは困ると思うよ」
「気にするな。絶対そんなことはないぞ」
「……そうかな」
それならそれで僕は別にいいんだけど。
周りの人たちが笑ってるのはどうしてなんだろう。
聞いてみようかなって思ったけど、今はフェイさんとバジ先生の結婚の話が大事だから、気にしないでおくことにした。
「えっと、フェイさんはいつもそんな感じなので」
町長さんを見上げたら、ちょっと残念そうにうなずいた。
「少なくとも当面お祝い事はないということですね」
本人にその気がないならしかたないってことで話はまとまったけど、みんなすごくがっかりしていた。
「お祝いって楽しいからなぁ……」
おいしいものも食べられるし、みんながうれしそうでうきうきした気分になる。
僕も結婚式とか誕生日とかは大好きだ。
「ええ、そうですよね。特にこういう時世ですと、どちらのお屋敷でも縁談はなかなかまとまらないご様子で……めっきりおめでたいお話は聞かなくなりましたから」
貴族の人たちの結婚はお披露目の儀式やパレードが華やかだし、少しでも関係のある町では盛大なお祭りをするので、みんな心待ちにしているらしい。
「だったら、俺がフェイより先に結婚してやるぞ」
サンドイッチのお皿を持ったまま「あと10年くらいしたら」って当たり前みたいに言うんだけど。
「アル、そんなに早く結婚するの?!」
思わず大きな声で聞き返してしまった。
だって、アルは10年たってもまだ大人じゃないって気がする。
「レンはいつするんだ?」
「わからないけど、10年だとまだ大学生だから15年とか20年とかしてからだと思うよ」
アルは僕の顔を見たままちょっと考えていたけど。
くるっと町長さんのほうに顔を向けると、「じゃあ、それくらいだ」って答えていた。
本当はぜんぜん何も考えてないって感じなのがおかしかったんだろう。
みんな本当に楽しそうにニコニコ笑っていた。
「ええ、ええ、楽しみにさせていただきます。その折りにはお二人のお好きな色の石をお贈りいたします。ご結婚記念の別荘などにお使いください」
石というのは、あのキラキラ大理石のことだ。
壁も柱も階段も全部作れるくらいたくさんプレゼントするからって楽しみにしていてくださいって言ってたから、きっとものすごくゴージャスなお屋敷になるだろう。
「色合いはやはりジアード城と同じになさるのでしょうか。でしたら青と白と―――」
でも、アルは首を振った。
それから、町長さんを手招きの仕草で自分の前にかがませると、耳に手をあててないしょ話をした。
ちょっとだけ聞こえたのは「屋根が」という言葉。
町長さんの返事は「それなら明るいクリーム色はいかがでしょう」。
どうやら屋根の色だけ決まっているので似合うものにしてほしいってことらしい。
「それって、僕は聞いちゃダメなんだ?」
仲間はずれみたいでつまんないなって言ったら、アルはとっても困った顔をしたけど。
「家ができたら一番にレンを連れてくぞ」
あわててそう答えてから、「だから今はまだ内緒だ」ってつけ足した。
「じゃあ、それまで待ってるね」
答えながら想像してみた。
15年くらいしたらアルが誰かと結婚して、記念の別荘を建てて、僕が最初のお客さん。
なんだかすごく不思議な感じがした。


そのあともいろんな噂話があちこちでささやかれて、僕とアルはそのほとんどに首をかしげた。
ルシルさんとオーレストさんはお付き合いしているのか、とか。
王様は再婚しないのか、とか。
バジ先生は昔どこかの貴族の娘さんと婚約してなかったか、とか。
メリナさんは若い頃に大きな国の王様と結婚の約束をしていたんだよ、とか。
お城に新しい御使いさまが来たと予言師が言っていたけどもう会ったか、とか。
フェイさんは指先に妖魔のすごいやつを飼ってるらしい、とか。
イリスさんの専属魔術師さんにはお城の外にたくさん恋人がいるって本当か、とか。
だいたいはそんな話で、聞いてきたのはお茶のカップに間違って果実酒をたくさん入れすぎてしまったっていう人―――つまり、ちょっと酔っている人だけだったんだけど。
「本当だったら『えっ?!』って思うようなことばっかりだね」
「そうだな」
他にもまだまだ変な噂が飛び交っていて、「外だといろんな話が聞けておもしろいな」ってアルと話した。
でも、次の花火はあっという間に上がってしまい、お茶会はそこで終わり。
予定通り僕らはお城に帰ることになった。
「このあとお祭りやダンス会もあって、みなお二人がいらっしゃるのを心待ちにしております。少しだけでもいかがですか?」
「ありがとうございます。でも、『お日様が高いうちにおいとまを』って言われたので」
すごく残念だったけど、断わってお辞儀をした。
両方に参加していたら町を出るのは夕方になったはずだから、僕もアルも寄り道なんかしなかったのに。
お城に戻ってから後悔することになるなんて、このときは思いもしなかった。



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