Halloweenの悪魔
エンデの森


-6-

「では、アルデュラ様、レン様。門までお送りいたしましょう」
丘にいる人たちにお礼とお別れの挨拶をしてから、町長さんのあとをついていった。
ドラゴン隊は僕らを乗せて帰ってくれる二人だけがいっしょに来て、他のメンバーはお屋敷前の広場に残った。
式典に使った通路の後片付けなんかを手伝うことになってるらしい。
「みんな働き者だなぁ」
思わずつぶやいたら中の一人が「仕事が終わったらお祭りに参加できるからとても楽しみなんです」ってこっそり教えてくれた。
「そっかぁ。がんばってね」
並んで見送ってくれるドラゴン隊に手を振って近道の扉をくぐる。
町に降りた瞬間、花の香りがふんわりと漂った。
「わあ、いい匂い」
アルと二人でくんくん鼻を動かしていたら、町長さんが笑った。
「午後になると丘から風が降りてきて、明け方近くまでこのような状態です」
そのせいでお祭りの気分が盛り上がって、お酒をたくさん飲みたくなる人が増えるのかもしれない。
「そうじゃなくても今日から数日間は普段の何倍もにぎやかなんです。よその町に働きにいった者や嫁いだ者なども戻ってきていますから」
その話を聞いたとき、なんとなく中庭で会ったおじさんのことを思い出した。
「さっきここにギザギザの傷がある人と会ったんですけど」
手の甲を指して聞いてみたら、補佐役の一人がすぐに「ああ、それでしたら」ってうなずいた。
「おそらくツェリクでしょう」
去年まで町役場で働いていたけど、病気をして仕事をやめたらしい。
「最近まったく姿を見かけなかったので、てっきりどこかへ引っ越したのかと思いましたが」
「そういえば、あそこはもう随分前から空き家ですよ。家族もいませんでしたし」
「わざわざ中庭にまで上がってきていたのに、お茶の席には顔を出さなかったということでしょうか」
町長さんと補佐の二人が首を傾げて顔を見合わせ、そのあとでまた僕の顔を見た。
「それで……その者がどうかいたしましたか?」
「ううん、ちょっと中庭で話をしただけ」
ツェリクさんがお祭りの日にあわせてこっそり遊びにきたのかもしれないし、同じような傷があるだけでぜんぜん違う人だったのかもしれない。
「別にそれだけなんだ」って答えたあとも少し気になったままだったけど。
門にはたくさんの人がお見送りにきていて、みんなに手を振っているうちにすっかり忘れてしまった。
「本日はご足労いただきありがとうございました。本当にご立派になられて、町の者たちもどれほど誇りに思ったことでしょう」
町長さんがアルの前に軽くひざまずいてお礼を言った。
それから、小さな声で「レン様もとても頑張りましたよ」って僕を見てにっこり笑った。
「何かあったら遠慮なく言え。祓いの術くらいならいつでもやってやる」
アルは今日もとてもえらそうだったけど、町の人たちはみんな「もったいないお言葉です」って深くお辞儀をした。
目を伏せて頭を下げていても表情はとても晴れやかで、いつか自分の町の領主になるアルを心から自慢に思っているのがよくわかった。
「では、お名残惜しいですが……アルデュラ様もレン様もどうぞお健やかに。今日のお約束がかなうその時を楽しみにしております」
「ありがとうございます。きっとまた遊びにきます」
みんなに「さようなら」って挨拶をして、来たときと同じ2番目と3番目に大きなドラゴンに乗せてもらって町を出る。
門の外にまであふれ出した町の人たちは、僕らが見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。



大きな門が草原の中に消えたあと、僕はこっそり首をかしげた。
「ね、アル」
「なんだ?」
「僕、何をがんばったんだろう?」
並んで走るドラゴンの背中を見たらアルも首をかしげた。
最初は「俺が儀式に行ってる間のことだからわからない」って言ってたけど、あとから何か思いついたように付け足した。
「レンは自分が気づいていないだけで、いつもたくさんがんばってるぞ。メリナが言ってたから間違いない」
「そうかな?」
いくら考えても今日がんばったことは一個も思い浮かばなかったけど。
僕らの間では、ばあやさんの言うことは絶対なので、一応うなずいておいた。
「まあ、いっか」
まだ夕方には遠い時間で、空は真っ青。
まぶしいくらいの太陽の中、広い広い牧草地のドライブはとてもさわやかで、こまかいことは気にしなくて大丈夫って感じだった。
「あれ?」
ふわふわゆれる視界の隅、ふと目にとまったのは水玉模様みたいな白っぽい点々。
ざっと数えてみると20個くらいあった。
「なんだと思う?」
尋ねてみたけど、アルも首を振る。
「来るときはなかったな。ちょっと近づいてみるか」
ドラゴン隊に頼んで斜め方向にゆるやかな坂道を駆け下りてもらうと、水玉模様が大きくなった。
「あー、草食べてるのかぁ」
口はもぐもぐしているけど体はほとんど動いていないので、ちょっと不思議な感じだ。
「動物なのは間違いありませんが詳細はまったく不明ですね」
ジアード周辺にはいない種類らしく、ドラゴン隊の二人も見たことがないと言っていた。
全体が綿菓子みたいにふわふわで、目も鼻も毛の中に埋もれていたけど、おっとりおとなしそうな印象だった。
「もっとそばまで行っても大丈夫かな?」
ドラゴンの人に聞いてみたけど、「よく分からない生き物ですから、今日のところは近寄らないでおきましょう」って言われてやめた。
「城に帰って図鑑で調べてみればいい」
大人しくてかわいい性格だったら、もう一度来ようってアルが言う。
式典も終わったし、これからは遊ぶ時間もたくさんあるんだからって。
「そうだね」
お天気のいい日ならピクニックも楽しそうだ。
「歩いて来られるかな?」
「ちょっと遠いな。時間がかかりそうなら馬を借りればいい」
「だれの馬?」
「城のだ」
お客様を送る馬車を引いたり、王様が妖魔狩りのときに乗ったりするからたくさんいるらしい。
大きいのも小さいのも毛の長いのもいろいろそろってるぞって言われて。
「じゃあ、ふかふかしてるのがいいな」
「どれくらいだ?」
「えっと、トルグくらい」
色はなんでもいいけどって言うと、アルは大きくうなずいた。
「わかった。世話係にそう伝えておく」
よく考えたら乗馬なんてしたことないけど、練習すれば大丈夫だろう。
ふわふわで、たぶん茶色とかそんな感じの色で、大人しくてやさしそうで……って想像していたら、早く会いたくなってしまった。
「見に行きたいなぁ」
「厩(うまや)くらいいつでも案内するぞ」
「じゃあ、あそこでお土産用意したらお城に帰ろう!」
僕が指差したのは水玉ひつじ地帯から少し離れた花畑。
いろいろな色のを両手いっぱい摘んで、大きな花瓶に入れてお茶の部屋に飾ってもらおうと思ったのだ。


近くまで来ると、花畑は思っていたよりずっと大きいことがわかった。
「わー、すごくいっぱいあるね」
ドラゴンから飛び降りて揺れる花の中に転がると、むせるくらい強く甘い香りがした。
「これも見たことのない植物ですね。しかも、このあたりの土にしてはなんだかやけに赤っぽい」
ドラゴンの一人があごに手を当てて首をひねる。
普段の仕事は土木工事だから、地面のことにはちょっとうるさいのだ。
座り込んで土の匂いを嗅いだりもしていた。
「じゃあ、あれは?」
すずめより小さくて羽根の先が赤茶色の、ちょっとインコみたいな感じ。
なのに、飛び方は蝶みたいにひらひらしている不思議な生き物がいたので聞いてみると、今度はちょっと眉を寄せた。
「見たことありませんね」
腕組みをして飛び交うひらひらを眺めているドラゴンの横をすり抜けて、アルが走り出した。
「つかまえるぞ!」
「待って、僕も!」
花と草をかきわけ、鳥を目で追う。
転びそうになりながらも全力で駆けていくと、急に立ち止まったアルとぶつかった。
「どうしたの?」
顔をのぞきこんで目線をたどると、その先にぽっかり開いた穴があった。
直径はたぶん1メートルもないくらい。
でも、ものすごく深くて真っ暗で、ぜんぜん底が見えなかった。
「誰が掘ったんだろう。井戸みたいなものかな? それとも落とし穴?」
深そうだなって思いながら目を凝らした瞬間、ぎょっとして後ろに飛びのいてしまった。
暗闇の中、人の頭のようなものが揺れたからだ。
「アル、誰かいる!」
声に釣られて中を見下ろしたアルもぎゅっと眉を寄せた。
「……術がかかってる」
あやしい気配からしても使うことを禁止されている呪文だろう、って。
そう言ったあと、アルはものすごく嫌な顔を見せた。
「妖術で縛られて穴の中に吊るされているんだな。すぐに解くぞ。ちょっと下がってろ」
「わかった」
5メートルくらい後ろに走って穴を見守っていると、アルが呪文を唱えはじめた。
小さな声だったし、僕にはほとんど聞き取れなかったけど。
やがてグルルルシュルルルと変な音が穴から噴き出して、それといっしょに男の人がドリルみたいにクルクル回転しながら井戸の外に投げ出された。
みっしり生えている草のおかげでふんわり地面に落ちることができたけど、しばらくたっても男の人はぜんぜん動かなかった。
「大丈夫ですか?」
おそるおそる近寄ってそっと揺すってみる。
すると、うめき声とうわごとが返ってきた。
「なんて言ってるんだろう?」
顔を近づけても僕には「クリナ」って言葉しか聞き取れなかったけど。
耳がいいアルは立ったままでも全部わかったらしい。
「『サクリナに帰らなければ』だな」
「サクリナってなんだろう? 町の名前?」
「たぶんそんなところだろう」
二人でひそひそ話をしていると、とつぜんゴホゴホと激しい咳をはじめた。
「早くお医者さんに見せなくちゃ」
振り返ったとき、ちょうどドラゴン隊二人が走ってきた。
僕は自分で走るから乗せて帰って……って頼もうとしたけど。
「アルデュラ様、レン様! ご無事ですか!」
二人はさっと僕らを抱き上げて、男の人から離してしまった。
「怪しい者でないとは言い切れません。現に妖気が―――」
振り返ると、ドライアイスみたいに黒いモヤモヤがゆっくりとあふれて流れてきていた。
「大丈夫だ。これくらいならすぐ祓える」
儀式の術より簡単だからって言って、穴に向けて片手を伸ばすとまた小さな声で呪文を唱えはじめた。
最初の息継ぎであふれたモヤモヤが消え、2回目でまっくらだった穴が少し明るくなった。
アルは絶好調って感じだったし、ほんの少しも心配なんてしてなかった。
でも。
しめくくりの言葉を口にした瞬間、ブツッという何かが切れる音がして、穴も男の人もサッと消えてしまった。
「……何だったんだろう?」
穴だけじゃない。
花畑も鳥もひつじも全部消えていた。
「わからない。でも、すぐ城に戻って誰かに相談したほうがよさそうだ」
ドラゴン隊2番の人が「念のため」と行って穴のあったあたりを一回りしたけど、「何の痕跡も残っていませんね」と首を振った。
なんだか嫌な予感がするって思いながら、僕を乗せてくれていたドラゴン隊の人につかまった。
「サクリナについても調べないとな」
「そうだね」
地名なのは間違いないけど、少なくともジアード領ではなさそうだという。
「アルってジアード全部の町や村の名前、覚えてるの?」
「領内ならだいたい。国の中全部だとまだまだわからないところがある」
「すごいね。僕なんて自分の家の近くしかわからないのに……」
そんな話をしながらも、アルはなんだかピリピリした様子で周りを気にしていたけど。
「とにかくお城に戻ろうよ。ニーマさんや執事さんに話をして、それからみんなで考えてみれば―――」
今すぐここを離れたくて強引にアルの手を取った。
その瞬間、ズシンと心臓が重くなった。
「アル……なんかすごく熱いよ」
絶対おかしいって思うのと同時に寒気が走った。
「ちょっと疲れただけだ」
続けて呪文を使ったからだ、たまにそういうことがあるんだって言ってたけど。
「本当に平気?」
顔を覗き込もうとしたら、アルの体がぐらりと揺れて。
「アル!?」
草の上にドサリと倒れこんだアルの額には汗が浮き、頬もまっかになっていた。
それを見たドラゴン隊の二人はしっぽの先まで青くなり、大急ぎで僕らを担ぎ上げるとお城に向かって走り出した。



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