Halloweenの悪魔
エンデの森


-8-

お城への帰り道の途中、何度も丘へ戻ろうと思った。
でも、そのたびにニーマさんにきっぱり止められた。
「ダメです。明日もう一度参りましょう」
いつもは優しいのに、今日はどうしてもゆずってくれない。
「ニーマさんは平気なの?」
「もちろん心配です」
「だったら―――」
「ダメです」
そのあとで、ゆっくり歩きながら理由を話してくれた。
アルがかかってしまった病気が、たとえば執事さんが言うように誰かが妖術で仕組んだものなら、こうやって外を歩いている僕にもよくないことが起こるかもしれない。
「妖術は明るい時にはそれほど効きめがありませんが、夜になれば大変な力を発揮します。いくらウィヴィリル様の調子がよいと言っても、他の術師はみな留守です。これ以上ご負担を増やすようなことをしてはいけません」
少し厳しい口調でそう言ったあと、しょんぼりする僕の頭をふんわりなでた。
それから、アルが小さかった頃の話をしてくれた。
「お城で働くようになったとき、私はまだ簡単な呪文も使えなくて、雑用でもする以外はまったく役に立ちませんでした。でも、どういうわけかアルデュラ様に気に入られて、お世話係にしていただいたんです」
アルは小さいときから元気いっぱいで、ちょっと目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうので、今よりもずっとたくさんの世話係がついていた。
どこを探してもみつからないってみんなが大騒ぎしているときも、いつのまにかニーマさんのうしろにいて、エプロンのリボンをひっぱったり、背中にくっついたりしていたらしい。
「それはもう、とてもとてもお可愛らしくて……すごく図々しいですが、ずっと本当の弟のように思ってまいりました」
アルと一緒にいるだけで毎日がとても楽しくて、家族と離れて暮らしていることも寂しくなかったって。
「レン様がお友達になってくださったときも、アルデュラ様の喜ぶお顔を見たら、自分のことのように嬉しく思いました。今では、これも本当に図々しいことなんですが、レン様のことも実の弟のように思っています」
アルだけじゃなく、僕にまで何かあったらどうしていいかわからない。
そう言ったニーマさんの目には涙が浮かんでいた。
「ですから、今日はゆっくりお休みになって、明日の朝もう一度探しに参りましょう」
明るいほうがよく見えるから、扉だって見つかるはずだって言われて。
「……うん。困らせてごめんね。僕もニーマさんのこと大好きだよ」
ニーマさんは「明日また頑張りましょうね」って言って、いつもと同じようににっこり笑った。


お城に戻ってニーマさんと一緒にごはんを食べて、パジャマに着替えた。
でも、どんなに頼んでもアルには会わせてもらえなかった。
庭師さんの奥さんも「アルデュラ様はとても頑張っていらっしゃいます」って言うだけで、詳しいことは教えてくれない。
「大丈夫ですよ、レン様。今日はエネルと一緒にこちらでお休みくださいね」
おやすみなさい、とやさしい声がしてドアが閉まる。
用意してもらった部屋はアルの寝室のすぐ隣りで、玄関のそば。
明るくなったらすぐ出かけられるようにというニーマさんの気づかいだった。
「朝一番で丘に行くんだから、早く寝て早く起きないと」
「きゅ」
二人で約束をしたけど、いつまでたっても眠れなかった。
何度も何度もベッドから抜け出して、窓の外を見た。
エネルもそのたびに起きて僕につきあってくれた。
「ちょっと明るくなってきたかな」
「きゅう」
「静かだね」
「きゅう」
廊下をバタバタ走る人がいないってことは、大変なことは起こっていないはず。
アルはちゃんと眠っているだろうか。
苦しんでいないだろうか。
「……大丈夫、だよね」
エンデの森は丘の上。
だったら、ほかより早い時間に朝になるかもしれない。
明るくなったらすぐに行こう。
隅から隅までよく探そう。
扉はちゃんと見つかるだろうか?
また日が暮れてしまわないだろうか?
明日もあさってもその次の日も見つからなかったらどうなるんだろう?
考えているうちに泣きたくなった。
でも、目にじんわり涙がたまると、ニーマさんの言葉を思い出す。
「ううん、これじゃだめだ。僕にできること、考えないと」
少しずつ明るくなる空。
おだやかに庭を照らす朝日の中にソラのお墓が見えた。
「小さいのにすごく目立つね」
お天気によって色が変わる石。
今日はものすごく透明で、白い光が石を通り抜けながらキラキラ輝く。
きれいだなって思った瞬間、とつぜんピカッとひらめいた。
「スノードームだ!」
パジャマを脱ぎ捨てて服を着込み、エネルをフードの中に入れて部屋を飛び出した。
そうだ、なんで気がつかなかったんだろう。
「エネル、落っこちないでね!」
「きゅ!」
全力で廊下を走っている途中、ニーマさんに呼び止められた。
「レン様? どちらへ?」
「物置! スノードームのところ!」
「わかりました! 先に行ってらしてください。すぐに鍵をお持ちします!」
一瞬で姿を消したニーマさんは物置の手前で僕に追いついた。
「『冒険者の往路』ですよね? でも、あれは同じ場所を二度案内することはないと言われていますし、何より主の言うことしか聞かないはずです」
いろんな形の鍵がたくさんくっついた束から、迷うこともなく一本を取り出すとノブのすぐ下に差し込んだ。
「その人、どこにいるの?」
「もう何千年も前のことですから、とっくに亡くなったでしょう」
もともとの持ち主は王様や貴族じゃなく、工芸品の職人さんだという。
死んでしまったあと、家族がどこかに売り払ったものらしい。
「でも、頼んでみる」
思いつくことはなんでもやってみたいんだって言ったとき、ニーマさんも「そうですね」って力強くうなずいた。


押し開けた扉は今日もギギギときしんだ音がした。
中は朝もやに包まれたみたいにちょっと薄暗くて、ひんやりした空気がたまっていた。
「寒くありませんか?」
「ううん、大丈夫」
スノードームはあの時のまま真ん中にあるテーブルに乗せてあった。
誰かが磨いてくれたんだろう。
前に見たときと違っててっぺんから台座まで全部がピカピカになっていた。
スノードームに「おはよう」って声をかけてから、椅子を引っ張ってきてその上にひざをついて前に乗り出した。
「お願いがあるんだ。この前、僕を中に入れてくれたこと覚えてる? もう一度あそこに落としてもらいたいんだ。そうじゃないと、アルが……アルが―――」
「死んじゃうかもしれない」なんて、もしもの話だとしても言いたくなかった。
同じ場所がダメならできるだけ近くに。
それもダメなら森が見えそうなところに落してくれるだけでいいから。
「おねがい」
しばらく待ってみたけど、ドームの中に変化はない。
物置のどこかに置かれた時計が急かすようにチッチッチッと音を立てている。
「お願いします」
地面にばったり倒れたアルの赤いほっぺが頭をよぎる。
涙をこらえるためにぎゅっと唇を結んだとき、ザッと風が吹いて体が浮いた。
物置の窓は全部閉まっているのに、本がパラパラとめくれ、つけたばかりのランプの明かりが揺れる。
「レン様!」
ニーマさんの声にハッとして、あわててスノードームに手を伸ばす。
指の先に当たるはずの硬いガラスはぷるんと水面のように揺れ、少し冷たい感触のあとスッと通り抜けた。
「ありがとう! いってきます!」
頭の先から薄青い空気に包まれ、目の前の風景が変わる。
そのとき、上のほうからどこかで聞いたことがある声が響いた。
『ファディーシャ、エンデの王子の名はル・ルークだ』
―――……誰だっけ……?
思い出せそうで思い出せない。
それに、エンデの王子様の名前はともかく、ファディーシャってなんだろう?
「なんだと思う?」
空の真ん中に投げ出されたあと、フードのほうに顔を向けてみたけど。
エネルは僕から離れないようにするのでいっぱいいっぱいみたいで、返事はしてもらえなかった。


やわらかな朝日に包まれた空はとても気持ちよかった。
無事に羽も広がったし、ちゃんと飛ぶこともできた。
これでまたあそこに行ける。
そう思ったけど。
「あれ?」
いつまで経っても森らしいものが見えてこない。
「そっか。同じ場所には案内しないって言ってたもんな」
だとしたら、とても困る。
どれくらい遠いのかもわからないし、どっちに向かって飛んだらいいのかさえ見当もつかない。
「こっちで合ってるかな?」
もう一回振り返ると、今度は大きな返事があった。
「きゅうううううううう」
それも空にいっぱいに響くほどの声だ。
びっくりしていたら、エネルが僕の服をくわえて引っ張っりはじめた。
前と違って風もなくて飛びやすかったけど。
それにしても、エネルの力でこんなにぐんぐん進むのかと思ったらなんだかとても不思議だった。
「エネル、もしかして道わかるの?」
「んぅー」
僕の服をくわえているので、「きゅう」が「んぅー」になっていたけど、それは確かに「そうだよ」って意味だろう。
自分が生まれた空だから、どこに何があるのか分かるのかもしれない。
エネルに任せてみようって決めたとき、太陽の方向にふかふかに茂った緑が見えた。
まんなかにぴょこっとブロッコリーみたいなものが飛び出している。
「あ、あそこだ!」
間違いない。
前に僕がおっこちた大きな木だ。
ブロッコリーのあたりを目指して地面に降りれば苔があるはず。
「やった! エネルすごい!」
……と思ったのに。
木の真上に降りようとした瞬間、何かに弾かれたように飛ばされてしまった。
ちょうど大きな風船にでもぶつかったみたいに。
「うわあぁっ」
クルクルと空と地面が回って、おしりからどさっと落ちて、そのままゴロンと横に倒れた。
目の前がチカチカするのは太陽が何度も僕の周りを回ったからだろう。
「痛ったぁ……エネル、大丈夫?」
「……きゅぅ」
エネルは僕よりもっとコロコロ転がっていたけど、ちょっと汚れただけでケガはなかったみたいで、自分でぷるぷるって土を払い落としたあと元気に肩まで駆け上ってきた。
「よかったぁ。でも、なんか僕、まだ目が回ってる」
前を見ようとしても目玉が勝手に動いてしまう。
急いでるのにって思ったけど、10秒くらいその場に座っていたらすぐに直った。
「よし。行こう!」
勢いよく立ち上がり、エネルに「しばらくフードの中に入って休んでてね」とお願いしてから気がついた。
今、僕がいるのは森の中じゃない。
「……丘だ」
昨日の夕方、ニーマさんと来たあの丘のてっぺん。
弾き飛ばされたせいでエンデには入れなかったんだ、って一瞬目の前が暗くなりかけたけど。
「あ……れ?」
よく見たら景色が違っていた。
大きな木はどこにもなくて、代わりに小さな扉がポツンと浮いている。
その真ん中に描かれている4つの円はどこかで見たことがある模様。
思い出すのに時間がかかったけど、前に森で会った犬ぬいぐるみの人のフェルトの羽と同じ形だった。



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