Halloweenの悪魔
お昼寝のあと



-1-

目が覚めたとき、僕はちゃんとベッドの上にいた。
「うーんと……どうなったんだっけ?」
頭がぼんやりしていて、どうして昼寝をしているのか思い出すのにちょっと時間がかかった。
「ええと、アルが助かって、ハノーツのところに行って……あれ?」
そこで記憶が終わってるということは、誰かがベッドまで運んでくれたってことだ。
ぐるっと部屋を見回してみたら、すみっこのほうでニーマさんが作業机に伏せて眠っていた。
「そっか。あんまり遅いから見にきてくれたんだ」
物置に行くことはニーマさんしか知らなかったんだから絶対にそうだ。
「僕を運ぶの、大変じゃなかったかな」
ニーマさんの背はまあまあ高いけど、手とか足はとても細い。
誰かに手伝ってもらったならいいんだけどって思いながらベッドを降りたとき、アルの寝室のほうのドアがそっと開いた。
「あ!」って叫びそうになったけど。
半分くらい体をのぞかせて立っていたばあやさんが人差し指を口に当てたので、僕もあわてて声を止めた。
ニーマさんにかけてあげるつもりだった毛布をいったん置いて、できるだけ静かにばあやさんに駆け寄った。
ギュッと抱きついたらふんわりあったかくて、ばあやさんが帰ってきたんだからもうぜったい大丈夫だって思った。
「自分のベッドのほうが落ち着くでしょうから」
僕の頭をたくさんなでたあと、部屋のすみっこに優しいクリーム色のドアを出した。
眠っているニーマさんを呪文で持ち上げると、そっと扉の向こうに運ぶ。
仕事中に寝てしまったことを怒られたらかわいそうだなって思ったから、「ニーマさんはすごくがんばったからちょっと疲れちゃったんだ」って説明してみたけど。
ばあやさんはもう全部知っているみたいで、ゆっくりと一回うなずいただけだった。
「レン様も大変なご活躍だったと伺っております」
にっこりしたまま、また僕の頭をなでてくれた。
「あと、エネルもね。まだ寝てるかな?」
「はい。まだぐっすり」
お腹を上に向けてバンザイの姿勢で寝ているのがあんまり可愛いからって、ちょっとつついた人がいたけどそれでもぜんぜん起きなかったらしい。
苔の入ったビンのそばでおひさまに当たっていつもの倍くらいふかふかになっていることも教えてくれた。
「留守にしている間に一回り大きくなったようですね」
「そうかな? だったらいいな」
たまごから出たあとずっと小さいひよこのままだし、今でも手の上に乗れるくらいしかないからちょっと心配だったんだけど、ばあやさんがそう言うなら間違いない。
「アルは? もう起きた?」
「まだお休みです」
「ちょっとだけ部屋に行ってもいい?」
静かにしてるからって言ってみたけど、ばあやさんは首を振った。
もしかしてまた具合が悪くなったのかなってドキッとしたけど。
「今はスウィード様がご様子を見ていらっしゃいますから」
それを聞いてすごくうれしくなった。
「よかった。王様も帰ってきたんだね」
寝ていてもアルにはきっとわかるだろう。
前に帰ってきたときだって、ニコニコしたまま眠っていたんだから。
「じゃあ、ここでエネルが起きるの待ってようかな」
「では、お茶をお入れいたしましょう」
「うん、ありがとう。でも、今日は僕にやらせて」
僕はさっきまで寝てたけど、ばあやさんは帰ったばっかりで疲れているだろう。
それに、いつもニーマさんがやっているのを見ているから、お茶はちょっと自信がある。
「カップはこれにして、スプーンは……え、これじゃダメ? じゃあ、こっちにする」
僕が話している相手はシュガーポットに描かれた小さなドラゴンだ。
もぐらみたいに草の生えた地面から顔を出している模様に見えるけど、実はちゃんと動くのだ。
テーブルセッティングに困ったときに相談するとアドバイスだってしてくれる。
もともとは本当のドラゴンだったけど、お茶とお砂糖が大好きでここに住み着いてしまったんだって、前にニーマさんが教えてくれた。
でも、『これはスウィード様がおっしゃっていたことなので、もしかしたらみんなを楽しませるためのおとぎ話なのかもしれませんけど』って付け足していたから、本当かどうかはわからない。
そんなことを思い出しながらカップを温めているときに気がついた。
さっき、ばあやさんが言ってたエネルをつついた人。
あれってきっと王様だ。
だって、すごくやりそうだもの。


その王様は、僕らがお茶を飲み始めたときに顔を出した。
「やあ、いい匂いがするね」
ばあやさんはすぐに立ち上がってもう一つカップを用意しはじめたけど、僕は「こんにちは」さえ言うことができなかった。
王様の目が赤かったから、言葉につまってしまったのだ。
何にも話さないまま、しばらく椅子の横に立ったまま見上げていた。
そしたら、王様が僕をぎゅって抱きしめて「本当にありがとう」って言った。
「ううん、僕もうれしいから」
やっと短い返事をして。
それから、「アルが助かってよかったな」ってもう一度思った。


お茶は僕が入れた。
それを飲む間、王様は「おいしい」と「ありがとう」をくり返していたけど、カップが空になるとすぐ仕事の部屋に呼ばれて行ってしまった。
アルの目が覚めたらまた戻ってくるって言い残して。
「……ホントかなぁ」
黒い上着を羽織り、サラサラの髪をなびかせて出て行った扉に向かって、思わずつぶやいた。
だって、ピクニックの約束だってまだ叶ってないし。
病気の連絡をしたときだってぜんぜん返事がなかったのに。
僕が不満そうな顔をしていたからだろう。
ばあやさんがすぐに「今日はすぐにお戻りになれますよ」って保証してくれた。
「本当に?」
「はい。次のお仕事は近しい者ばかりを集めた相談会で、会場もすぐ傍ですから」
指を差したのは窓の外。
お城で一番高い塔だった。
「相談会って何をするの?」
会議とは違うのかなって首をかしげたら、僕にもわかるように説明してくれた。
「式典の帰りに起こった全ての事柄について、どのような対処をするかお決めになるのでしょう」
今日までやってきた対応に漏れはないか。
今後はどうするか。
あの真っ暗な穴が何かの事故で偶然開いたものなのか、それとも誰かがわざとやったことなのかもつきとめなければならない。
やることは山積みだ。
まずは側近の人たちと打ち合わせをして、案がしっかり固まってから他の偉い人たちを集め、正式な会議をすることになるって話だった。
「でも、あれってね、『バーンって爆発して穴が開いたから近くにいた人がたまたま落っこちた』って感じじゃなかったよ」
全部がとても変な感じだったんだって話す間、ばあやさんは少し難しい顔をしていた。
「やはりそうですか」
きっとドラゴン隊の人たちも僕と同じ意見だったんだろう。
みんながそう思っているんだから、やっぱり事件なんだ。
とにかく、もうアルが倒れたりしなくていいように、ちゃんと相談してもらわないと。
「インボウの匂いだからね」
ばあやさんを見上げたら、はじめは少し笑ったけど。
「おそらくはそうでございますね」
大きくうなずいたあとに、「頼もしい限りでございますね」ってひとりごとを言った。


アルが目を覚ましたのは時計の長い針がもう一回りした頃。
キッチンの隅の椅子に座って、少し遅いお昼ご飯のためのサンドイッチができあがるのを待っている時だった。
「レン様、さきほどアルデュラ様がお起きになりました」
お昼寝が終わったニーマさんに呼ばれて急いで部屋に行くと、アルは枕を背もたれにしてハーブのお茶を飲んでいた。
そばに置いてあった椅子に王様の黒い上着がかかっていたけど、本人はどこにもいなかった。
ばあやさんが空のカップを片付けていることからしても、もう仕事に戻ってしまったってことなんだろう。
早すぎるよなってちょっと不満に思っていたら、アルに手招きされた。
「レンは大丈夫だったか?」
声も話し方もいつもと同じ。
よかったって思いながら、ベッドの角に手をついてアルが寝ている真ん中のほうに体を乗り出した。
「うん、ぜんぜん平気だよ。アルは? どこも痛くない?」
近くで見るとほっぺがまだ少しピンク色だけど、具合は悪くなさそうだ。
「もう大丈夫だ」
でも、調子に乗って「今から遊びにいくぞ」なんて言うものだから、ばあやさんとニーマさんと庭師さんの奥さんからいっせいに「駄目です」って怒られた。



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