Halloweenの悪魔
お昼寝のあと



-2-

そのあと、ばあやさんは王様の相談会に呼ばれてしまったから、僕らは庭師の奥さんとニーマさんと4人でスープとサンドイッチのお昼を食べた。
「それでね、物置に行って、もう一回森に案内してってお願いして―――」
苔のとなりでふかふかにふくらんで眠っているエネルを見ながら、エンデの森の話をする。
「明日また行くんだ。本当のお客様はエネルで、僕はおまけなんだけど」
アルもすごく行きたそうだったけど。
「アルデュラ様はもう2,3日お休みにならないといけません。それに、明朝はスウィード様とお二人きりのお茶会をお約束なさったのですから」
庭師さんの奥さんに言われて、エンデ行きはあきらめたみたいだった。
「待ってて。エンデの人と仲良くなれたら、今度アルもいっしょに来ていいか聞いてみるから」
僕の頼みだったら「ふん」って感じでも、エネルがお願いすれば大丈夫って気がする。
「おみやげ、何がいいかなぁ」
「ああ、そうですね。手ぶらってわけにはいかないですもんね」
「召し上がるものは私たちと同じなんでしょうかねえ」
「あー……なんにも聞いてこなかったなぁ」
犬ぬいぐるみの人なら何か好きかくらいは答えてくれたかもしれないのに。
急いで帰ることばっかり考えてたせいで、ちゃんと話ができなかった。
「無難なのはお花でしょうか」
「そうでございますねえ。でも、勝手によその植物を持ち込んでもよいものでしょうかねえ」
しばらくあれこれ話し合ってみたけど、意見がまとまらなかったので、それぞれもうちょっと考えてみようってことで落ち着いた。
「僕、もう一回図書室に行って、司書さんか、苔のことを教えてくれたドクターに聞いてみる」
「じゃあ、お夕飯の時にまたそのお話をしましょう」
途中で誰かに会ったら、その人にも相談してみよう。
いろんな人からいろいろ案を出してもらったら、きっと「それがいい!」っていうものが見つかるだろう。
ご飯のあと、もう一回黄緑の粉を飲んで寝かしつけられたアルに「またね」って言って、廊下に飛び出した。


図書室に向かった僕がまっさきに見たのは、ヒラリとなびく灰色の布。
つまり、幽霊服を着たイリスさんの背中だった。
ちょうどいいからおみやげの相談をしてみようって思った瞬間、ぱあっと頭の中に浮かんだものがあった。
「……そうだ」
エンデに出かけるときに王子様の名前を教えてくれた声。
どこかで聞いたことがあるって思っていたけど。
「あれって、イリスさんだったんだ!」
思いっきり叫んでしまったせいで、振り返ったイリスさんの眉はあとちょっとでくっつきそうなほどギュギュギュッと寄っていた。
僕とイリスさん以外は誰もいない廊下。
せっかく静かに歩いていたのに、って感じだったから、まずは「うるさくしてごめんないさい」って謝った。
そのあとで、王子様の名前を教えてくれたことにお礼を言った。
「知らなかったらドアの中に入れてもらえなかったと思うんだ。それでね、ぬいぐるみみたいな虫の人が―――」
だまってエンデの話を聞いているイリスさんはやっぱり灰色だったけど、この前と違ってぜんぜんパサパサしていなかった。
アルが倒れてからみんな大変だったし、イリスさんも忙しかったんだろう。
「それで、明日もう一回エンデに行くことになってて、でも、一つ困ってることがあって」
ニーマさんたちにも相談したけど決まらなかったのだと話す頃には、イリスさんの眉はもうすっかりもとの位置に戻っていた。
「イリスさんの意見を聞いてもいいですか?」
断わられるかなって半分くらい思ってたけど、返事は意外と普通だった。
「面倒なことでなければな」
それならぜんぜん大丈夫。
だって、自分なら何を持っていくかを答えるだけなんだからって思ったので、大きくうなずいた。
「ええと、最初から話すと、エネルは森に行くと『エネル様』って呼ばれるんだ。虫の人たちにすごく気に入られてて、それでね―――」
お茶会に招待されたのだけど、おみやげは何がいいだろうって話している途中で、イリスさんが呆れたように口を挟んだ。
「エネルなんて名をつけるからそういうことになるのだ」
「えー……いい名前だと思ったんだけどなぁ」
ばあやさんにだって相談してから決めたのに。
何がダメだったんだろうって聞いてみたら。
「拾い子にしては名前が立派すぎる」
そんな返事が。
僕の頭の中では、立派なのは「いいこと」って感じなんだけど。
「それだとダメなんだ? どうして?」
つづけて質問したら、イリスさんが半分くらい眉を寄せてこちらを見た。
早くこの話を終わりにしてどこかへ行きたいって思っているのか、体も3分の1くらい斜めだったけど、ちゃんと返事はしてくれた。
「相手はエンデの守り番だ。森に必要不可欠なものを崇めるのは当然のことだ」
森を育てるために大事なものは、雨と太陽の光。
それらはエンデの真上にある空、つまり、『エネル』から遣わされるもの。
だから虫の人たちにはものすごく特別だってことらしい。
「ふうん」
たぶん、僕らの感覚で言ったら『大事なものを与えてくれる神様が住んでいる場所』みたいな感じなんだろう。
「そもそもつけようと思ってつけられる名ではないからな」
「そっかぁ」
よく考えたら、ばあやさんの大事な台帳からもらったのだ。
アルも「とっておきだ」って言っていたっけ。
「エネルはちっちゃくてかわいいけど、本当はすごいんだね。……それでね、おみやげなんだけど」
「ああ、そうだったな」
子供の話はあちこちに飛ぶから面倒だ、とため息をつかれてしまったけど。
それでもちゃんと考えてくれるのがイリスさんのいいところだと思う。
「だったら、香りの良いジャムのようなものがいいだろう」
「ジャム?」
イリスさんの話によると、エンデの王子様は甘いものが大好きで、赤ちゃんの頃にジャムの瓶に落っこちたことがあるらしい。
「イリスさんは何でも知っててすごいなぁ」
普段はヒマそうにしていても、本当はものすごく勉強をしているに違いないって思ったけど。
「ときどき城に降りてくる水使いの噂話を聞きかじっただけだ」
水使いというのは神殿プールにいた魚のことだ。
でも、あのときだってどうすれば置いていかれた子が空に帰れるか教えてくれたし、やっぱりイリスさんは物知りなのだ。
第一、僕なら魚の言葉なんてちっともわからない。
「じゃあ、それに決めた! ニーマさんに言っておいしいジャムを用意してもらおうっと」
これで心配事が一つ減った。
ニーマさんのジャムはとびきりだから、きっと喜んでもらえるだろう。
ぬいぐるみの人たちが丸いテーブルを囲んでジャムを食べるところを想像して笑っていたら、幽霊服が背中を向けた。
「あ! 待って! あともう一個!」
とっさに引き止めたのは、自分でも偉いと思った。
「まだあるのか」
「ぜんぜん面倒くさくないから」って最初に言ってから、『ファディーシャ』ってどういう意味なのかを聞くと、すぐに「子供のことだ」って教えてくれた。
イリスさんの生まれたところではそう呼ぶらしい。
しかも、子供や赤ちゃんだけじゃなく、たまごの中にいる子も全部ファディーシャだって言っていた。
「ふうん。じゃあ、アルもエネルもたまごのルビーもファディーシャなんだね」
「広い意味ではそうだ。だが、アルデュラやデスの子には似合わんな」
「ファディーシャはそういう色だ」って言って、幽霊服の袖から少しだけ出した手で僕の頭を指した。
「黒いのは違う呼び方があるの?」って聞いてみたけど。
それについての答えはなくて、代わりに「欲しいものはないか」と尋ねられた。
「僕が欲しいもの?」
「そうだ」
「どうして?」
誕生日でもないし、クリスマスでもない。
ジアードでは何かのお祝いの日なのかなって思ったんだけど。
「アルデュラを助けたことへの礼だ」
返事はそんな感じだった。
「あー、それかぁ」
アルが元気になったことは僕だってとてもうれしい。
誰かにお礼をもらうようなことじゃないって思う。
でも。
「アルが聞いたら喜ぶなぁ」
また一ついいことが増えて、気持ちがはずんだ。
「……何が言いたいのか、まったく分からない」
「僕はわかってるよ。イリスさんにとって、アルはすっごく大事だってことだよね!」
アルが助かって、僕にお礼がしたいって思うほどイリスさんは嬉しい。
そういうことだ。
「明日は王様と二人でお茶会だって言ってたし、具合悪くなったのは大変だったけど、アルにもいいことあってよかったなぁ」
なんだかすごくうれしかった。
お天気もよくて、エネルもふかふかだし、苔だってもう1グラムくらい増えたかもしれない。
どこから落ちてくるのか、ときどき窓の向こうを花びらが横切って、お城も華やかな感じだ。
不思議な動きでひらひらするのがおもしろくて、話しながら影踏みをしていたら、イリスさんが呆れたように首を振った。
そして。
「そうやってふわふわしているところもそっくりだ」
そんな謎の言葉を残していなくなってしまった。
「どういう意味なんだろう?」
イリスさんはいつもいつも謎の人だけど。
今日はアルが大好きだってことが証明されたから、あとはどうでもいいやって思った。
「よし。おみやげも決まったし、明日はお茶会だ!」
楽しみだなって思いながら、図書室までスキップをした。
窓の外はとても明るくて。
深くて黒い穴も、中に吊るされていた男の人のことも、全部忘れてしまうほど真っ青な空だった。

                                     fin〜


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