Halloweenの悪魔
ル・ルーク殿下


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翌朝、ニーマさんがはりきって用意してくれたのは、一番大事な儀式の特別なお菓子に使うジャム。
キラキラのオレンジと、ぴかぴかのピンクの二つを別々の大きな瓶に入れてくれた。
そういえば、最初に王様に招待されたパーティーのディナーにもこういう色のジャムがついてたっけ。
「お誕生の会などでもこれを召し上がるんですよ」
王様は青や紫のものがお気に入りで、アルは何色でも大好きらしい。
ただの食いしんぼうだ。
僕とエネルだけでは持てないので、やわらかいヤギみたいな動物の背中に乗せて、ニーマさんが丘まで一緒にきてくれた。
「なんかドキドキしてきたなぁ」
ちゃんと行儀よくできるだろうか。
嫌われたりしないだろうか。
それだけでも心配なのに、お城を出るときに大事な役目まで言い付かってしまった。
もう少し苔を譲ってもらえないか聞いてみなくてはいけないのだ。
増やしておけば万が一のときも安心だから、王立の病院の研究室にも一瓶置いて育ててみようって、王様の議会で決まったらしい。
「ティーポット一杯程度でも構わないのでね」
王様議会の偉い人は軽い感じで言ってたけど、頼むのは僕なのだ。
「ダメだったらどうしよう」
さっきからエネルも心配そうな顔をしている。
僕が失敗したら自分ががんばらないとって思ってるんだろう。
でも、ニーマさんは「そんなのぜんぜん気にしなくていいですよ」って顔で笑っていた。
「だって、ご招待されたお茶会でいきなりお願い事をするのもどうかと思いますでしょう? だいたいポット一杯ってけっこう欲ばりですよね」
僕もちょっとだけそう思ってたけど、言わないようにしてたのに。
ふんわり優しい見た目なのに、ニーマさんは意外と遠慮がない。
「今日のところは『よかったらお城のお茶会にも来てください』ってお誘いだけしてみてくださいってスウィード様もおっしゃってましたし」
エンデの人をお城に招待したあとで、王様か王立病院の先生から改めてお願いすればいいからって言ってもらってすごく気が楽になった。
「じゃあ、そうする」
今日は特別におめかししているエネルも安心した顔で「きゅう」とうなずいた。


約束した時間の少し前。
丘のてっぺんに立ってニーマさんに胸元のリボンを直してもらっていたら、フェルトの羽マークの扉が現われた。
重々しく開いたドアの向こうには、犬ぬいぐるみのエンデールさん。
刺繍で縁取りをしたベストを着ていて、前髪も少しなでつけていた。
「おはようございます、エンデール様。本日はお二人をよろしくお願いいたします」
ニーマさんがドレスの裾をつまんで恭しいお辞儀をする。
自己紹介していないのに名前を呼ばれたせいなのか、エンデールさんのほっぺがポッと赤くなった。
その間にやわらかヤギがちょっと前に出て、ニーマさんがきらきらジャムに手を添える。
「よろしかったら皆様でお召し上がりください」
お口に合うと良いのですが、ってヤギごとジャムを差し出されたあと、エンデールさんはしばらくキョロキョロしていたけど。
「うむ、そうだな。殿下がお喜びになる。もらっておこう」
森から拾ってきた葉っぱをそれぞれ4枚ずつ瓶にくっつけると、呪文も使わずにフェルトの羽にした。
その時、ニーマさんの口がふにって動いて。
『木の葉で作ってもやっぱりフェルトになっちゃうのね』って思ってるのがものすごくよくわかった。


ニーマさんはそのままやわらかヤギと丘でお留守番をすることになった。
「先にお城に戻っていいよ。僕、ちゃんと帰れるから」
迷子にならないでいられるかについてはあんまり自信がなくても、がんばってみるつもりだったんだけど。
「そんなに長い時間ではありませんし、ここでお待ちいたします。しばらくはお一人でお外を歩かせることのないようにと、スウィード様からもご指示がありましたから」
お天気もいいし、ヤギに草でも食べさせながらのんびりとひなたぼっこをしているから大丈夫ですってニーマさんが言うと、さっきまでちょっと離れて立っていたエンデールさんがささっと近くまで来て、呪文で小さなサンルームのようなものを作ってくれた。
「中に入ってしまえば、エンデの住民以外からは見えなくなる」
この辺はたまに不審な者が通るからって言ったあとは、またサササッと扉まで戻ってしまったけど。
「ありがとうございます。お心遣い感謝いたします」
にっこり笑ったニーマさんが優雅に片足を引いて頭を下げると、エンデールさんのふかふかのほっぺがまたふんわりピンクになった。


エンデールさんのあとをついて森の奥へ進むと、年輪模様の大きな円テーブルが見えた。
「ようこそお越しくださいました、エネル様。それと、エネル様の主殿も」
うさぎの人が胸に手を当てて挨拶をすると、後ろに控えていたほかの人たちも同じようにした。
みんなぬいぐるみなので、手もふかふかだ。
そして、やっぱり僕はエネルのおまけらしくて、なんとなくホッとした。
あんまり注目されないほうがドキドキしなくて済むからだ。
そのあとは自己紹介。
横一列に並んで、自分の番が来ると一歩前に出て、名前を言い終えるとまた下がる。
見た目はうさぎとかリスとか鹿とかでそれぞれ違っているけど、大きく分類するとみんな「羽つきのぬいぐるみ」で、名前も全員「エンデ」から始まった。
こういうときの紹介は偉い人順だろうってニーマさんが言っていたので、最初に挨拶をしたうさぎの人が一番なんだろう。
名前はエンデグランさん。
呼ぶ時はグランでいいと言われた。
エンデールさんは10人のうちの5番目だった。
「僕はレンです。よろしくお願いします」
赤ちゃんの頃、ジャムの中に落っこちたという王子様がいないのが残念だけど、偉い人とはそんなに簡単に会えないのが普通だからしかたない。
とりあえず、ここの森は王子様一人と従者10人で全部らしいってことがわかった。


森の真ん中、とてもよく日の当たる広場に用意されたテーブルには、鮮やかなグリーンのお茶。
木でできているのに少しふんわりした椅子に座って、春の原っぱのようなさわやかな香りの中で世間話をする。
「じゃあ、ほかにも森はあって、それをくっつけるために道を作ってるんですね」
「そうだ。だが、肥料が良くないのか道がなかなか育たないのでな」
驚いたのは、昨日急いで作ったというエネル用の小さなティーカップが並んでいたことだ。
「お気に召すとよいのですが」
「大きさはいかがですか?」
「お手が熱くはないですか?」
僕とうさぎのグランさんが「森の発展について」の話をしている隣りで、ほかの全員がエネルの世話を焼いている。
エネルに対しては今日もものすごく丁寧なので、僕が見ていなくてもぜんぜん大丈夫って感じだ。
「お口の周りが汚れますから、小さく切ったものをどうぞ」
「新しい菓子をお持ちいたしましょう」
エネルの周りだけぬいぐるみでぎゅうぎゅうになっていて、次々にお菓子とか花とかが運ばれてきた。
エネルも最初はお茶を飲んだり、木の実を食べたりしていたけど。
小さなカップを2回空にしたあとは、大きなあくびをしてテーブルの上で丸くなってしまった。
眠くなっちゃったんだなって思って布団代わりのハンカチを探していると、すぐにたぬきの人がエネルにぴったりサイズのかごベッドを持ってきてくれた。
柔らかな草で編んであって、中にはレモン色の綿みたいなものを敷き詰めてある。
とても寝心地がよさそうだった。
「よかったね」
「きゅぅ」
僕がエネルをすくいあげてベッドに移す間だけ、みんなは話すのを止めてこちらを眺めていた。
あんまりじっと見るから緊張してしまって、途中で一回エネルが転げ落ちそうになった。
エネルは飛べるから、たとえ手からこぼれたとしてもぜんぜん平気なんだけど。
僕が「あ!」って思った瞬間、ぬいぐるみの人たちのふかふかした手がいっせいに差し出されたのでちょっと笑ってしまった。
みんな腕が短いからぜんぜん届かないんだけど。
でも、全員やさしい人でよかったなって思った。
眠くて目が半分くらいになったエネルが、ベッドの中で「みにゅみにゅきゅ」って何かつぶやいた。
半分寝言だったみたいだし、僕には意味はわからなかったんだけど。
「ふむふむ、苔を?」
「いかほどご用意すればよろしいですかな?」
「あまり多いようだとル・ルーク殿下のお許しが必要ですから、すぐにというわけには参りませんが」
みんなの質問を聞いてドキっとしてしまった。
大事なことをいきなりお願いしてしまったのかなって思ったからだ。
でも。
「いつも苔を敷いてお休みだとか?」
「どのような寝台になっているのかね?」
どうやら僕が思ったのとはちょっと違ったようだ。
「あー……あの、最初にエネルと僕がここに落っこちたときに服に粉がついてしまって、それをエネルの寝床に敷いてたので」
そのことだろうって話したら、「なんだ、その程度か」って顔ですぐに黄緑色のものをひとかたまり持ってきてくれた。
「このくらいでいかがでしょう」
エネルの前に差し出されたのは粉ではなくて苔そのもの。
こんなにたくさん敷いてもらっていいのかなって思いながらエネルの返事を待っていたんだけど。
みんながふかふかのベッドを覗き込んだとき、エネルの目はすっかり閉じていた。
「……すみません、寝ちゃったみたいで」
気を悪くしないだろうかって少し心配だったけど。
「エネル様はまだお小さいですからな」
「では、空いているところにそっと入れておきましょう」
「気に入っていただけて何よりです」
さすがに「様」をつけて呼んでもらえるだけあって、そんなことくらいでは怒られないようだった。
ときどき「きゅぴ」とか「きゅむむ」とか寝言とも寝息ともつかない音を立てながら眠っているエネルを眺めてはニコニコ笑っているだけだ。
日も当たっているし、そのうちまた2倍くらいにふかふかになってしまうんだろう。
帰るまでに起きてくれるかなって考えていたら、コホンコホンと咳払いが聞こえてきた。
「さて、主殿」
うさぎのグランさんが突然僕のほうを向き、周りの人たちもあわててガタガタと椅子に座りなおす。
「あ……はい」
急にどうしたんだろうってドキドキしながら次の言葉を待っていたら。
「折り入って頼みごとがある」
円卓のあちこちから大真面目な視線がこちらに飛んできたから、どうしていいのかわからなくなって、飲もうとしていたお茶のカップをそっとテーブルに戻した。



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