Halloweenの悪魔
ル・ルーク殿下


-4-

約束は次の日の同じ時間。
本当は学校があったんだけど、ばあやさんが時間の調整をしてくれることになったので、これが終わるまではこちらに残ることにした。
ばあやさんは朝一番でニーマさんの実家で打ち合わせを済ませたらしい。
王様のサインの入った任命書を渡し、手順の確認をしたという。
「ニーマは一族の者を連れて丘に向かうそうです」
「うん、わかった」
今日のところは「この人たちでどうですか?」っていう確認と、トガモなんとかを行う日にちの相談だけ。
むずかしい話はニーマさんがしてくれることになっているので、僕もエネルも安心だ。

エンデの入口までは、ばあやさんに送ってもらった。
いつもと同じように僕の肩に乗っているエネルもなんだか楽しそうだった。
この間借りた苔入りのかごベッドを忘れてきてしまったけど、エンデールさんたちに「もうしばらく貸してください」ってお願いをすればたぶん大丈夫だろう。
「このあたりが良いでしょう」
待ち合わせは丘のてっぺんだけど、それより少しだけ下ったところがいいだろうってばあやさんに言われた。
「エンデの方々への敬意です」
「じゃあ、これから僕もそうしようっと」
そういえば、この間もエンデの扉からは少し離れた場所で待ったっけ。
またお茶会に呼んでもらえるかはわからないけど、ぜんぜん用事がない時でもエネルを連れてきたら喜ぶんじゃないかって思うから、それは覚えておくことにした。
「ニーマさんもそろそろ来るころかな?」
お手伝いをしてくれるのはニーマさんの家族と親戚らしい。
どんな人が来るんだろうってわくわくしていたら、ばあやさんの手が僕のななめ後ろを指した。
「おそらくはあれでしょう」
一メートルくらい間をあけて右と左からニョキニョキと生えてきたのはつる草二本。
みるみるうちに僕らの背よりずっと大きくなって、アーチ型の門になった。
そして、「わー、すごいね」って言う間もなく、中の風景がゆらりと動いたと思ったらニーマさんが現れた。
「おはようございます、レン様」
「えー?」
びっくりしたのは、突然出てきたからじゃなく、いつものふんわりしたワンピースじゃなかったからだ。
王様の軍隊の格好でもなく、騎士の服でもなくて、でも、かっこいい系。
僕が思い浮かべたのはゲームに出てくる女の子の戦士だった。
服は胴体の部分だけが硬そうな感じで、ボタンをかけずに羽織った丈の長いノースリーブの上着が風にひらひらなびいていた。
下はショートパンツで、膝の上まであるぴったりしたブーツをはいている。
背中のケースからは弓のようなものが覗いていたけど、矢は入っていない。
皮の手袋から指先だけ出ているのは、狩りに糸を使うせいだろうか。
服装を観察している間も僕はちょっと驚いたまま立っていた。
そしたら。
「まあ、こちらがレン様?」
「はじめまして。お噂はかねがね」
「本当にお可愛らしくて」
「食べてしまいたいようですわ」
ニーマさんのあとに門から出てきた人たちが次々と僕を取り囲んだ。
お母さんとお姉さんと妹、それから従姉妹が2人。
全員同じような格好で、雰囲気はそれぞれ違うけど、みんなものすごく美人だった。
ニーマさんを入れて合計6人。
お姉さんと妹は実家から持ってきたお土産を抱えていた。
透明なガラスの入れ物の中、色の違う2種類のはちみつがキラキラしている。
そのほかの人が持ってきた物が何かはわからないけど、スーツケースくらいの箱が3つあった。
「準備はばっちりですから」
ニーマさんがそう言うと、みんなそれぞれ顔を見合わせて、いたずらっ子みたいにニコッて笑った。


今日も森からのお出迎えはエンデールさん。
何のマークなのかわからない緑色のハンコが押された紙を広げ、ニーマさんに渡したあと、扉から招き入れた。
どうやら王子様が発行した入場許可証のようなものらしい。
お客さんを連れていくのはエンデの騎士であるエンデールさんの役目だということも教えてもらった。
はじめに、「ご案内はいつもエンデール様なのですか?」って質問をしたのがニーマさんだったせいなのか、いろいろ話してくれる間もふわふわのほっぺはずっとピンクのままだった。
いい匂いの緑の中、ふかふか弾みながら小道を進む。
エネルも自分で歩きたそうな顔をしたので、肩から降ろしてあげたら大喜びだった。
おかげでみんながいる場所にたどり着くのにちょっと時間がかかってしまったけど、エンデールさんはときどき心配そうに振り返るだけで怒ったりはしなかった。


やがて、まあるく日が差し込む空き地のような場所に、9人の従者全員がグランさんを真ん中にして「V」の字型に並んで立っているのが見えた。
「ようこそお越しくださった、エネル様とその主殿のご一行。招きに応じていただき感謝申し上げる」
しゃべるのは今日もグランさんだ。
他のみんなはまっすぐ立ったまま動かない。
羽も閉じているので、どこからどう見てもぬいぐるみだった。
「では、狩りを請け負った者たちが到着した旨、エンデ・ル・ルーク殿下にお知らせしなさい」
鹿の人が「ル・ルーク殿下はここの領主で、エーネの王族の血を引いている」っていう説明をする間に、エンデールさんが殿下を呼びに行った。
僕たちも一列に並び、恭しくお辞儀をした姿勢でじっと待っていたら、まもなく王子様が登場した。
「面を上げてよいぞ」
エンデールさんの声のあと、周りの人たちに合わせて深く曲げていた体をゆっくりと起こす。
王子様はアルと同じくらい偉そうに「えへん」って感じで立っていたけど。
「……ちっちゃい」
どう見ても、ちょっとおめかしした子ぐまのぬいぐるみだ。
「こちらがエンデ・ル・ルーク殿下でいらっしゃいます」
全体的にクリーム色で、手足や鼻の周りや耳の先だけが少し茶色っぽくて、刺繍で縁取りされた短い上着の首のところに赤い大きなリボンを結んでいる。
ニーマさんの口がふにふにしているのは、あんまりかわいくて笑ってしまいそうだからだろう。
よく見たら、お母さんやお姉さんたちもみんなふにふにしていた。
しかも、こぐまの王子様はまだほかの人たちみたいに話せないみたいで、「くぴくぴ、ぷぷぷぴ」って鳴いているだけ。
こっちを向いて話しているんだけど、中味がちっともわからなかった。
なんて返事をしたらいいんだろう。
ニーマさんたちが答えてからまねをすれば大丈夫だろうか。
ドキドキしながら考えていたんだけど。
「『ようこそ、エネル殿とその主。そして、下界の森の民』、とおっしゃっています」
うさぎのグランさんがちゃんと通訳をしてくれた。
エネルがまっさきに「みきゅ!」と鳴き、王子様が「えっへん」の顔のままコクンとうなずいた。
返事をするタイミングは今でいいってことなんだろう。
王子様に呼ばれた順なら次は僕だと思い、あわてて「レンです。よろしくお願いします」ってあいさつをした。
ニーマさんやお母さんたちも恭しくお辞儀をして自己紹介をしたあと、鹿の人が王子様にこれから下界の森の民がトガモなんとかの説明をしますというようなことを告げた。
「では、こちらへ」
グランさんがニーマさんやお母さんたちに椅子をすすめ、鹿の人とたぬきの人も席についた。
王子様も自分の椅子に腰かけたけど、小さすぎてぜんぜんテーブルの上が見えていない感じだった。
でも、エンデールさんもグランさんも他のエンデの人たちも気にしていない。
それでいいのかなってちょっと心配していたら、ニーマさんがそっと声をかけた。
「殿下、よろしかったらこちらにいらっしゃいませんか? ご説明はわたくしの隣りに座っております母がいたしますので、お話がよく聞こえると思いますから」
こぐまの王子様はしばらく不思議そうに見上げていたけど、ニーマさんは返事を待たずに殿下をすっと抱き上げてしまった。
しかも、また口がふにふにしている。
エンデールさんとリスの人が「え?!」って表情になったけど、王子様がぱあっと嬉しい顔をしたから誰も何も言わなかった。
自分の席に戻ったニーマさんは「はちみつはお好きですか?」とか「果実茶はいかがですか?」とかひざの上に座った王子様にあれこれ質問をはじめた。
トガモなんとかの説明は全部お母さんに任せたようだ。
こぐまの王子様は目をキラキラさせて、何か聞かれるたびに「くー」って返事をした。
僕らの年齢でいったら幼稚園の子くらいなのかもしれない。
足とか手とかの動き方がすごく「小さい子」って感じだ。
これならジャムの瓶に落っこちてしまうのも納得だ。
今だってニーマさんが背中を支えていなかったら、ひざの上でコロンと転がってしまうだろう。
王子様がはちみつの話に夢中になってしまったせいで、みんなもそれぞれ勝手にしゃべり始めた。
「土産にもらったのは星空草の蜜か」
「こちらは春の野から集めたものだな」
「どうだこの輝くような色。まことに素晴らしい」
半分くらいの人はお土産にもらったはちみつについての話だったけど、それ以外の人はひそひそとニーマさんたちの話をしていた。
「狩るのは森の民か。ならばうってつけだな」
「狩ったあと糸は絡めたまま置いて帰ってもらえばよい。木の栄養になる」
「たしかに。しかもこれほど美し――-」
若そうなフェレットの人は何か言いかけていたけど、隣にいたたぬきの人が羽でペシッと椅子を叩いたので、あわてて口を閉じた。
お城では咳払いだけど、ここでは羽で何かを叩くのが「しっ!」っていう合図らしい。


みんながめいめい自分の好きな話をする中、グランさんだけは真面目にお母さんと打ち合わせを進めていた。
いくつか質問をしながら聞いていたグランさんは、説明が全部終わったあと大きく一つうなずいた。
そして。
「大変良く解った。今日のところは打ち合わせだけのつもりであったが、一通り準備を整えてきたご様子。ならば、二度手間になるのも申し訳ない。そちらに不都合がなければ早速これから咎者を追っていただきたいのだが」
そんなに急に……って僕はちょっとあわてたけど。
お母さんはすごく上品に微笑むと、その顔に似合わないくらいきっぱりした声で「かしこまりました」って答えていた。
「では、すぐに始めさせていただきましょう」
静かに席を立って張りのある声でニーマさんたちを集め、3分くらいの間、小声で注意することを話したり手順の確認をしたり。
最後にみんながいっせいにうなずいたあと、狩りの支度をはじめた。
「レン様、ちょっとお願いがあるのですが」
こっちにやってきたニーマさんはもう何も持っていなかった。
こぐまの王子様はどうしたんだろうってチラッと振り返ってみると、自分の席につまらなそうな顔で座っていた。
「アルデュラ様にいただいたお守りをお貸しいただけますか?」
薄いピンクの爪の先が僕の襟の辺りを指す。
今日はトガモなんとかは遠くにいるらしく、ペンダントはまだ一度も光っていない。
「うん。わかった。出てきてくれる?」
普段は見えないペンダントに向かって話しかけると、淡いキラキラとともに現われた。
「ありがとうございます。ちょっと失礼しますね」
ニーマさんがそっと手をかざして呪文を唱えると、ふわんと空気の風船みたいなものが浮かび、僕がこの森に落ちてきた時のようすが映し出された。
「これに間違いありませんか?」
「うん」
ニーマさんの問いかけにペンダントが点滅する。
風船の中の僕が、エネルを持ったまま走り始めたところだった。
「母さま、姉さま」
ニーマさんが指を立てると、映像の風船が6個に分かれてお母さんたちの手の中に収まった。
「右に男、奥に女、もっと奥に男」
「3名だけね。思ったより少ないわ。これならすぐに捕まえられる」
「では、私は東を」
「私は北を」
「わたくしは上から」
口々に何かつぶやいたあと、いっせいにパッと散っていった。
ものすごくあっという間だったから何が起こったのかわからなかったみたいで、こぐまの王子様はとても不思議そうにまんまるい目をパチパチさせていた。



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