Halloweenの悪魔
一番かわいい



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透き通った空気の向こうに、月と星がいっぱい散らばっていた。
お城はなんとなく慌しい雰囲気に包まれていたけど、僕とアルは中庭に下りる階段の近くにあるテラスにひじをついてのんびりと噴水のあたりを見下ろしていた。
「挨拶の会って何分くらいやるんだろうね」
アルがすっかり元気になったので、のびのびになっていた『季節の挨拶会』が行われることになったのだ。
場所はお城の大広間で、出席者のほとんどが領主や貴族、軍隊や議会なんかの偉い人たちらしい。
「いろいろと大変なので今年はやらないんじゃないかって言われていたんですけど、『次の総月の夜、新しい月が芽吹きます』って有名な予言師の先生がおっしゃったので、お月見を兼ねた会を催すことにしたらしいですよ」
総月というのは全部の月が出る夜のことで、それが今日なのだ。
おかげでニーマさんは朝から大忙しだったけれど、夕飯の準備が始まるまで休憩になったと言って僕らのいるテラスにやってきたのだった。
「じゃあ、本当に新しい月が見られるんだな?」
月が生まれるのはものすごく久しぶりなので、アルも初めての経験らしい。
「そのはずなんですけど、お城からはだいぶ遠い場所になるのでちょっと難しいんじゃないかってマクマーリーさんがおっしゃってました」
ミミズク司書さん自身は夜になるとすごくよく見える目を持っているのでぜんぜん平気だけど、僕らの目では双眼鏡を使っても月の形は確認できないだろうっていう話だった。
「ふうん、そっかぁ」
ちょっと残念だけどしかたない。
「でも、ぼんやり明るくなるのはちゃんとわかるようですから、雰囲気だけでも楽しみましょう」
「そうだな」
月を待つ僕らの背中の方、二階の大広間ではまさに今「挨拶の会」が行われている。
扉がぴっちり閉められているので中の様子はぜんぜんわからないけど、挨拶といっしょに「近況の報告」や「大事な仕事の話」をしているはずだった。
いろいろ噂されると面倒だから挨拶会という名前にしただけで、本当は例の件の情報を集めるために呼ばれたんだろうというのがアルの予想で、「例の件」というのはもちろん「インボウの匂い」のことだ。
「何か手がかりがみつかるといいね」
「こんなにたくさんお客様がいらっしゃってるんですから、きっと大丈夫ですよ」
あれから何日も経つけれど、ニーマさんがこっそり聞いたところによると「チョウサはナンコウしている」らしい。
草原にぽっかり空いた真っ暗な穴を思い出すと、今でも胸がざわざわする。
どこかで良くないことが進んでいるというのは確かだった。
「あ、広間のドアが開かれるようです。アルデュラ様、レン様、襟とタイをきちんとなさってください。みなさん庭に降りるためにすぐそこを通りますから、知っている方にはご挨拶を」
ちゃんとできますね、って聞かれて「さっき練習したから大丈夫」って答えた。
今夜のお城はとてもにぎやかで、ちょっとくらい挨拶を間違ってしまってもぜんぜん失敗しても大丈夫な雰囲気だ。
「庭にもびっくりするくらいいっぱいいるな」
「なんか楽しそうだね」
テラスの下でもあちこちでうやうやしい挨拶が交わされている。
「挨拶の会」に招待されたお客さんを迎えにきた家族や従者の人たちだ。
「それにしても」
そんな前置きで、アルがと首をかしげる。
「遠くからも従者がたくさん来ているのに扉の気配がないな」
扉という名前の近道は、本当に扉の形をしていて、開けると決まった場所に出る。
国で設置したものがあちこちにあるけれど、それ以外にもそれぞれ自分の扉を何枚も持っていて、上手に使いながら移動するのがここでは普通だ。
「今夜は特別ですから、みなさん地面の上だけを動くようになさってるんですよ」
あちこちでたくさん扉を開けたり閉めたりすると、どうしても空が揺れてしまう。
生まれたばかりの月がびっくりして引っ込んでしてしまうといけないから、できるだけ静かに過ごすことになっているらしい。
「そういうわけで、空が揺れるようなことは全部禁止です。月が増えるのはとてもよい兆しですから、国をあげていろいろと調整をしたんですよ」
ほとんど人は仕事も休み。旅行もしない。大きな魔術を使うのも禁止。大きなドラゴンが飛ぶのも禁止。
もちろん、どうしても急がないといけない人は扉を通っていいし、何か大変なことがあったら呪文も使えるんだけど。
「たまにはのんびり歩いたりするのもいいものです。きっとみなさんも楽しんでいらっしゃいますよ」
いつもよりちょっと不便だけど、そういうのは「オモムキ」があっていいんだって言っていた。
「でも、だったらみんなどうやって迎えに来たんだろう?」
僕も最近は当たり前のように近道扉をくぐっていたから、使えないときはどうするのかなんて考えたこともなかった。
「ほとんどの方は車ですね。馬なんかに直接乗ってこられた方もいらっしゃいますけど」
車と言っても自動車じゃなくて、馬や牛、あるいは馬とも牛とも違うけどなんかそんな感じの動物が引っぱっている乗り物だ。
あんまり速くないからものすごく時間がかかるけど、「たまにならそれも良いものですよ」っていうことらしい。
車は専用の駐車場にとめて、中庭で話をしながら主人や家族を待つ。
その家で働いている人が馬車を運転してくるのが普通だけど、最近は娘とか息子のお迎えが多くなったんだって話もしてくれた。
「貴族のお屋敷などで大きな催し物が開かれなくなりましたから」
すごく残念そうな顔で説明してくれたけど、僕には意味がわからなかった。
「それって働いている人の代わりに子供が来ることと関係ある?」
パーティーと家族のお迎え。
どこで繋がっているんだろうって疑問だったけど。
「ええ、それはもう重大な関係が! こうやってお迎えにきたら、いろんな方とお知り合いになれるでしょう? お仕事の話はもちろんですけど、素敵な方と出会って、意気投合して、お付き合いが始まって、そのうちに結婚!……なんてことにもなるかもしれませんから」
お父さんやお母さん、おじいちゃんおばあちゃんがお城のご挨拶会に出席しているような名家のお嬢さんお坊ちゃんなら、願ってもない良いお相手ですからってニーマさんがわくわくした顔で言う。
「どうりでフェイの周りはギュウギュウだな」
フェイさんは昨日からお休みでエルクハートに帰っていたんだけど、バジ先生のお迎えのためにまたお城に来たようだった。
「人気ありますからねえ」
フェイさん本人ももちろん大人気だけど、結婚して住むならエルクハートが一番っていう人はとても多いらしい。
「食べ物がおいしくて、気候が良くて、災害もめったにない上に、妖魔なんてものすごくたまにしか出てこないんですよ」
どこよりもたくさんの祝福がつまった土地なので、ジアードや他の所みたいに水が足りなくなったりもしない。
農業が中心だけどお天気が安定しているので毎年決まって豊作だし、お金にも困らないのでどろぼうもいない。
「し、か、も! 妙な者が入り込むと土地が弾き出してしまうので、悪者は住み着くこともできないって言われているんですよ」
言い伝えみたいなものだけど、実際にエルクハートでは警察がいらないくらい犯罪が少ないんだって。
「そっかぁ。本当にいいところだね」
「だから領主があんなふうでも困らないんだ」
言うまでもなく、エルクハートの領主はバジ先生だ。
「あんなふう」がどんなふうなのかアルははっきり言わなかったけど、僕にもなんとなくわかる気がする。
「あら、アルデュラ様ったら。エルクハートのご領主は代々冒険者で、一番大事なお仕事は旅先で新しい土地を見つけることなんですよ。ときどき新しい場所を迎え入れてバランスを取っているからエルクハートはずっと良い土地でいられるんですって」
開拓のお仕事はちゃんとなさってるじゃないですかってニーマさんが言う。
肩を持ってあげてるつもりかもしれないけど。
「バジーク様だって毎日フェイシェン殿のジャマをしているだけじゃないんですよ」
最後のひとことはよけいだったと思う。


そんな話をしている間にご挨拶の会が終わって、みんながガヤガヤと話をしながら大広間から出てきた。
「インボウの匂い」について情報の交換をしていたはずなのに、なんだか楽しそうな雰囲気だった。
「いつもと違った夜というのはそれだけで気持ちが弾むものですから」
今から遠くまで帰ると遅くなるので、みんな今日はジアードの領内にある別荘とか親戚の家で過ごすらしい。
別荘もなくて知り合いもいない人たちはお城に泊まることになる。
100個以上ある部屋も今夜ばかりは大活躍だ。
たくさんお客さんがいてもぜんぜん困らない。
「とてもにぎやかな夜になりますね」ってニーマさんもわくわくしっぱなしだった。
お茶を運んだりする仕事が増えて大変じゃないかなって思ったけど。
「それが楽しいんですよ」
どこの家のお嬢さんが誰の部屋に招待されていたとか、向こうのお部屋では誰と誰がお酒を飲んでいたとかをあとで仕事仲間のみんなと確認しあうらしい。
「もちろんお城の外ではそのお話はしちゃダメですよ。アルデュラ様もレン様も」
すごく重要なことだから、もし何か見たり聞いたりしても話す相手はニーマさんとばあやさんと執事さんくらいにしておいてって頼まれた。
「うん、わかった」
「大丈夫だ」
一回アルと顔を見合わせてから、二人してうなずく。
「でも、私にはちゃんと話してくださいね?」
「うん、話すよ。約束する」
「約束だ」
ニーマさんはどうしても今日起こることを全部知りたいみたいなので「ちゃんと協力する」って指きりしておいた。


そのあとニーマさんは弾んだ足取りで仕事に戻り、僕とアルがテラスに残された。
挨拶をするために人がたくさんいるところに行こうとした時、後ろから「相変わらずチビ同士でくっついてんのか」と声を掛けられた。
「こんばんは。今宵は良い月ですね」
僕とアルが「せーの」で言うと、バジ先生はポケットに手を突っ込んだままぷっと吹き出した。
「なんだ、それは。何かの芝居の真似か?」
バジ先生が遠慮なく笑うせいか、それとも背が高くて目立つせいかわからないけど、近くを通る人がみんなこっちを振り返る。
「ちがうぞ。朝、メリナに教えてもらった『本日のご挨拶』だ」
「だったらせめてもうちょっと心を込めろよ」
バジ先生に「ヘタすぎる」って言われたから、アルと二人でもうちょっと練習をすることにした。
10回くらい言い合ってからもう一回バジ先生に聞いてもらって、「まあ、そんなもんだな」っていう「お墨付き」をもらった。
二人で「これで大丈夫!」ってうなずいていたら、廊下のほうから貴族っぽい服装の人がやってきた。
練習の成果を披露しようかと思ったけど、ぜんぜん知らない人だったので普通の挨拶だけにしておいた。
「ごぶさたしております、エルクハート公」
バジ先生に向かって片足を引いて、ものすごく丁寧なお辞儀をしたのは茶色い髪の若い男の人。
軍の人みたいにキリッとしてなかったし、議会の偉い人でもなさそうだ。
それに、いつもお城に来る人たちみたいなさりげない豪華さじゃなくて、「いつもよりがんばっておしゃれをしてきました!」って感じだった。
しかも。
「お噂のフェイシェン様も中庭に? どのお方ですか?」
どうやらフェイさんの顔はぜんぜん知らないらしい。
やっぱり今まで一度もお城に来たことがない人なんだろう。
僕なら「銀色の長い髪で白い手袋でかっこよくて王子様みたいな人」って説明するけど、バジ先生の返事はすごく短かった。
「この庭で一番可愛いヤツだ」
アルと二人でもう一度中庭を見下ろした。
噴水の周り、花壇の脇、階段の下。
数え切れないほどの人がしゃべったり笑ったりしている。
そのヒントだけでわかったらすごいなって思っていたら、薔薇のアーチの横でたくさんの人に囲まれていたフェイさんが振り返った。
すぐにバジ先生に気づいたみたいで、少しだけ笑うとないしょ話みたいに小さく口を動かした。
もちろん声なんて聞こえなかったけど、バジ先生にはちゃんと通じたみたいで。
「ああ、すぐに行く」って返事をしたあと、本当にすぐにテラスからいなくなってしまった。
「あの銀糸の御髪(おぐし)の方ですか。なるほど、『エルクハートの宝石』と謳われるのも納得ですね。いやあ、じつに素晴らしい」
少しポワンとした顔でつぶやくお客さん。
階段を降りている途中のバジ先生にはもうぜんぜん聞こえてなかっただろう。
でも、後ろ姿がなんだかとても楽しそうだった。
「ね、アル。フェイさん、なんて言ったんだろう?」
バジ先生があんなに喜ぶくらいだ。
きっとすごくいいことに違いない。
そう思いながらアルの顔を見たんだけど。
僕の質問に答えたのは、さっきのお客さんだった。
「そうですね。『お待ち申し上げておりました』とか『お仕事お疲れ様でした』とか、そういう感じではないでしょうか」
めったにお城に来ない人だから、そんなことを言うんだろう。
「そうでなければ……そうですね、エルクハート公の弾んだご様子からして、『月が美しいので少し寄り道しませんか?』といった魅惑的なお誘いか、あるいは―――」
ほかにもたくさん予想を語ってくれたけど。
少しでもフェイさんを知ってる人だったら、ぜったいにこんなふうに思わないはず。
アルも同じ意見だったんだろう。
お客さんに聞こえないように僕の耳のところでつぶやいた。
「『お待ち申し上げておりました』ならまだあるかもしれないが、『寄り道しませんか?』は絶対にないな」
「そうだよね」
「そもそもバジはちゃんとわかってて返事をしたのか?」
「どうかなぁ」
そう答えたけど。
アルの言うように、『実はぜんぜんわかってなかった』なら、ありって気がした。



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