Halloweenの悪魔
一番かわいい



-2-

空に3つ目の月が出た頃、山の向こうのほうがふんわり明るくなった。
どうやらあのあたりで月が生まれるらしい。
「そろそろ『芽吹きの刻』ですね。他の方々にもご挨拶を済ませなければ。では、皆様良い夜を」
そう言い残して中庭に降りていくお客さんを見送ったあと、アルに小さな声で返した。
「やっぱりわかってなかったんだよね? バジ先生ならそれでも答えちゃいそうだもんな」
普段からフェイさんが何を言ってもあんな感じなのだ。
絶対そうだよねってアルと顔を見合わせて、『実はわかってなかった』が正解に決まりかけたんだけど、その時また後ろから声が降ってきた。
「あれでも第一級の術師だ。相手の唇くらい簡単に読めるだろう」
立っていたのはイリスさんだった。
いつもの幽霊服ではなく、不思議な色のフード付きのガウンを着ている。
これを被っているとイリスさんのほうから話しかけない限り、周りの人に認識されないのだそうだ。
テラスにはもう僕とアルしかいないんだから不思議ガウンなんかかぶらなくてもいいと思うんだけど。
イリスさんは今日もやっぱり灰色だから、たとえ遠くからでもほかの人に見られたくないのかもしれない。
アルは不思議ガウンを見慣れているらしくて、ぜんぜん気にしていなかった。
「イリスはフェイの声、聞こえたか?」
真っ黒な目が期待でキラキラに輝いている。
こういうときのアルはなんとなくニーマさんに似ていると思う。
「声は出していなかった。だが、口元を読めば誰でもわかるだろう」
魔術師とか軍人とか、そういう仕事の人なら簡単なことらしい。
「なんて言ってたの?」
僕もわくわくしながら尋ねたら、イリスさんが面倒くさそうに答えてくれた。
「『いつまで待たせんだ。早く降りてこい』だった」
「にっこり笑ってたのに?」
「あいつはいつもそうだ」
ついでに「客がいるところでは嫌な顔はしない」って説明もしてくれたけど。
「だったら、バジ先生はやっぱりぜんぜんわかってなかったってこと?」
だとしたら、ちょっとかわいそうだ。
あんなにうれしそうに降りていったのにって思ったんだけど。
「ちゃんと分かった上で、あの顔なんだろう」
「『早く降りてこい』って言われて嬉しいか?」
「あれはいつもあんなだからな」
フェイさんは普段の言葉づかいが最悪だからしかたないってイリスさんが言う。
「じゃあ、いつもと一緒だから別にいいやってことなのかな?」
「そう考えるのが妥当だろう」
他の人だったら、『ずっと待ってて疲れちゃったから早く降りてきて』くらいの感じじゃないかって言われたから、さっきのフェイさんの顔にその言葉を当てはめてみた。
「……それだったら別にいいかも」
「そうだな。俺ならうれしいぞ」
アルが思いっきりこっちを向いているのは、たぶん、僕に言われたらどんな感じだろうって考えてるからなんだろう。
僕もアルの顔を見て同じように想像してみたんだけど。
「……アルだったら、自分から来るもんな」
誰にでも当てはまるわけじゃないんだなって思ったから、途中で考えるのをやめた。
「まあ、客の言ったように、このあとは月を楽しみながら馬車に揺られ、一番近くの別荘にでも泊まるつもりだろう。しかも、フェイシェンはあさってまで休暇だ。バジークが浮かれ気味なのはしかたない」
みんなができるだけ移動しないようにしている日だから、エルクハート城の他の従者は別荘には来ていないだろうというのがイリスさんの予想だ。
「そっかぁ……二人でドライブして、二人でのんびりするんだね」
バジ先生は楽しいだろうけど、フェイさんはどうなんだろうってちょっと心配だったけど。
「フェイなんて、休みの日は魔術の本何十冊も積み上げて読んでるだけで、あとは何にもしないんだぞ」
「ホントに?」
イリスさんのほうを向いたら、「確かにそうだな」という返事。
ということは。
「せっかくのお休みなのに、バジ先生、相手してもらえなくてかわいそうだね」
バジ先生は本とか読みそうにないし。
一人でボーッとしてるのはきっとつまらないだろう。
「だったら俺がバジの別荘まで遊びに行ってやってもいいぞ」
アルの提案に僕も「賛成!」って手を上げたけど。
すぐにイリスさんに止められてしまった。
「やめておけ。万が一ってこともある」
「万が一って?」
「他の可能性もないわけじゃないという話だ」
「バジとフェイがいっしょに乾杯とかするってことか?」
「まあ、そういうことだな」
同じテーブルでご飯を食べているところさえ想像できなかったけど。
二人とも楽しいなら、それが一番いいに決まってる。
「じゃあ、仲良くお休み過ごせるといいね」
「そうだな」
新しく生まれる月にさっそくそうお願いしようって思ったんだけど。
アルはバジ先生の別荘に遊びに行きたかったみたいで、なんだかつまらなそうな顔をしていた。
「どちらにしても、おまえたちに心配されるほどは相手にされなくもないだろう」
お城にいる時と違って休暇中なんだから、フェイさんだって冷たく当たる必要がないってイリスさんは言う。
「本当か? 俺はフェイがバジを相手にしてるところなんて一度も見たことないぞ」
「僕も」
家族みたいなものだってバジ先生は言ってたのに、フェイさんはいつだってちょっと冷たい感じなのだ。
お城でばったりバジ先生に会っても「ファゼル公におかれましては本日もご機嫌麗しく」みたいな心のこもっていない挨拶をするくらいだ。
アルと二人でうなずき合ったあと、イリスさんのほうを見た。
そしたら。
「あの間柄は、子供には理解できんだろうな」
説明するのが面倒だ……ってひとりごとみたいに言うと、不思議ガウンのフードを深くかぶりなおして、またふらっとどこかへ行ってしまった。
「僕らにはむずかしいってこと?」
「そうなんだろうな」
アルも僕もあんまり納得してなかったけど、教えてもらえなかったんだからしかたない。
その話は一旦終わりにした。


にぎやかな廊下に出て、通りかかったマカ夫人やルシルさんや他のお茶会の人たちと今夜の挨拶をして、またテラスに戻って中庭を見下ろした。
新しく生まれたはずの月もぜんぜん見えなくてなんだか退屈になってきた頃、ニーマさんが僕らを探しにきた。
ちょうどいいから、バジ先生がフェイさんを「一番かわいい」って言ってたことについて「どう思う?」って聞いてみた。
そしたら。
「いいんじゃありませんか? フェイシェン殿なら実際にお顔を拝見したあとでも『エルクハート公がご執心なのも頷けますね』とか『眩いほどのお美しさですな』とか、ごく自然に言えますし」
つまり、「無理して褒めるのは大変だけど、そんなことないんだから別にいいんじゃないか」っていうのがニーマさんの意見だ。
「それで、そのお客様はなんておっしゃってました?」
「エルクハートの宝石って言われるのも納得だって」
「ほら、やっぱり」
確かに、あのお客さんだっておせじでほめてるって感じじゃなかった。
「じゃあ、『早く降りてこい』については?」
ニーマさんだったらうれしいかなって聞いてみたら。
「私だったらあんまり嬉しくないですけど、バジーク様は雑なほうのフェイシェン殿がお好きみたいですから」
その理由も「可愛いから」だって聞いて、僕もアルもそろって「えー」って言ってしまった。
「あと、お城で教えられた丁寧な言葉遣いはよそよそしい感じがするので好きじゃないっておっしゃってました」
「あー……それだったら、なんとなくわかるかも」
家族とか友達とかじゃなくて、お客様に話してるみたいな感じだからなって、一応納得した。
「じゃあ、じゃあさ。バジ先生と馬車でドライブで、二人で別荘でお休みを過ごすのは?」
ニーマさんの返事が「それはちょっとダメですね」って感じだったら、やっぱりアルと二人で別荘に遊びに行ってあげようって思ったんだけど。
「そうですねぇ……それについてはなんとも……でも」
お休みが終わったあとのバジ先生がごきげんだったら「とても楽しかった」。
そうでもなかったら「いつもと同じだった」。
「そういう判断でいいんじゃありませんか?」
ぜんぜん相手にしてもらえなかった様子だったら、次回そういうことがあった時はみんなで遊びに行ってあげましょうって言われて。
「そうだね!」
二人で思いっきりうなずいて、大人しくお休みが終わるのを待つことにした。
さすがニーマさんだねって感心してたんだけど。


一週間あとの土曜の朝。
わくわくしながらアルの家に来て、「バジ先生、どうだった?」ってまっさきに聞いたら。
「あれから一度もバジが来てない。フェイはいつもとまったくいっしょだった。ニーマも他のやつもみんなそう言ってる」
「そっかぁ……」
結局ぜんぜんわからなくて、アルも僕もがっかりだった。
「誰かバジ先生に会った人がいればいいのにな」
「あのあとすぐ仕事で遠くへ行ったって聞いたぞ」
「じゃあ、本当に誰にもわかんないんだね」
「あとはフェイに聞くしかないな」
「それはそうだけど。フェイさん、本当のこと教えてくれない気がする」
並んで廊下を歩いていたら、角を曲がったところでふんわりドレスの人とばったり会った。
「おはようございます、アルデュラ様、レン様。お健やかで何よりでございます」
いつも王様のお茶会に来る人で、お母さんが軍の偉い人、自分は武器を作る仕事をしているという話をこの前聞いたばかりだった。
今日はお城に納める剣のことで執事さんに話があって来たらしい。
この間うまれた新しい月のことと今日のお天気の話のあと、ふんわりドレスの人はキョロキョロと回りを見回した。
「ところで」
そう言ってから、ちょっとかがんで小さな声で僕らに聞いた。
「エルクハート公とフェイシェン様はその後いかがです?」
すごく仲良くしているところや結婚の話をしているところを見ていないかって聞かれた。
月の夜、二人でいっしょに帰ってからというもの、みんながその噂をしているらしい。
「ううん。ぜんぜん。なんにも」
月の夜のあとのお休みの間のことは僕らにもわからなかったけど。
『すごく仲良く』とか『結婚の話』とかはあるはずないってわかってるから、二人で自信満々に返事をした。
「結婚の話を断わってるところならしょっちゅう見るけどな」
だよね、って思いながら僕もうなずいたんだけど。
「あ、でも」
不意に頭に浮かんだのは不思議ガウンとテラスでの話。
「この間、イリスさんが」
「あら、イリス様が? なんとおっしゃって?」
羽根の扇で半分隠した顔がぐぐーんと僕らに近づいてくる。
「うん。僕らが『バジ先生とフェイさんってあんまり仲良くないよね』って話してたときに……えっと、なんだっけ?」
イリスさんは僕らとは違う意見らしいってことまでは思い出したけど、なんて言ってたかは忘れてしまった。
アルは覚えてるかなって思いながら隣りを見たら。
「子供には説明しにくい関係だって言ってたぞ」
「あ、うん、そうだった。僕らにはまだわからないとか、なんかそんな感じ」
難しい話みたいですって付け足した僕の声なんてもうぜんぜん聞こえていなかったのかもしれない。
「あら! では、たまにはお二人きりで夜を過ごされることも?」
話はもう違うほうに行っていた。
「あるぞ。この間も夜中にフェイの部屋に行ってた」
アルが言ってるのははたぶん4倍の日のことだ。
「うん。アルと二人でトイレに行った帰りにバジ先生と廊下で会ったら、これからフェイさんのところに行くって言ってた」
4倍のことを話してしまうとまたバジ先生が怒られるかもしれないから、それは隠しておくことにした。
アルもそのつもりらしく、詳しいことはしゃべらなかった。
でも、ドレスの人は目をキラキラにして「まあ大変!」って小さな声でつぶやくと、大げさに口元を扇子で覆った。
普段はすごくおしとやかな人なんだけど。
次の瞬間、「どうぞ良い一日を」の挨拶といっしょにドレスがふわっとひるがえって、あっというまに次の角まで行くと、キュッと曲がってしまった。
「何が大変なのかな?」
「さあな」
きっとこれも子供にはむずかしい話なんだろう。
ドレスの人がすっかり見えなくなってしまうと、アルはもうバジ先生たちのことはどうでもよくなったみたいで、すごくいいことを思いついたみたいにパッと笑ってから僕の手をつかんで歩き出した。
「今日は番人の庭に行くぞ」
こちらの世界では『もう少し大きくなったら』って言われることが多くて、僕はときどき自分だけが仲間はずれになったみたいな気がしてたんだけど。
アルは「子供だから」っていう理由ではじっこによけられてしまってもぜんぜん気にしない。
「……だったら、僕もそれでいいかな」
「何がだ?」
「ううん、なんでもない」
アルがいっしょでよかったっていう意味だよって説明したら、アルが突然足を止めた。
「レン」
「なに?」
アルにしてはすごく真面目な顔だったから、なにかあったのかなってドキドキしたけど。
「もう一回起き上がれるようになったら、こうやってレンと手を繋いで歩こうって決めていた」
アルの目の高さはもうほとんど僕と変わりなくて、今までにないくらいすごく真っ直ぐだった。
「ありがとな。それと、レンにケガがなくて本当によかった」
あらためてお礼を言われると、なんだか照れくさくなってしまう。
「ううん。アルが元気になって一番うれしいの、きっと僕だから。……あ、王様やばあやさんやニーマさんやほかの人たちも僕と同じくらい嬉しいと思うけど」
僕の返事にだまったまま大きくうなずいたあと、アルはつないだ手をぎゅって握りなおした。
それから、広い広い廊下の真ん中をもう一度楽しそうに歩きはじめた。

お城の人たちはみんな忙しくて、今日もやっぱり誰もいなかったけど。
青い空とか、庭の花とか、窓を抜けてくるお日様とか、みんなに「頑張ってよかったね」って言われているような気がした。

                                     fin〜


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