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その日の午後、遠くで会議をしている王様から手紙が届いた。
苔のことで特にがんばった人たちにはご褒美を与えるという内容で、それを見たアルはめいっぱい胸を張って「ほらな」と言ってから剣のお稽古に行った。
「それで、レン様はハノーツをいただくことにしたんですか?」
「うん! 勝手に契約しちゃったから、ダメって言われたらどうしようって心配してたんだけど」
ばあやさんにハノーツのことを話したら、うまく王様に伝えてくれたみたいで、すぐにOKの返事と「目録」という名前の書類が届いた。
「そこに書いてあるハノーツの名前、ちゃんとエーネの文字になっていて、すごくかっこいいんだ」
「そうそう、エーネの文字って模様のような綺麗な形なんですよね。……そういえば、お城の図書室にはエーネ文字の辞書もありますよ」
「じゃあ、次はそれを読んでみようっと」
アルがお稽古の時は一人で図書室にいることが多いけど、知りたいことばかりどんどん増えて勉強はあんまり進んでいない。
でも、「コツコツ地道に学んでいくことが何よりも大切です」ってミミズク司書さんが言うので、毎日最低一個は新しいことを覚えようって決めている。
「『ハノーツ』の書き方はもう覚えたから、『エネル』もエーネの文字で書けるようにしようって思ってるんだ」
「『エネル』はメリナさまの台帳からいただいたあちらの名前でしたね。……ところで、エネルはご褒美に何が欲しいって言ってました?」
大活躍だったんだから、たくさんおねだりしてもきっと全部聞いてもらえますよっていうニーマさんの意見には僕も賛成だったんだけど。
「エネルはまだ『ごほうび』の意味がよくわかんないみたいだから、もうちょっと大きくなったらもう一回聞くことになったんだ」
エネルがわかるようになるまでずっと覚えていられるか心配だったけど、ばあやさんが自分の手帳に書きとめてくれたから、僕が忘れてしまってもたぶん大丈夫だ。
「ニーマさんはごほうび何にしたの?」
苔探しもアルの看病もあんなに頑張ったんだからって思ったのに、ニーマさんはとんでもないという顔で首を振った。
「私はちゃんと『別に何にもしてないので』って申し上げたんです。でも」
王様が「どうしても」って言うので、「もう少し考えさせてください」って返事をしたらしい。
「司書さんももらえるんだよね?」
「マクマーリーさんは奥の書架にある古書をいただいたそうです」
とても古いもので、もしかしたら世界に一冊しかないかもしれないというくらい貴重な本だけど、お城の図書室にあるミミズク司書さん専用の本棚に並ぶだけなので、実際は今までとあんまり変わりない。
革表紙のドクターは、革表紙の上にもう一枚透明なカバーをかけてもらうことになったらしい。
「それだけ?」
「ええ。でも、とても貴重な材料を使った特別製なんですって」
軽くて肌触りがよくて、いい匂いがする薄い布で、王様の秘密の庭に一本だけある、とても大事に育てられている木の実の繊維から作るらしい。
「火事になっても燃えないし、雨が当たっても濡れないし、すごくいいみたいです」
「そっかぁ」
おしゃれな服を作るとか、寝心地のいい布団をもらうとか、そんな感じだろう。
「ニーマさんはまだ何にも思い浮かばないの?」
「そうなんですよねぇ……今はこれが気になってしまって」
見せてくれたのはハンカチに包んだ宝石みたいな粒。
薄いピンク色で透きとおっていて、しずくみたいな形でとてもかわいい。
「エンデからいただいた種なんです」
3日前、エンデールさんがお城にお使いに来て、「ル・ルーク殿下がどうしてもエネル様とお茶を、とおっしゃるので」と言うので、いつものようにニーマさんもいっしょに行くことになった。
そのときにエンデールさんから小さな包みを渡されたのだ。
「それがこの種なんだ?」
「はい。毎日自分でお世話をしたいので、できるだけ近くに植えたいなって思ってるんですけど」
「何が育つの?」
「わからないんです。『これを侍女殿に』としかおっしゃらなかったので」
でも、「鉢より地面に植えたほうがいい」というような説明はしてくれたので、休憩時間にいけるくらいの距離で蒔けるところを探しているらしい。
「お城に帰ってから詳しそうな人に聞いてみたんですけど」
エンデにしかないものらしく、庭師のおじいさんも手伝いをしているサンディールも、市場の向こうの畑で珍しい植物を育てているジェフリーさんも、それだけじゃなく、ミミズク司書さんや革表紙のドクターにもわからなかったらしい。
「すごい珍しいものもらったんだね」
「そうみたいなんですよねぇ」
ちょっと困ってしまったので、次の日、こっそりエンデを訪ねて、エンデールさんに種の蒔き方や育て方を教えてもらったらしい。
「むずかしかった?」
「いいえ。すごく普通でした」
しばらく蒔かなくてもぜんぜん大丈夫だし、芽が出るまではこまめに水をあげて様子を見るけど、そのあとは雨だけで大丈夫だって。
「でも、今はあんまり雨降らないよね?」
「ええ。それもお伝えしたんですけど」
降らなくても枯れたりはしなくて、ちょっと花や葉の色が変わるくらいだって。
「放っておいてもぜんぜん問題ないっておっしゃってました」
好きなときに、好きなように世話をすればいいっていう説明だったから、「大事に育てますね」って言って帰ってきたんだけど、結局まだ蒔いていないのだ。
「そっかぁ。でも、急がなくていいならちょっと安心だね」
「ええ、まあ、そうなんですけど」
かわいい薄ピンクの種をハンカチの中で転がしながらニーマさんがため息をつく。
「じゃあ、ごほうびは『種をまく場所がいいです』って言ってみたら?」
お城のすぐ外なら扉を使えば簡単に行き来できるし、って思ったんだけど。
ニーマさんはとんでもないっていう感じにブンブン首を振った。
「いくらなんでもそれは贅沢すぎます」
お城の周りはとてもよい土地なので、小さな場所でもものすごく高いらしい。
「そっかぁ」
僕は勢いで決めちゃったけど、本当ならごほうびをもらうのもあれこれ考えなくてはいけないので大変なんだってことがよくわかった。
とにかく、もう一回誰かに相談してみようってことになって、僕もいっしょに庭師のおじいさんのところに行くことにした。
「すみません、レン様にまでお付き合いいただいて」
「ううん。今日はお天気もいいし、ソラのお墓参りしようと思ってたんだ」
庭に出てみると、ちょうどおじいさんとサンディールがソラの花壇のそばで草取りをしていた。
「こんにちは」
「おや、レン様、ニーマ殿」
サンディールはしっぽがジャマでちゃんと振り向くことができなかったみたいで、こちらに顔だけ向けてペコリと頭を下げた。
「ニーマさんの種のことで相談があって来ました」
「ああ、エンデからいただいたというあれですか」
正直に「どこかにこっそり植えても大丈夫そうなところはないですか」って聞いてみたら、おじいさんから「どこでも好きなところに蒔いたらいいさ」っていう返事があった。
「え、でも、そういうわけには……」
ハンカチの中の種を見ていたニーマさんが困ったように首を振った。
「大丈夫、大丈夫。スウィード様のことだ。エンデの方からいただいた珍しい物と言えば、たとえ城の全員が反対したとしてもお育てになりますよ」
そういえばエネルを連れてきた時も喜んでくれたっけ。
今でも何のひよこか全然わからないけど、みんなにすごく可愛がってもらえるのはきっと王様が歓迎してくれたおかげだ。
「僕もそう思うな」って賛成すると、おじいさんは早速サンディールを呼んで相談を始めた。
「ああ、あそこか。そうだ、そうだ。ちょうどいい場所がありましたよ」
最近では土地が成長するのはとても珍しいことだけど、ここ数日で少しだけ増えた場所があるんだよっていう説明をしたあと、サンディールがニーマさんを連れて三番目の中庭に向かった。
「日当たりがよくて、水はけもいい。あそこならきっとよく育つ」
ニーマさんたちを見送りながら、おじいさんが目を細める。
大きくなったものを王様が気に入ったら、お城で一番よく日が当たるソラのお墓の側にでも植えかえたらいいって言って、庭師のおじいさんはうんうんと2回うなずいた。
「どんなふうに育つかなぁ。花だと思う? それとも木かな」
そう聞いたら、
「とびきり綺麗な花か、うっとりするほど良い香りのする草か、まあ、とにかく若いお嬢さんが喜びそうなものだろうねえ」
僕は「エンデの森からもらったからすごくいいものだろう」って意味に受け取ったんだけど。
庭師のおじいさんは笑いながらこういった。
「レン様は種を見ましたかね?」
「うん」
「誰かの瞳と同じ色じゃありませんでしたか」
「え?……あー!」
そう言えば、ハンカチの中にあった小さな種はニーマさんの目と同じ明るいピンク色。
「そういう時はとびきりのものを贈るでしょうから」
どんな相手からのプレゼントなのかって聞かれたから。
「えっと、エンデールさんっていう人で、仕事は騎士だって。エンデの人たちの偉い順だとたぶん真ん中くらい」
「ということは、お若い方ですね?」
王子様よりはずっと上なのは確実で、グランさんやたぬきや鹿の人よりは下だろうって気がするけど。
「どうかなぁ……」
見た目ではちっともわからない。
だって、犬のぬいぐるみなのだ。
「でも、ル・ルーク殿下にスキップ教えてたりしてた時は『お兄ちゃん』って感じだったかな。僕やエネルにもすごく優しいよ」
そんな説明しかできなかったけど、庭師のおじいさんは「そうでしょうとも」って満足そうにうなずいた。
「お城にいる若い娘さんの中でもとびきり明るくてお可愛らしいですからねえ。そりゃあ、エンデの方だってほうっておかないでしょう」
エンデールさんがニーマさんと仲良くなりたいって思ってるのは間違いないって僕も思うけど。
ニーマさんはどうなんだろう。
その日の夕方、庭師のおじいさんが王様に手紙を書いた。
エンデからもらった種のことと、それを中庭に新しく増えた土地に植えようと思っているのだけれどどうでしょうか、ってこと。
『陛下にご相談したいことがあります』っていう内容にしたんだけど、そのおかげで、ニーマさんは種を植える場所をご褒美にもらえることになった。
「隅をお借りするのだって身の程知らずもいいところなのに、まさかお城に自分の庭を作っていただけるなんて!」
アルの国では土地も移動できるので、たとえばニーマさんがお嫁に行ってお城の仕事を辞めるようなことがあれば、そのときは切り離して持って行けるらしい。
「植木鉢一つ分くらいで十分ですって申し上げたんですけど」
王様から来た正式な書面には、新しく増えたところは全部どうぞと書かれていたらしい。
「どれくらいの大きさなの?」
「生まれたばかりの土地というお話だったんですけど、もう縦横それぞれ2メートルくらいあるんですよ」
このあともまだ育つはずなので、大きくなった分は全部ニーマさんがもらうことになるらしい。
「もちろん増える分については辞退させていただくつもりなんですが、とにかくですね、スウィード様に見ていただけるようなちゃんとした花壇にしないと」
責任重大ですってニーマさんはちょっと緊張した顔になっていたけど、普段のお世話は専門家である庭師のおじいさんたちがやるのでそんなに頑張らなくても大丈夫らしい。
王様の書面にはそのこともちゃんと書かれていた。
「どんなのになるか楽しみだね」
僕もたまには草取りや水撒きを手伝おう。
アルもきっとやりたがるだろう。
珍しいものが大好きなところは王様にそっくりだから。
大きくなったらエンデールさんにも見せてあげなくちゃ。
喜んでくれるかなって思った瞬間、なんとなくニーマさんに聞いてしまった。
「ニーマさん、エンデールさんのこと好き?」
さすがに「嫌いです」とは言わないだろうけど。
「そうでもない」とか「別になんとも」とかだったら、次にエンデールさんと会った時になんだか悪いことをした気分になってしまいそうだなって思ったんだけど。
「ええ、それはもちろん!」
ニーマさんが笑顔で大きくうなずいたから、今度は「え? そうなの?」ってびっくりしてしまった。
だけど。
「だって、あんなにふかふかなんですもの」
理由がそんなで。
しかも、返事をしたあと、いつもみたいに口がふにふに動いていた。
ニーマさんから見てもエンデールさんはやっぱり犬のぬいぐるみってことなんだろう。
「羽もふかふかしてそうですよね?」
触ったことありますかって聞かれたけど。
「ううん。でも、あの羽、僕もちょっと気になる」
ル・ルーク殿下の羽はまだ小さくて、厚さも本当にフェルトくらいなんだけど、エンデールさんたちの羽はもっとふかふかっとした感じなのだ。
「そうですよねぇ。あれでどうやって飛んでいるのかすごく不思議ですもの」
「うん、僕も前からそう思ってた」
今度ちょっとだけ触らせてもらおうって計画を立てるニーマさんはすごく楽しそうで、それは別にいいかなって気がするし、ふかふかだからっていう理由だったとしても好きだっていうことに変わりはないんだからって思うんだけど。
でも、じっくり考えなおしてみると、やっぱりちょっとだけ「本当にそれでいいの?」って首をかしげてしまう。
「じゃあ、次に訪問したときにちょっとお願いしてみましょうか?」
「……うん、そうだね」
こういう時に僕にできることはなんだろう。
考えてみても何にも浮かんでこなかったけど。
とりあえず、今の話はエンデールさんには内緒にしておくのがいいんだろうってことは間違いない気がした。
〜 fin〜
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