Halloweenの悪魔
図書室でゴコウム



-1-

朝から太陽はピッカピカ。
今日も雨は降りそうにない。
ソラを拾った白い砂の町のはじっこは、また崩れてしまうだろうか。
考えるたびにちょっと悲しい気持ちになる。
のびをしているエネルを見ながら、パジャマを脱いで王様がデザインしたという服に着替えた。
「おはよう、ハノーツ」
窓の前には物置から引っ越してきたハノーツがいて、ドームの部分をきゅっきゅと磨いてもらっている。
「エネルもおはよう」
「きゅぅ」
まだちょっと眠そうな返事をしながら、ぷるぷるっと顔を振るといっそうふわふわになった。
小さな羽は一応動いているけど、エンデの人たちと同じで、飛ぶのに役立っているようには見えない。
エネルが自分の寝床を出て、たんぽぽの綿毛みたいにゆっくりふわふわとアルのベッドの上におりてくると、隣にいたニーマさんがお掃除担当のお姉さんに向かって「早く早く」って声をかけた。
僕とニーマさんとお姉さん。
みんながベッドの前にそろうと、エネルが歌をうたいながら体操をはじめた。
「んみ んみ ぷるる んみんみぷっぷっきゅー」
最近、目が覚めるとまっさきにこれをやるらしい。
「私、いつもは他のお部屋の担当なんですけど、エネルちゃんがすごくかわいいって聞いて! 今日だけ交換してもらったんです!」
ほこりを払うためのふわふわのはたきを握りしめたまま、お姉さんが力強くそう言った。
「けがをしたら大変だから」という理由で、エネルが体操をするのはアルのベッドの上だけ。
つまり、これを見ることができるのはこの時間に寝室に入れる人だけなのだ。
「どこで覚えたんだろう?」
「このダンスですか? ル・ルーク殿下が教えてくださったんですよ」
かわいいですよね、って言ったニーマさんの口もいつものようにふにふにしている。
そういえば、前に見せてもらった森のビデオでも二人でコロコロ転がってたっけ。
きっとこれだったんだろう。
体操じゃなくてダンスなのかぁと思いながら、布団の上ででんぐり返りをするエネルに拍手をした。
「ねえ、ニーマさん。ル・ルーク殿下って、前は『く』と『ぴ』と『ぷ』しか言わなかったよね」
歌も教えられるなら本当はいろいろ話せるんだねって思ったんだけど、どうやらそうではないらしい。
「今までは殿下がちゃんと言葉になさらなくても、周りの方々が察してくださったので特に問題にはならなかったんです。でも、相手がエネルだとそうはいきませんから」
どんなにいっしょうけんめい話しかけてもエネルが首をかしげるだけなので、殿下はちょっと困ってしまった。
「最初は森のみなさんが通訳をしてくださっていたんですけど、それだとお二人きりで遊ぶことはできないでしょう?」
だから、がんばってしゃべる練習をすることにしたらしい。
「最近では殿下とエネルのふたりだけでも会話が弾むようになって、いっそう楽しげになさっていますよ」
言葉をたくさん覚えるために、みんなにいろいろ質問したり、本を読んでとお願いしたりするようになったので、森の人たちもとても喜んでいる。
「もっとお小さい頃は『くぅ』しか言えなかったんですって。それが何年も続いたので、『ぷぅ』が言えるようになった時もみなさん大喜びだったんですって」
なのにエネルには自分からいろんな言葉を話そうとする。
そんなわけで、ニーマさんたちがお茶会に呼ばれる回数もどんどん増えているらしい。
「そっかあ」
ル・ルーク殿下だってまだ小さいんだから、うまく話せなくても当たり前って思うんだけど。
他の人たちにしてみたら、やっぱり自分たちの王子様はしっかりしているほうがいいんだろう。
「よいお友達ができたと、それはもういつお伺いしても大歓迎で。お供の私までお客様待遇されてしまって」
ものすごく身のほど知らずな感じですってニーマさんがちょっと困った顔をする。
「気にすることないと思うな。ル・ルーク殿下はニーマさんのこと大好きだし、他の人たちもニーマさんのお茶やはちみつやジャムをすごく楽しみにしてるし、きっと来てくれてうれしいなって思ってるよ」
好きな人ならたくさん会いたい。
また遊びに来たいって思ってもらえるようにおもてなしだってがんばるだろう。
「そうだといいんですけど。でも、『途中で何かあるといけないから』とエンデール様が毎回迎えに来てくださって……」
お城から丘の上までは本当にあっという間だ。
王様の許可をもらって「薔薇の小門」のすぐ外に直通の扉を作ったからだ。
「大変なことなんて何もないのに、気を使っていただくのは申し訳なくて……お断りしようかとも思ったんですけど」
ばあやさんに相談したら、「あちらのしきたりかもしれませんから、そのままにしておきましょう」と言われたらしい。
「そうだね。僕もそのほうがいいと思うな」
エンデールさんだって途中の道が危ないなんてぜんぜん思ってないだろう。
「エンデではお客さんの送り迎えは騎士の人がすることになってるみたいだし、ちゃんとお仕事してるだけなんじゃないかな」
僕が苔をもらいに行ったときにそんなことを言っていたような気がするって説明したら、ニーマさんもうなずいた。
「そういえば最初にお迎えに来てくださった時にそうおっしゃってました」
それだってニーマさんに対する言い訳って気がするけど。
僕は一応エンデールさんを応援しているので、グランさんたちが反対してないなら、送り迎えくらいいくらでもしてもらったらいいと思う。


僕らが話している間もエネルのダンスは続いていて、回ったり、跳ねたり、ときどき間違えてやり直したりしていたけど。
「んみんみ くるっぷるっぷるー」
最後はバンザイをして終わりになった。
「エネルちゃん、とっても上手ですねぇぇ! なんて可愛いんでしょう!」
僕らだけじゃなく、寝室担当のお姉さんもものすごくたくさん拍手をしてくれたので、エネルもうれしかったらしい。
最初の姿勢にもどったあと、もう一回ダンスをはじめた。
「ぷく ぷく きゅるる くむくむきゅっぷっぷー」
最初にやったのとは歌詞が違う。
どうやら2番らしい。
「どんな意味なんだろう?」
「私も聞いてみたんですけど、エネルだけじゃなくル・ルーク殿下もよくわかっていらっしゃらないみたいで」
二人そろって首をかしげていたらしい。
一言では説明できないくらい深い内容なのかもっていうのがニーマさんの予想だけど。
「じゃあ、今度エンデに行ったときに誰かに聞いてみようっと」
お茶会のたびに僕が知りたいことばかりたくさん質問しているので、もしかしたら迷惑かもしれないってちょっと思ったんだけど。
でも、こんなにかわいいダンスのことだったら、きっとみんなで楽しく話せるだろう。


2番が終わったあともお掃除担当のお姉さんは手が痛くなりそうなほど大きな拍手をした。それから人差し指の先でそうっとエネルの頭をなでて、まんまるい目で僕を見た。
「ものすごくふわふわです!」
「うん。『ふわふわすぎてさわってる気がしない』ってみんな言うんだ」
「なんでこんなにやわらかいんでしょう」
そのあとも、「手がかわいい」「足もかわいい」「目がかわいい」「羽がかわいい」「色もかわいい」と感激していた。
「たくさんほめてもらってよかったね、エネル」
「きゅう!」
エネルは僕の自慢なので、ほめてもらえると僕もうれしい。
二人でニコニコしていたら、お姉さんもニコニコッと笑って、「ありがとうございました。今日はいつもの3倍頑張れます」と宣言してから次の仕事に向かった。
ニーマさんの話では、掃除の担当は好きな時に替われるらしい。
「頑張れそうと思うことならなんでもやってみてくださいっていうのが陛下の方針なんです」
あとは「仕事が楽しくなるようなことなら積極的に取り入れてください」とも言われている。
「お仕事そのものの工夫だけじゃなくて、たとえば働いている人たちのちょっとした『お楽しみ会』を催すとか、そういったことで毎日が楽しくなれば仕事も頑張れるからとおっしゃって」
お城の裏のほうに建っている離れでパーティーもするし、従者専用の「お買物券」をもらって町に出かけたりもするらしい。
「レースの手袋とか髪飾りとか、そういうものならすごく可愛いのが買えるんですよ」
普通に買ったらけっこう高いんだけど、お城のお買物券は特別なのだ。
「品物と引き換えにしたお買物券はお店の方がお城の出張所に持って行ってお金に換えてもらうことになっているんですけど、すぐには行かないで、しばらく商品の棚に貼っておくんです。それで、『お城の従者さんもお気に入りの商品です』っていうアピールをすると、ほかのお客さんも買ってくださるので、すごくいいんですって」
お城で働くことは町の人たちの憧れだ。
ニーマさんもそうだけど、働いている人はみんな優しくてきれいで優秀なので、よけいに憧れる人が増える。
だから、お城の従者を募集すると優しくてきれいで優秀な人がたくさん応募してきて、ますます優秀な人ばかりになる。
「お買物券がついている品物はたくさん売れるので、たいていはそのままお金と引き換えないお店が多いみたいです。人気なのはルナとフレアとルシル殿のものなんですよ」
お買物券にはサインがされているので誰のかはすぐにわかる。
3人ともかっこいいのですごく納得だ。
「フェイさんは?」
「フェイシェン殿はめったにお買い物なさらないので」
「あんなにたくさん髪飾りとか持ってるのに?」
会うたびに違うのをしている気がするんだけど、って言ったら、ニーマさんはちょっとかがんで、すごい内緒話みたいに小さな声で答えた。
「あれは全部バジーク様からの贈り物なんですよ」
髪飾りだけじゃなく、服も靴もリボンもお守りペンダントもブローチも、とにかくなんでもかんでもフェイさんの持ち物はバジ先生からもらったものらしい。
「じゃあ、買う必要ないね」
「ええ。まあ、ここでは執事の見習いなんてなさってますけど、そもそもエルクハート家の方ですから。ご自分のお城に戻ればなんでもありますし、バジーク様以外の方からもそれはもう、たくさんの贈り物が届くらしいですし」
前に妖魔祓いに行った場所で髪留めが壊れたことがあったんだけど、次の日には『小鳥便』があちこちから来て、きれいな飾りがびっくりするほどたくさん届いたっていう話をこの間ルシルさんがしてくれたらしい。
「すごいんだね」
フェイさんはかっこいいので、人気があるのは当たり前って思うけど。
バジ先生はやきもちをやいたりしないんだろうか。
ちょっと気になる。
「アルデュラさまはお買い物もお菓子ばかりですよね」
「うん、そう」
本当にお菓子ばっかりなんだけど、それは必要ないものまでどんどん買ってしまうような王子様じゃないってことだから、悪くはないと思う。
それよりも。
「お買物券、楽しそうだなぁ」
「でしたら、次回はレン様の分もいただいてきますね」
「ほんと? アルの分も?」
「もちろんですとも。こういうことは得意ですからお任せください」
そのかわり、アルが「王子様としてふさわしくないもの」を買おうとしたら止めてくださいってお願いされた。
「普通のものならいいですよ。お洋服でも、お菓子でも、おもちゃでも。でも、あんまり奇妙なものに『アルデュラ様のお買物券』を貼られてしまうとお世話を任せていただいた身としてはちょっと困ってしまいますから」
「……そうだね」
僕も友達として恥ずかしいかもしれないので、それはしっかりと約束した。



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